【刀】×DARKNESS 四
父親に無断で黒椿を持ち出した刀真は、一人近くの自宅近くの河川敷へと来ていた。
自作の藁人形を相手に黒椿の切れ味を試そうと構える。
ゆっくりと抜刀し、鮮やかな黒い姿を露わにする。
だがその時──声が聞こえた。
「心を我に委ねよ──」
刀真は辺りを見渡した。
しかし声の主は見つからなかった。
「心を我に委ねよ──」
再び声が聞こえる。
まるで頭に響くように。
妖艶な声が刀真の心を掴む。
「そうすればお前は強くなれる──」
その声を最後に刀真の意識は消えた。
そして、目が覚めた時には──。
「父親を斬り殺していた──と。」
阿久津の言葉に刀真は頷く。
「本当に何も覚えていないんです。 ただ気が付いたら僕は父を殺していた。」
震える両手を見つめて刀真は答えた。
「その後のことはショックで記憶が曖昧なのですが、僕は何故か警察への事情聴取だけで済んだ。 母さんも僕を特に咎めなかった。 しばらくは学校にも行けず剣の修行も行えなかった。 何も──できなかった。」
声も震えだすが止めることができなかった。
刀真の脳内には父の最後の姿が映っていた。
「何も考えたくなくて修行を再開しました。 その時です──刀が抜けなくなったことに気付いたのは。」
侍にとって刀が抜けないということは、侍としての死を意味する。
阿久津にもそれは理解できた。
「僕は父さんの言付けを破り黒椿を使った。 そして父さんを殺した。 だから呪われたんだ。 僕は──侍になる資格がないッ!!」
感情が涙になって溢れでる。
己が一生背負い続ける罪、僅か十五の少年が抱えるには重過ぎるその闇に対して、阿久津には直ぐ様かけてあげられる言葉がなかった。
刀真がしばらく泣いた後、連絡を聞きつけた鋏子が駆けつけた。
「刀真──!!」
勢いよく扉が開かれて中へと駆け込む。
余程急いで来たのか着ているスーツが少しシワがかっていた。
「母さん──」
「あんたッ──心配かけて!!」
涙目で言った直後、鋏子の手刀が刀真の額目掛けて振り下ろされた。
「痛ッッ──!?」
骨まで響いた、ような感覚が刀真を襲った。
「申し訳ございませんでした先生! これだけ迷惑かけたこの子は私が責任を持って後でボコボコにします!」
「いやお母様、一応その子怪我人ですので。」
引き気味に答える阿久津に鋏子は深く頭を下げた。
帰り支度を済ませて教室を出る際に阿久津は刀真を呼び止めた。
「斬咲くん、私から一つだけいいですか。」
刀真は振り向き耳を傾けた。
「教師としては問題発言かもしれませんが、私は君の気持ちを全ては理解できない。 君に侍としての資格があるかないかなんてわからない。 でも君は君の心のまま正直に生きてほしい。」
少し沈黙した後、刀真は無言で頭を下げて保健室を後にした。
一人になった阿久津は再び席に着き、読書を再開した。
しおりを挟んでなかったことに気付いて、慌ててページを探すがなかなか見つからない。
その途中で刀真の話を思い出し、彼は手を止めた。
「心のまま正直に──か。」
自身の言葉を呟き、彼はページ探しを再開した。
窓の外を見上げると空はいつの間にか暗くなり、綺麗な夜空を見渡すことができる。
星空がライトとなってまるで大地を照らしているようにもみえる。
星の光と町の外灯に照らされて、帰路に着く刀真と鋏子の二人の足元の影が伸びていた。
いつもより遅い足取りで家へと向かう二人に会話はなかった。
刀真はただ俯き、鋏子は時折彼の方を見ては目線を逸らすの繰り返し。
「あんたさぁ──」
痺れを切らして鋏子が口を開いた。
「やっぱ父さんのこと気にしてたんだ。」
連絡した教師から事情を聞いていた鋏子は、その話題を口にする。
刀真も息を飲み込み答えた。
「むしろどうして何も言わないんだよ、僕は父さんを殺したんだ。」
呪われたから仕方ないで済む話ではない。
刀真は鋏子の方へと振り向き、続けた。
「僕のことが憎いはずじゃないかッ、殺したいほどに憎いはずじゃないかッ──」
刀真が気付いた時にはすでに鋏子の手は高く振り上げられていた。
高い音が夜道に響いた。
頬の痛みと、心にまで響く痛み。
刀真の言葉を遮るように鋏子は刀真の頬をぶっていた。
「あんた──ふざけんじゃないわよ!!」
いつもにも増して取り乱す鋏子。
刀真はそんな母の様子を見るのは初めてだった。
「自分の子供を殺したいと思う親がどこにいるって言うの!?」
「でも僕は父さんを──」
言わせない、と鋏子は刀真を抱きしめた。
懐かしい母の温もりを久しぶりに感じる。
その時、刀真の目からは涙が溢れ出た。
「親にとって一番大切なのは子供なのよ。 どんなことがあったとしてもそれは変わらない。 それは父さんも母さんも同じ。」
「母さんに辛い思いをさせてしまった。」
「一番辛いはあんたでしょう?」
心を突き刺されたような痛みがした。
刀真はようやく気付いた。
ずっと痛かったのは自分だったんだと──。
「父さんいつも言ってたよ、刀真はいつか自分を超える侍になるって。 その為なら──俺はどんな運命も受け入れるって。」
まだ涙は止まらない。
より一層溢れ出るそれは、何度も何度も地面に落ちては渇いていった。
「父さんとの約束覚えてる?」
刀真のことを抱きしめたまま、鋏子は聞いた。
刀真は震えた声で頷いた。
「僕は──」
幼い頃に交わした父との約束。
“いつか父さんを超える侍になる”
そんな資格はないと決めつけ全てを諦めようとしていた。
刀を抜けない侍なんて存在してはいけないと思っていた。
でももし、もし許されるのであれば。
「侍になりたいッ──!!」
刀真の叫びは夜空へと消えていく。
広い世界には僅かしか届かない。
ただ目の前の母の心には確かに届いたのだった。
【刀】×DARKNESS──終──




