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新人VTuberの成り上がり 〜元大手敏腕マネージャーが、底辺の原石美少女たちを独り占めして世界一にプロデュースする〜  作者: 遙 カナタ


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第4話:最強の右腕であり悪友

 けたたましく鳴り響くスマートフォンのバイブ音で、駆は意識を浮上させた。


「……う、お……」


 重い泥から這い上がるようにして上体を起こす。

 四畳半の事務所のデスクの上には、飲みかけの缶コーヒーと、昨夜みあの初配信の音声をリアルタイムでミキシングしていた機材が転がっている。カーテンの隙間から差し込む朝の光が眩しい。時計の針は午前十時を回っていた。


 徹夜明けのぼやけた頭で、駆はまず手元のスマートフォンをロック解除した。

 通知画面を開いた瞬間、そのあまりの通知の量に、眠気が一気に吹き飛んだ。


「……まじか」


 YouTubeの管理画面。昨日まで『352人』だった『音無すず』のチャンネル登録者数は、現在進行形でカウンターが爆発しており、『18,500人』を表示していた。

 さらにSNSを開けば、昨夜駆が仕掛けた「深夜、眠れないあなたへ」という数秒の歌唱切り抜き動画が、万単位でリツイートされタイムラインを埋め尽くしている。


『この子の歌声、鳥肌が止まらないんだけど』

『深夜に泣いた。神クオリティのASMRと歌』

『Live:CLOWNの新人かと思ったら、Vスタってどこだ?』


 ネットの海が、完全に彼女の『声』にハッキングされていた。

 画面を見つめてニヤリとプロの笑みを浮かべていると、画面上部からLINEの通知が滑り込んできた。差出人は白雪みあ。


『織田さん、おはようございます……っ! あの、朝起きて数字を見たら、大変なことになっていて……。私、怖くてスマホを落としちゃいました……これ、本当に現実ですか……?』


 文字面から、彼女がベッドの上でパニックになりながら、けれど嬉しさに胸を震わせている姿が簡単に想像できた。駆はすぐに返信を打つ。


『おはよう、みあちゃん。現実だよ。君の才能が世界に見つかったんだ。でも、これはまだプロローグに過ぎない。今日はゆっくり休んで、喉を労ってあげて。俺は、次の仕掛けの準備に行ってくる』


 メッセージを送信し、駆は立ち上がって大きく背伸びをした。

 心地よい勝利の余韻。だが、プロのマネージャーとしての脳は、すでに「次の一手」を猛烈な速度で計算し始めていた。


「一発限りの花火で終わらせるつもりはねえよ。みあちゃんを本物の歌姫にするために、まずは『Vスタ』の最大の弱点を埋めに行くか」


 駆はシャワーを浴びてスーツに着替えると、一つの連絡先へとダイヤルを回した。





 

 都内の一等地。防音設備が完全に施された、個人所有としては破格のスケールを誇るプライベートスタジオ。

 薄暗いスタジオの壁には何本もの高級ギタースタンドが並び、中央のデスクには何枚もの巨大なモニターと、素人では触ることも躊躇うような最新の調音機材が鎮座している。

 その部屋の主であり、部屋着のパーカー姿でボサボサの髪を掻きむしりながら、狂ったようにキーボードを叩いていた男——神代(かみしろ) (げん)は、入ってきた駆の顔を見るなり、椅子を蹴立てて立ち上がった。


「おい駆ッ!! テメェ、説明しやがれッ!!」


 弦は駆の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄ってきた。その目の下には、駆と同じような見事なクマがある。


「あ、弦。昨日は急な依頼なのに、最高のピアノ伴奏をありがと——」


「ありがとうじゃねえよバカ野郎! なんだあの『音無すず』ってVTuberは! 昨夜、お前から『今夜の配信で使いたいから、大至急でこの賛美歌のピアノ伴奏をエモくアレンジして録ってくれ』って泣きつかれて、友情一発で仕上げて送り出したけどよぉ!」


 弦はデスクのモニターを指差した。画面には、昨夜の『音無すず』の配信アーカイブが映し出されている。


「深夜二時に何気なく配信を開いたら……俺のピアノの上で、化け物みたいなソプラノが歌ってやがるんだ。あまりの衝撃に脳ミソがスパークして、そこから一睡もできずに、今の今まであの子の声の波形データをアナリティクスソフトに突っ込んで分析してたんだよ!」


 弦は興奮で顔を紅潮させながら、駆の肩を激しく揺さぶった。


「あの声の倍音成分、何なんだ!? まるで極上のアコースティック楽器だぞ! 歌った瞬間に空間の空気の密度が変わる。お前、元『Live:CLOWN』のツテか? どこからあんな化け物の原石引っ張ってきたんだよ!」


