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狂気の侵食

母親の呼び声を置き去りにして、悠は一人階段を上り、自室のドアを開け中に飛び込んだ。

慌ただしく、ポケットから自分のスマートフォンを取り出す。


「………。」


画面を操作してから数コールの後、蔵岡瑞羽の峻厳な声が聞こえてきた。


『私よ。』


「瑞羽さん、大変なんです。アレが、アレが!」


『悠。テレビを見たの?』


一声を聞くだけで、心の中に緊迫感が漂う。

確かな経験と実績に裏打ちされた、重たい声の色。

悠の胸の内を揺り動かす、激しい動悸が抑えられ、鎮められていく。

冷静さを取り戻した彼女は、努めてゆっくりと瑞羽に返答する。


「…そうです…。また見たんです…。あれを…。」


ピッタリと、頬にくっつきそうな程顔に近づけられたタッチパネルの向こうで、薄っすらと思案を重ねているかの様な沈黙が数秒続く。

こびりついて落ちない汚れにやきもきするかの如く、悠はまた、上ずった声で瑞羽に尋ねる。


「どういう事なんですか?ダエーヴァは、神話領域にしか存在出来ない筈ですよね?」


『…そうね。』


ほんの少し、疲労感の交じった声が聞かれた。


『厳密に言えば“息壌(そくじょう)”はダエーヴァではないのよ。(しん)も含めて、ね。彼等はダエーヴァに仕える奉仕種族。邪神と言うよりかは妖怪に近いわ。チカラが小さい分、この世界の何がしかの存在の中に入り込んで操ることがあるの。』


「……。」


悠は、他ならぬ先輩に当たる瑞羽の言葉に、じっと耳を傾けていた。

背を向けた自室のドアに、そっと寄りかかる。

静かな室内に、服が擦れるかすかな音がした。


『…もしくは、また幻覚…いや…』


電話の向こうから、何やらブツブツと呟く声が聞かれた。

しばしして瑞羽は、はっきりした口調で悠に告げる。


『とにかく今回は、透子さんの件もあるし、イレギュラーな要素が多い。明日、また集まりましょう。放課後で良いわ。』


「放課後って…今夜で良いじゃないですか…。」


『悠。怖がっては駄目。』


確かな声が、スマートフォンの画面を震わせた。


『私達は眠っている間に、“彼ら”に殺されて、喰われたりはしない。私達は神々の“(スキア)”よ。その時が来たら神様が教えてくれる。あの時もそうだったでしょ?私達には闘う力があるの。だから安心して、今日は寝なさい。』


…悠はその後、洪健やクイナとも連絡を取り合い、明日の予定を決めた。

両親と無言の食事をした後、入浴して、就寝。


「明日は学校に行く。」


寝る前の悠の言葉に、父も母も、涙を流さんばかりに喜びを見せた。

そして朝。

学校の正門の前で…


「おはようございます。祝原さん!」


そう言って大振りに手を振る、神薙透子。

彼女は叫んだ。


「素敵な洋服ですね!」



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