【月】×PEDIGREE 参
「よくもノコノコと儂の前に現れたものだな。」
老婆の言っている意味がわからず唖然とする。
どうやら、刀真のことを知っているようだ。
「何のことですか?」
「とぼけるでない! 今そこ復讐の時──覚悟せい斬咲“剣義ィィ”!!」
「待って。」
「なんじゃあ!?」
穂乃果が止めると老婆は素直に従った。
「この人は斬咲“刀真”くんですよ。」
「とう、まぁ?」
目を凝らす老婆。言われてみると、彼が復讐の相手ではないということがわかる。若過ぎる、背丈も違う。
老婆は勘違いをしていたことを理解する。
「こりゃいかん! 最近ボケが進んでこれだから年寄りは嫌だわい。」
ケラケラと笑う老婆。
首の皮一枚繋がったことに刀真は安堵した。
「老化は人として避けられない運命にあるのよ“詩婆”。」
「其方はもしや穂乃果か?」
「お久しぶりです。」
どうやら、穂乃果と老婆の二人は知り合いのようだ。
ほっとするのも束の間、刀真は仁の怪我を早く手当てしてほしかった為、穂乃果を急かす。
「ム? そりゃ宇佐美じゃないか!」
「ええ、話はとりあえず後にしましょう。」
老婆に中へと通された二人は、仁と宇佐美を居間へと運んだ。
布団に寝かせて、老婆の応急処置が早かったこともあり大事には至らなかった。
「──月島詩美?」
穂乃果が口にした名を刀真は繰り返した。
彼女が言うには、老婆の正体は宇佐美の祖母なのだと。
若い頃は凄腕の侍でKILLにも所属していたとか。無敗伝説ももっていたらしいが、数十年前にある男に敗れたことで記録は途絶えてしまう。
「それが其方の父、斬咲剣義じゃ。」
「父さんと戦ったことが?」
「奴はまさに剣の天才──力の差は歴然じゃった。」
敗北をきっかけに己の限界を悟った詩美は侍を引退し、後世の育成に専念する為に道場を開いた。その時の生徒の一人が白枯木穂乃果なのだという。
「それも幼い頃、詩婆は道場も閉めちゃったから短い間しか習ってないんだけどね。」
「どんな侍も歳には勝てぬものよ。」
「充分強かったですけど──。」
「しかし見れば見るほど似ておるのぉ! 天才の息子もまた天才、どうじゃ、刀は抜けるようになったのか?」
刀真の眉がピクッと反応する。
今日、初めて会う詩美が何故そのことを──聞き返す前に詩美は口角を上へと上げた。
「全て知っておる。」
「どうしてですか?」
「なんじゃ、“KILL”はお前さんに何も話しておらぬのか?」
「KILL? 国家組織が僕に何の関係があるんですか!」
詩美はそれ以上は語らなかった。
言うべきではないという判断なのか、確実に何かを知っているのに話すことはない。もやもやしたものだけが残り歯痒かった。
「それより何があった?」
「ああ、お孫さん──宇佐美さんについての話をしましょう。」
刀真もそれ以上は追求せず、目の前の問題を優先することにした。
「急に勝負を挑まれたんです。 僕に刀を抜かそうとしていたみたいですが、その為に仁を斬りつけて、それが許せなくて──少し手荒な真似を。」
流石にやり過ぎたと、頭を下げた。
「そうか、宇佐美の奴はまだ──」
「力に執着しているんですね。」
「知っておったのか。」
「いえ、ただ中学時代も彼女──似たようなことをしていたもので。」
実力の高い者への下克上のつもりなのかもしれないと、穂乃果は語る。
「下克上ではない、宇佐美はただ悔しかっただけじゃよ。」
「悔しい?」
「力ある者が力を使わないことが許せない、だから本気で戦い力を引き出させるのじゃ。 同時に勝利することで自分の力も証明できる。」
「何の為にそんなことをするんですか?」
「“力ある者が全て”だと証明する為じゃ。」
詩美はそう言うと、古びた棚の引き出しから一枚の写真を取り出した。
二人の男女と、中心にまだ幼い頃の宇佐美が写っている。
それは刀真が知っている彼女の可憐な笑顔だった。
「かつては宇佐美も純粋な侍魂をもつ良い子じゃった。 儂や侍だった両親の背中をみて立派な侍になろうと剣の修行に励んでおったよ。 しかしある日の事件がこの子を変えてしまった。」
「何があったんですか?」
「両親が多額の借金を抱えておってな、儂に迷惑をかけまいと相談もせず、気付けば簡単には返せない額になっていた。 その取り立てが家までやって来たのじゃ。」
幼かった宇佐美が学校から帰ると、見知らぬ黒服の男たちに囲まれた両親の姿があった。
「お父さん! お母さん!」
「来るんじゃない!!」
両親は暴力を振られて顔中が痣だらけになっており、無残な姿だった。
「ガキがいたのか? 金返せないならガキを借金の形にするかァ。」
「やめろ! 子供は関係ない」
「うるせえ──金も返せないくせにガキの前で格好つけてんじゃねえぞ!」
何度も何度も殴られて、見るに耐えない。
だが、宇佐美は一筋の希望をもっていた。
「お父さんお母さん! 刀を抜いて──こんな奴らやっつけてよ!」
幼い宇佐美にとって侍は人々を守る英雄。両親なら最後には必ず勝つと信じていた。




