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新人VTuberの成り上がり 〜元大手敏腕マネージャーが、底辺の原石美少女たちを独り占めして世界一にプロデュースする〜  作者: 遙 カナタ


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第8話:狂犬の契約

『K.O.!』


 深夜のゲームセンターに、非情なシステム音声が響き渡った。

 画面の中で、赤ジャージの暗殺者『レイヴン』が力なく地面に崩れ落ちる。

 ラウンドカウント、2対0。ストレートでの完全勝利。駆の操る重量級の巨漢は、最後まで蓮の猛攻を冷徹にいなし続け、最後は完璧な確定反撃で彼女の体力をすべて削り取ってみせた。

 蓮が筐体のコントロールパネルを、拳で激しく叩きつけた。


「嘘……だろ……。アタシが、一本も取れずに……負けた……?」


 レバーを握ったまま、蓮の指先が小刻みに震えている。

 画面に浮かび上がる『YOU LOSE』の青い文字が、彼女のプライドを粉々に打ち砕いていた。22連勝という圧倒的な無双状態から、正体不明のスーツの男に一瞬で叩き落とされたのだ。


 駆は静かにレバーから手を離し、椅子の背もたれに身体を預けた。


「君のプレイは素晴らしい。だが、攻めがワンパターンだ、あかぎ蓮さん」


 蓮はハッと息を呑み、クリアパネル越しに駆を睨みつけた。


「テメェ……アタシの配信を見てやがったのか。どこの回し者だ、コラ」


「ただの通りすがりの、小さなVTuber事務所のプロデューサーだよ。君の配信はここ数日、よく見させてもらっていた。だから、その独特なトゲのあるハスキーボイスと、その着古した赤ジャージ、そして驚異的なレバー捌きを見て、すぐに『あかぎ蓮』本人だと確信したんだ」


 駆は席を立ち、筐体の横を回って、放心したまま座り込んでいる蓮のすぐ傍へと歩み寄った。


「ストーカーじゃない。俺は君という最高の原石をスカウトしに来たんだ、蓮さん」


「スカウトだぁ……?」

 蓮は自嘲気味に鼻で笑い、髪をガシガシと掻きむしった。

「笑わせんなよ。アタシの配信を見てたなら知ってるだろ。アタシのコメント欄はいつも大荒れで、同接は二桁の底辺だ。口は悪いし、リスナーとは喧嘩ばかり。大手の事務所様が欲しがるような、お利口さんなガワを被ったアイドルの器じゃねえんだよ、アタシは」


 悔しさと自己嫌悪の混ざった目で、蓮は床を見つめる。

 ゲームの腕は誰にも負けない自信があった。しかし、配信者としては完全に空回りしている。その現実を、一番よく理解し、苦しんでいたのは彼女自身だった。


「いや、違うな」

 駆はトレンチコートのポケットに手を突っ込んだまま、静かに、しかし確信に満ちた声で告げた。

「君の配信が伸び悩んでいるのは、君のキャラクターのせいじゃない。——君が家で、思いっきり大声を出せない環境にいるからだ」


「……っ!」

 蓮の身体が、明確に強張った。図星だった。


「君のゲームプレイは獰猛で、トークのキレも抜群だ。それなのに、感情が最高潮に達して『叫ぶ』べき瞬間に、君の脳がいつもブレーキをかけている。声をセーブし、中途半端なキレ方になっている。……壁が薄いアパートか何か知らないが、近所迷惑を気にして本気で吠えられないんだろう?」


「テメェに……何が分かるんだよ……!」

 蓮は立ち上がり、駆の胸ぐらを掴みかからんばかりに詰め寄った。その瞳には、隠していた弱みを暴かれた者の、激しい動揺が揺れていた。


「家じゃ大声出したらすぐに隣から壁ドンされるんだよ! だから、アタシは……アタシのこのクソみたいなイライラは、このゲーセンでしか発散できねえんだよ! 配信で本気が出せるわけねえだろ!」


 悔し涙を浮かべながら、感情を爆発させる蓮。駆はその様子を冷徹に見つめながらも、心の中で「やはりな」と確信を得ていた。


「だったら、俺が君の配信環境を『最高の檻』に変えてみせる。明日の夕方、君の家に伺う。返事はその時に聞かせてくれ」


 駆はポケットから名刺を取り出し、彼女の手元に滑り込ませた。

「……決めるかどうかは、アタシの気分次第だ」

 蓮は名刺をひったくるように受け、足早にゲーセンを去っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、駆はふぅと息を吐き、自分の財布を確認する。

 中身は、お世辞にも余裕があるとは言えない。みあの初配信で大きな手応えを得たとはいえ、事務所『Vスタ』は立ち上がったばかりの超自転車操業だ。大手のようにお金をかけて高級な防音マンションを新しく借りる資金など、今の駆には一円もない。


「……ま、金がないなら、頭と体を使うだけだな」

 駆は不敵に微笑むと、夜の池袋の街へと歩き出した。





 