 駆は弦の手を優しく退けると、親友のデスクの椅子に勝手に腰掛け、不敵に微笑んだ。


「ただの元個人勢だよ。登録者300人の海の底に沈んでた。それを、俺の新しい事務所『Vスタ』の第一号タレントとしてスカウトしたんだ」


「……元個人勢だと?」

 弦は絶句し、それから頭を抱えて唸った。

「マジかよ……。あんな国宝級の声が、今まで埋もれてたのか。日本のリスナーの耳は節穴かよ……」


「だから、俺が世界に届ける。そのために、お前の力が必要なんだ、弦」


 駆は真剣な眼差しで、親友の目を見つめた。

 神代弦。駆の大学時代からの悪友であり、若くして数々の有名アーティストやアニメに楽曲を提供している、業界内でも一目置かれる天才コンポーザーだ。大手の看板を捨てた駆が、唯一、全幅の信頼を置いているクリエイターだった。


「弦。お前、メジャーのタイアップや、大手の型にハマった楽曲提供に、最近飽き飽きしてただろ。クライアントの顔色を伺う音楽じゃなくて、本当に『自分の音が、最高の声によって何倍にも化けるカタルシス』を味わいたくないか?」


「……っ」


 駆の言葉は、弦のクリエイターとしての急所を正確に射抜いていた。

 弦はしばらく黙って画面の中の『音無すず』のアバターを見つめ、それからニヤリと、駆とそっくりな「悪巧みの笑み」を浮かべた。


「ハッ……相変わらず、人の転がし方が悪魔的だな、お前。……いいぜ。あの子のあの声なら、俺の脳内にある『難しすぎて誰も歌えなかった最高傑作のストック』を、完璧に歌いこなせるかもしれない」


 弦は駆の前に右手を差し出した。


「『Vスタ』の専属サウンドプロデューサー、引き受けてやるよ。その代わり、あの子の『声』は、俺が一番特等席で料理させてもらうからな」


「ああ、約束する。最高の楽曲で、彼女を世界一の歌姫に押し上げよう」


 二人の天才——有能マネージャーと天才作曲家が、固く握手を交わした。

 これで『Vスタ』の音楽面の基盤は、大手にも引けを取らない最強の体制として完成した。


「よし、体制は整った。サンキュー、弦。これで心置きなく次の仕掛けに——」


 駆が背を向け、スタジオの重い防音扉に手をかけた、その時だった。


「……おい、駆」


 後ろから、弦の低く、いつになく真面目な声が降ってきた。

 振り返ると、弦は腕を組み、険しい表情でデスクのモニターを見つめていた。その画面には、ネット上の音楽クリエイターや業界関係者が使う、非公開の連絡コミュニティのチャット履歴が映し出されている。


「ちょっと耳に挟んだんだがよ。お前の古巣……『Live:CLOWN』のスカウト班が、さっきから裏で血眼になって『音無すず』の身元を調べ回ってるぞ」


 駆の眉が、ピクリと跳ねた。


「……ほう。動きが早いな。まだ初配信から半日も経ってないぞ」


「笑い事じゃねえよ。あいつら、あの賛美歌のアレンジを誰がやったかまで特定しようとして、俺の知り合いの編曲家界隈にまで探りを入れてきてる。それだけじゃない。『音無すず』の Live2D の挙動や、過去のわずかな配信アーカイブから、中の人の『生活圏内』や『年齢』を特定しようと、専門の特定班を動かしてるって噂だ」


 弦は椅子に深く寄りかかり、ふぅ、と重い息を吐き出した。


「大手の情報網と資金力を舐めるなよ。あいつら、自分たちが使い捨てたパイを他人に横取りされるのを一番嫌う。もし『音無すず』の裏にいるのが、泥を塗って辞めたお前だってバレたら……力技で引き剥がしにかかるか、最悪、スキャンダルを捏造してでもあの子ごと潰しにくるぞ」


 スタジオの空気が、一瞬で凍りついたような錯覚に陥る。

 大手の持つ、傲慢で容赦のない「闇」。かつてその中心にいた駆だからこそ、弦の言葉が脅しでも何でもない、リアルな危機であることを誰よりも理解していた。

 だが、駆の瞳に宿ったのは、恐怖ではなく、冷徹なまでの闘志だった。


「上等だよ」

 駆はフッ、と低く笑った。

「あいつらが『パーツ』としてしか見られなかった原石が、一晩で1万人を魅了したんだ。プライドがバキバキに砕け散ってる頃だろうな。——心配するな、弦。あの子の身の安全も、その綺麗な歌声も、大手の汚い手からは俺が絶対に守り抜く」


「……ハッ、言うねえ。なら、お前がその盾になってる間に、俺はあいつらの度肝を抜く新曲を仕上げてやるよ」


「期待してる」


 今度こそ、駆はスタジオの扉を開けた。

 エレベーターに乗り込み、スマートフォンの画面を睨みつける。


「大手が動き出してるとなると、一刻の猶予もないな……」


 一晩で手に入れた大金星。しかしそれは、同時に世界で最も危険な業界のサメたちを呼び寄せる「血の匂い」でもあったのだ。


 駆はすぐにみあへ連絡を入れ、今夜のミーティングを設定した。

 初配信を終えて浮かれている彼女を、冷ますための時間だ。プロのマネージャーとして、ネットの、そして大手の「本当の凶暴さ」を叩き込むために。

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