【力】×PARTING 六
「無事で良かった──ッ!」
鋏子は我が子をもう一度抱きしめた。
子供のように泣きじゃくる母の姿に、刀真は今度は痛がることはできなかった。
「一週間も寝てるからもう起きないんじゃないかって。」
「そんなに?」
刀真が聞き返すと、鋏子は頷く。
「そりゃ侍になるってことは危険が多いってことだけど、まさか入学前にこんなことになるなんて。」
鋏子の言葉であることに気付く。
一週間。あの事件から一週間経っている。
「そうだ入学──試験の結果はどうなったの!?」
ベッドから身を乗り出しそうな勢いの彼を、鋏子が静止する。
「それならさっき──」
言いかけたその時、病室の扉が再び開かれた。
中に入ってきたのは黒霧の学園長とその秘書、時田だ。
「斬咲くん、目が覚めたのかね。」
刀真は意外な人物の訪問に目を丸くした。
「何故、学園長が?」
「良かった──君が無事で。」
安堵の表情を浮かべ、学園長は事の経緯を説明し出す。
「あれから一週間、眠り続ける君の見舞いに毎日通ったものさ。」
「学園長は大量に残った仕事を放置して来ていました。」
いつも通り無表情で時田が話す。
「あの日の礼を言いたかった。 我々は君に助けられたのだから。」
「そんなことより試験はどうなったんですか?」
「問題無く終了したよ、カゲロウが現れたことと試験は別の問題だからね。」
そう言うと、学園長は時田に指示を出す。
時田は手持ちの鞄から紙を一枚取り出した。
「斬咲刀真くん──残念ながら君は不合格だ。」
彼の言った通り、斬咲刀真──不合格の文字が紙に記されている。
刀真は落胆し、俯いた。
「刀の抜けない侍は我が校にはいらない。」
それが現実。刀真は言い返す言葉がなかった。
表情一つ変えずに学園長は言葉を続けた。
「実に──不快だとは思わないかね?」
咄嗟のことに声が出なかった。
疑問だけが浮かび上がる。何故、学園長がそんなことを聞くのかわからなかった。
「刀を抜けるから侍なのか、それは違う──現に君は刀を抜かずとも力を引き出しカゲロウを斬った。」
刀真自身もそれは鮮明に覚えている。
聞こえてきた声──黒椿の力を奪い、自身の力に変えたあの時のことを。
「大切なのは“侍魂”なのだ。 近年、侍を目指す多くの若者がいる中でその意味を真に理解する者は減っている。」
「刀の真の力を引き出す?」
刀真が聞き返すと、学園長は首を横に振った。
「それはあくまでも力の一つに過ぎない。 その本当の意味は──心だよ。」
言われて考えるが、やはり答えは出なかった。
その様子を見て学園長は微笑む。
「あの時君はただ友を助けたいと思い戦った。 刀が抜けないという現実など考えずにな。」
「あの時は夢中で──ただ矢井馬くんを救いたかったんです。」
その通りだ、と学園長は頷く。
「それこそが侍魂の真理であり、真の侍と呼ばなくて誰を侍とする?」
考えたこともなかった。
刀真は唖然とした表情を浮かべる。
「君のような侍こそに我が校で学び強くなり、高みを目指してほしいのだ。」
学園長が合図を送ると、時田が鞄から別の紙を数枚取り出した。
中には名刺も混ざっている。そこに書かれた“黒霧緂蔵”という名前が目についた。
肩書きは黒霧学園学園長──彼の名だ。
「これは私の個人的な頼みだ、君に黒霧学園に入ってほしい。」
そう言うと、緂蔵は時田と共に深々と頭を下げた。
「や、やめてください!」
焦る刀真に対して、二人は一歩も引かなかった。
入学案内と書かれた資料を見つめる。
緂蔵は言った。刀を抜けるから侍ではない、大切なのは侍魂なのだと。
その意味はまだわからないが、その意味を知ることで父を超えるという夢に繋がるのなら、刀真にとっては願ってもないことだ。
「僕は元々黒霧学園への入学を目標としてきました──ぜひお願いします!」
緂蔵は顔を上げて笑った。
「良い返事だ。 君の入学を楽しみにしているよ。」
「あ──それと、」
去り際の二人を刀真が呼び止める。
「矢井馬くん──僕の友達の再試験を行ってもらうことは可能でしょうか?」
緂蔵は予想通りの反応だと振り向いた。
「君はそう言うと思っていた。」
時田に目線を送り、説明を促す。
「彼は二日前に目覚めており、既に同じように入学の案内を提示しております。」
「それじゃあ矢井馬くんも黒霧に?」
「断られたよ。」
「え──?」と聞き返す刀真。
緂蔵はその反応も予測していた。
「彼には彼の道がある、我々としても強制はできない。」
刀真はそれ以上は追求せず、二人の後ろ姿を見送った。
退院までの間、病院内に矢井馬がいないか確認したが見つからなかった。
もしかしたら別の病院だったのかもしれない。
それから数日後、無事に退院した刀真はから紅第三中学校へと足を運んだ。
彼らの卒業式の日である。