 翌日の夕方。

 駆が訪れたのは、池袋の喧騒から少し離れた場所にある、年季の入った賃貸アパートの一室だった。

 連絡してきた蓮に指定された住所。ドアを開けて出てきた蓮は、やはりあの赤ジャージ姿だった。生身の彼女の部屋は、格ゲーの機材やモニターが乱雑に置かれた、まさに「野生のプロゲーマーの巣窟」といった風情だった。


「おい、テメェ……防音ブースを用意するって、アタシの家に直接乗り込んでくることだったのかよ!?」


 蓮が眉を釣り上げて怒鳴る。駆は両手に抱えた大量の段ボール——遮音シートや吸音材のパネル、隙間テープを床にドサリと置いた。


「言っただろ、君の配信環境を最高のものに変えるって。……うちの事務所はまだ立ち上げたばかりで、新しい物件を借りる予算はない。だから、君のこの部屋を、俺の手で直接『簡易防音ブース』にリフォームする」


「はぁ!? 賃貸だぞ! 退去する時どうすんだよバカ!」


「心配ない。来る前に、このアパートの大家のところへ行って許可は取ってある」


「……は?」

 蓮が呆気にとられた顔をした。

 駆は大手時代に培った交渉術と、手土産の菓子折りを使い、アパートの大家を事前に丸め込んでいたのだ。『部屋を一切傷つけない、剥がせるタイプの防音施工をする』『深夜の騒音トラブルがこれで完全に解決する』という条件を提示し、むしろ大家から「ぜひやってくれ」と感謝されての訪問だった。


「大家の許可があるなら文句ないだろ。さあ、作業を始めるぞ。手際よくやらないと夜の配信に間に合わない」


 駆はトレンチコートを脱ぎ捨ててシャツの腕をまくると、手際よく壁に吸音パネルを貼り付け、ドアの隙間を埋めていく。プロデューサー自らが汗を流して自分のために部屋を泥臭く改造していく姿を、蓮は戸惑いと、奇妙な敗北感の混ざった目で見つめていた。

 作業開始から数時間。

 部屋の壁一面が黒い吸音材で覆われ、窓やドアの防音対策も完璧に施された「即席の防音室」が完成した。


「よし、これで完成だ。蓮さん、試しに思いっきり叫んでみてくれ」


「え? ……あ、おいっ! クソリスナーふざけんじゃねえぞゴラァ!!」


 蓮が恐る恐る、しかし次第にボルテージを上げて大声を張り上げる。

 防音室の外に出て音漏れを確認した駆が、ドアを開けて戻ってきた。


「合格だ。普通の話し声レベルにまで減衰してる。これなら深夜にどれだけ台パンして叫んでも、隣から壁ドンされることはない」


「マジで……? 全然響かない……。アタシ、本当に家で本気出していいのか……?」


 蓮は自分の両手を見つめ、それから部屋を見渡し、信じられないというように目を輝かせた。


「これで、言い訳はできなくなったな」


 駆はデスクの上に、一枚の契約書を滑り込ませた。


「我が事務所『Vスタ』の所属契約書だ。この環境で、君の『あかぎ蓮』としてのポテンシャルを100%解放し、ネットの海をひっくり返してこい」


 蓮はしばらく契約書を見つめていたが、やがてフッと不敵に笑うと、デスクのペンを握った。


「……いいよ。ここまでされて逃げたら、アタシのプライドが許さねえ。テメェがアタシをどこまで連れていけるか、見届けてやるよ、プロデューサー」


 蓮は迷いのない手つきで、契約書の署名欄にペンを走らせた。

 さらさらと書かれたその文字を見て、駆は「おや」と目を見開いた。

 そこには、ひらがなの活動名ではなく、彼女の本当の姓名が綺麗に記されていた。


『赤城 蓮』


「……赤城、蓮?」

 駆は思わず、その名前を声に出して読み上げた。


「あ? そうだよ。アタシの本名。活動名、そこから取ってひらがなにしただけだからな。……何だよ、どうかしたのか?」


 蓮が不思議そうに首を傾げる。


(あかぎ蓮、だから……本名も、そのまま『赤城 蓮』だったのか)


 駆は内心で、プロとしての自分の抜け作っぷりに苦笑した。

 ネットの音声やプレイデータから彼女の正体を完璧に見抜いておきながら、まさか本名が活動名と全く同じ表記違いだったとは、今の今まで完全に盲点だった。ストーカー扱いされていたが、現実の彼女の素性に関しては、今の今まで本当に何一つ知らなかったのだ。


「いや、なんでもない。いい名前だ」


 駆はフッと笑うと、彼女に向かって右手を差し出した。


「改めて、よろしく頼むよ。赤城蓮さん。……いや、これからは『あかぎ蓮』だな」


「フン、よろしく、プロデューサー。アタシを怒らせたら、ゲームじゃなくてリアルで分からせてやるからな」


 蓮は照れ隠しに生意気な口調で言いながらも、駆の手を、力強く握り返した。


 資金ゼロのボロアパートから始まった『Vスタ』に、至高の歌姫に続く、二人目の怪物——「檻」を解き放たれた狂犬・あかぎ蓮が、ここに正式に爆誕した。

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