第48話:終わらない女子会と、突きつけられた挑戦状
「……みあちゃん。私だって、裏方で終わるつもりはありません。二人で約束した通り、私はすずちゃんと肩を並べてステージに立つ『相棒』なんですから」
飛鳥の力強い言葉と、それに応えるすずの「うんっ!」という弾けるような笑顔。
二人が固く手を握り合ったその瞬間、スタジオの重厚なドアがガチャリと音を立てて開いた。
「おいおい! 部屋の外まで熱気が漏れてんぞ!」
缶コーヒーを片手に戻ってきた駆が、ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべながら入ってくる。
その後ろからは、手帳をひらいた弦と、相変わらず無表情だがどこか視線の鋭いOUKAの姿があった。
「駆さん……! 聞いてたんですか!?」
みあが頬を赤くして振り向くと、弦が眼鏡の奥の目を柔らかく細めた。
「ええ、システムチェックのモニター越しに少しだけね。すずちゃんとルナちゃんの覚悟、素晴らしいものがありましたよ。……そして詩織社長、またとんでもない仕掛けを思いついたようですね?」
「ふふ、察しが良いわね、弦くん」
ソファーで優雅に脚を組んだ詩織社長が、磁器のカップをテーブルに置きながらニッコリと微笑む。
「もともと別でファーストライブを組む予定だったのだけれど、この際丁度いいし今から数ヶ月後……蓮ちゃんの世界大会直前に開催する、我が社主催の『バーチャルフィッティング』コラボ大型お披露目イベント。そのオープニングアクトとして、すずちゃんとルナちゃんのユニットライブをゲリラでお披露目しようと思うの」
「確かにユニットでのファーストライブの話は聞いていましたが、数ヶ月後の巨大イベントのオープニングアクト……! 詩織さん、本気ですか!?」
飛鳥が目を見開き、思わず身を乗り出す。
「ええ。最新のアパレル衣装のモデリングやEC連携システムの構築、そして蓮ちゃんの世界大会に向けたプロモーションの波……すべてが最高潮に達するあの巨大ステージの幕開けを、お二人の『歌』と『パフォーマンス』で飾ってほしいのよ」
「……ッ」
スタジオ内にピンと張り詰めた緊張が走る。
数ヶ月という準備期間があるとはいえ、同接数十万人、リアルタイムでのEC購入が飛び交う超大型案件のトップバッター。最新技術の衣装に合わせた完璧なパフォーマンスと、観客を圧巻する新曲のクオリティ——背負うものの重さは計り知れない。
「……フッ。甘いな」
静寂を破ったのは、壁際に腰掛けたOUKAの低く冷ややかな声だった。
「世界に挑む蓮の背中に並び立ちたいと言った口で、そのプレッシャーに怯えるのか? 覚悟が口先だけなら、最初から裏方で指を咥えて見物している方がお似合いだ」
「OUKAさん……!」
飛鳥の肩がぴくっと震える。データ分析が得意なルナだからこそ、その大舞台の重圧と責任の大きさが脳裏を駆け巡っていた。
だが、その飛鳥の手を、みあがぎゅっと力強く握り返した。
「怯えてなんか……いません!」
みあがまっすぐにOUKAを見つめ返し、力強く声を張る。
「蓮ちゃんがプロとして世界で戦うなら、私と飛鳥ちゃんは、この巨大なステージで『Vスタに音無すずと天月ルナあり』って世界中に証明してみせます! 本番までに……絶対に最高のステージにしてみせます!」
「……みあちゃん」
飛鳥が息を呑み、みあの横顔を見つめる。
いつもは控えめで守ってあげたくなるような少女が、今や誰よりも熱い情熱の炎を瞳に宿している。
飛鳥は静かに息を吐くと、指先で眼鏡の位置を完璧な位置へと直した。
「……みあちゃんが歌うなら、私の全てをこのステージに捧げます」
「言ったわね、二人とも!」
