【力】×PARTING 四
「やめろォ!!」
刀真は木刀を構えてカゲロウの前へと立ち塞がった。
「やめなさい坊や! そんなものでカゲロウは倒せない!」
「わかっています! でも──」
柄を握る両手が、汗で滑りやすい。
強く握り返しても、途中で落としてしまいそうだ。
もう一度、しっかりと握り締める。
「矢井馬くん──。」
刀真は光子郎にまだ意識があることを確認した。
彼もまた重傷だ。早く救ってあげなければ──。
「き、斬咲──」
消えそうな声で彼は刀真の名を口にした。
とても苦しそうに、発音もはっきりしていないその言葉は、刀真にしっかりと届いた。
「助けてくれ──」
気付いた時には踏み出していた。
軽やかなステップで間合いを詰めて、木刀を叩き込む。
カゲロウはそれを右腕で受け止めると、力強く振り払った。
宙を一回転し、また踏み込む。
もう一度間合いを詰めて、連続で突き刺すように振る。
一発、二発──少しずつ刀真の攻撃が当たっていく。
だがカゲロウには効いていなかった。
距離を空けるように移動したカゲロウの背中が、奇妙に揺れ動く。
体を突き破るように三本の腕が現れ、全てが刀真へと襲い掛かった。
「──!?」
木刀を振るが受けきれずに吹っ飛ばされる。
「畜生──!!」
彼女は動けないことに腹を立てた。
非常に不味い状況だ。苛立ちが増していく。
ようやく懐のスマートフォンを取り出すと、履歴から電話をかけた。
「──こちら六番隊、糸色。」
「いつまでチンタラやってんのよ!! とっとと応援に来い!!」
「いやいや今向かってるって。 ナニナニ、苦戦中なのナギちゃん?」
「馬鹿野郎! このままだと死人が出る──急いで!!」
「──わかった、すぐ行く。」
通話はそこで途切れた。
叫んだせいか意識が朦朧としてくる。
スマートフォンが手元から滑り落ち、地面に落下した。
それを拾う力が彼女には残っていなかった。
カゲロウの暴走は続く。
四方八方に腕を伸ばして、刀真の姿を捜している。
背中の腕はいつの間にか数十本に増えていた。
「やっぱりただの木刀は効かない。 刀を抜かなきゃあいつは倒せない。」
瓦礫の中で一人、刀真は呟いた。
「刀を抜かなきゃ侍にはなれないのか?」
彼の問いかけに応えるように、その温もりは背中から伝わった。
「安心しろ──」
夢で何度も聞いた声。
儚げで、美しく悲しい声。
「恐ることはない──」
心臓の鼓動が大きく鳴る。
次第に早くなっていく。
「心を我に委ねよ──」
自然と黒椿に手を伸ばしていた。
鼓動の高鳴りが速くなる。
「それすればお前は奴を──」
「僕は奴を──」
溢れ出す黒いオーラが刀真を包み込み、瞳を紅色に染め上げた。
「奴を倒したいのだろう──?
侍になりたいのだろう──?」
「倒したい──なりたい──」
その返事にはまるで感情がない。
「ならば、心を我に委ねよ──」
その手は黒椿の柄を握り締め、ゆっくりと引いていく。
とても軽い──このまま刀を抜けばいい。
そう、心のままに──。
刀真の視界の先が真っ暗に染まる。
「夢の中と同じ世界だ。」
このまま眠ってしまえば良いと思えた。
次に目が覚めた時、全てが終わる。そんな気がしている。
眠りに着こうと瞼を閉じた。
だが、暗闇に放つ一筋の光が眩しくて眠れなかった。
「なに?」
光に問い掛けると、より輝きを増した。
「君の心のままに──」
「僕の──心?」
おかしな事を言う光に刀真は苦笑する。
心に従い眠りに着くのだ。
「君の心のままに──」
「僕の心は──」
心臓の高鳴りが再開する。
頭痛が彼を襲った。何かが頭の中を過ぎっていく。
「君の心のままに正直に生きてほしい。」
刀真の過去を知った阿久津が彼に告げた言葉。
「親にとって一番大切なのは子供なのよ、どんなことがあったとしてもそれは変わらない。」
ずっと憎まれていると思っていた。だが鋏子は心から刀真のことを愛していた。
「助けてくれ──」
光子郎が刀真に助けを求めた。
手を伸ばしていた。
気が付けば、体が勝手に動いていたことが答えなんだと、刀真は気付く。
刀真はその声に頷いた。
「そうだ──僕の心が求めるのは、」
ここで眠ることではない。
誰かに心を委ねることでもなかった。
辺りの暗闇が光に包まれていく。
夢は終わりだ。
目を開けた刀真は黒椿を鞘へと納めた。
「何──?」
予想外の行動にその声は反応する。
「刀を抜かぬというのか──? 諦めるのか──?」
「諦めるわけじゃないさ。」
刀真は再び木刀を構えた。
「ただ──誰かに心を委ねたりもしない。」
瓦礫から飛び出す彼の姿をカゲロウは捉える。
獲物を見つけたと、牙を剥き出しにしていた。
刀真もまた、その姿をその眼にしっかりと焼きつけた。
「僕の心は僕のものだ。 心に従って──僕自身が戦う!」
「奴を倒したいんじゃないのか──? 侍になりたいんじゃないのか──?」
理解できない、とその声は問いかける。
刀真の答えは決まっていた。
「僕が求めるのは──矢井馬くんを助け出すことだ!」