Trinity Raidのリーダー・レイがパンッと手を叩いて立ち上がった。
「すっごいかっこいいよ! ねぇねぇ詩織さん、本番までの準備期間、私たちTrinity Raidも二人のダンスフォーメーションや魅せ方の特訓、手伝っていいよね!?」
「えーっ! ねねも手伝う〜! 二人のユニットの初ステージとか、絶対一番近くで見たいもん!」
ねねが身を乗り出してはしゃぎ、ほむらも「……表現者としての身体のキレ、叩き込んであげられる」と頼もしく頷く。
「ちょっと待てよ!!」
その時、ずっと黙って赤面していた蓮が、アケコンを抱えて二人の前にどかどかと足音を立てて割り込んできた。
「蓮ちゃん……?」
「お前らなぁ! アタシが世界大会の準備で忙しくなるからって、勝手に盛り上がってんじゃねぇよ!」
蓮は顔を真っ赤にしたまま、荒々しく赤髪を掻き揚げ、すずとルナを鋭い眼光で睨みつけた。
「アタシを置き去りにして『最高のステージ』だぁ? ふざけんな! 本番までに、お前らがどれだけの覚悟を持ってステージに立てるか、アタシが直接叩き込んでやるよ!」
「え……蓮ちゃんも特訓に付き合ってくれるの!?」
「勘違いすんなバカみあ! アタシは生ぬるいパフォーマンス見せられたらヘドが出るから、厳しく監視してやるって言ってんだよ! 雑談配信が終わったんだから、さっさと反省会と今後の打ち合わせ始めるぞ!!」
「ツンデレだ……」「相変わらず素直じゃないね〜」と Trinity Raidの面々がニヤニヤと笑い合わせる中、蓮は「笑うな!!」と叫んでアケコンを振り上げた。
みあと飛鳥は顔を見合わせると、込み上げてくる愛おしさと高揚感に、今度こそ満面の笑みを破裂させた。
「うん……! よろしくね、蓮ちゃん!」
「……へっ、威勢だけは一人前だな」
スタジオがワチャワチャと騒がしくなる中、壁に寄りかかって缶コーヒーを飲み干した駆が、フッと呆れたような笑みを漏らした。そして手の中の空き缶を指先で弄ぶと、みあ、飛鳥、そして蓮の3人を順番に見回した。
「まあ、大舞台や世界大会に向けて色んな意味で盛り上がるのも、デカい夢を見るのも大いに結構だ。……だがな、お前ら」
駆のトーンが少しだけ低くなり、マネージャーとしての真剣な眼差しが3人を射抜いた。
「企画や案件、特訓に熱が入るあまり、普段の定期配信やお前らを日常的に追いかけてくれてるファンとの時間を疎かにするなよ。……特に蓮! てめぇは案件と格ゲーで舞い上がって普段の枠飛ばしそうだからな。デカいステージや大会の成功を支えるのは、間違いなく日々の泥臭い配信の積み重ねなんだからな」
「っ!? バカ駆! アタシがいつ配信すっぽかしたよ!! ちゃんとやってるだろ!!」
蓮が真っ赤になって噛み付くが、駆はニッと不敵に歯を見せて笑った。
「足元おろそかにして転びそうになったら、俺と弦で容赦なくケツ叩くからな。全員、覚悟しとけよ」
「……ふふ。本当に、頼もしいマネージャーさんたちですね」
詩織社長が楽しそうに目を細めると、弦も隣で「僕もスケジュール管理は厳しく行きますよ」と満足そうに眼鏡の位置を直した。
「言われなくても分かってます! 日々の配信も、ユニットの特訓も、全部全力でやります!」
「はい。日常配信と特訓スケジュールのバランス最適化なら、私の得意分野です」
みあと飛鳥の力強い返答に、蓮の「アタシだって負けねぇよ!」という怒号、Trinity Raidの歓声、そして詩織社長の満足気な笑みが重なり合う。
終わらない女子会の熱狂はそのまま、足元をしっかりと見据えた「Vスタメンバーそれぞれの普段の活動」、そして数ヶ月後の大舞台へ向けた新たな挑戦へと雪崩れ込んでいくのだった。




