第47話:女子会配信
バーチャルフィッティングのカメラチェックと動作テストが無事に終了した後、防音スタジオの緊張感は一気に緩んでいた。
「ふぅーっ! お疲れ様でしたーっ! 画面越しに服が変わるの、本当にすごかったね!」
画面の前での緊張から解放されたねねが、スタジオのソファにドサリと倒れ込み、足をバタバタとさせながら歓声を上げた。
「……ええ、トラッキングの遅延もゼロ。ルナちゃんのリアルタイム補正のおかげで、完璧なテストになったわ」
ほむらが少し肩の力を抜き、隣のすずに優しく微笑む。
「……あの、駆さん、弦さん。本番のイベント配信に向けて、男子スタッフさんたちは少し席を外してもらえたりしますか?」
すずが控えめに手を挙げると、駆は缶コーヒーを飲み干して「あぁ?」と首をかしげた。神代が眼鏡の位置を直し、察したように苦笑する。
「なるほど。これから女子メンバーだけで、当日の配信告知も兼ねた『準備号雑談配信』に切り替えるんだね? 了解したよ。裏方の機幹システムだけルナちゃんに預けて、僕と駆は外で待機しているよ」
「おう、何かトラブルがあったら即突入するからな。おい蓮、借りてきた猫みたいになってねぇで、たまには女らしく喋ってこい」
「だっ……誰が借りてきた猫だバカ駆! さっさと出てけ!」
駆と弦、そして壁際で静かに見守っていた葉月がスタジオを出ていき、ドアが重厚な音を立てて閉まった。
スタジオに残されたのは、Vスタの音無すず、あかぎ蓮、天月ルナの3人。そしてMinty Agencyの代表取締役社長である桜庭詩織と、提携プロチーム『Trinity Raid』の緋ノ宮レイ、蒼星ほむら、月城ねねの3人。
合計6人のVTuberと詩織社長だけの空間になった瞬間、スタジオ内の空気が一変した。
「〜〜〜〜っ!! やっと男子たちがいなくなったぁぁぁっ!!」
すずがテーブルの上に突っ伏し、そのまま顔を上げて「はぁ〜っ」と深い溜息をついた。
「もうっ! 駆さんたち、すぐ『格ゲーが』とかわけの分からない男臭いことばかり言うんだから! せっかくこんなに可愛い・カッコいいお洋服のコラボなんだよ!?」
「あはは! 分かるーっ! 駆さんって、脳みそまで筋肉でできてる感じするもんね!」
ねねがジュースのストローを咥えながら身を乗り出す。
「詩織さん、配信の準備できましたよ! タイトルは『【Vスタ×Trinity Raid】アパレルコラボ直前!女子6人+社長の秘密のまったり雑談会♡』で枠立てました!」
ルナが慣れた手つきでタブレットを操作し、配信スタートのボタンを押し込む。
画面上に雑談用の背景が立ち上がり、6人のミニキャラとチャット欄が一気に流れ始めた。
『きたあああああああ!』
『女子会配信助かる』
『蓮ちゃんが女子会に放り込まれてるwww』
『メンツが豪華すぎるんだが!?』
コメント欄が猛烈な勢いで流れていく中、レイがマイクに向かって爽やかに声を張った。
「みんな〜、やっほ〜! Trinity Raidリーダーのレイだよ! 今日はVスタのみんなと、アパレルコラボの告知も兼ねて、女子だけでまったり雑談していこうと思います!」
「蓮ちゃんだよ……。おい、コメント欄。『狂犬が女子会に紛れ込んでる』って書いた奴、後で裏へ来い」
蓮がアケコンの横で腕を組み、不機嫌そうに口を尖らせる。その姿に、すずとねねが同時に「可愛い〜っ!」と歓声をあげた。
「ちょっと蓮ちゃん! 配信中なんだから、もっと可愛く笑って!」
「無茶言うなすず! アタシはこういうキャラなんだよ!」
「ふふ、相変わらず蓮ちゃんは素直じゃないようね」
詩織が上品に紅茶を口に含みながら微笑むと、チャット欄は『詩織ママ!?』『社長までいるwww』と大盛り上がりを見せる。
配信が始まって30分。アパレルブランドの紹介や『バーチャルフィッティング』の凄さについての真面目なトークが一巡すると、場はすっかり和やかな女子会の空気に包まれていた。
「ねえねえ! せっかく男子もいないし、配信を見ているみんなも絶対気になってる『あの話』しちゃわない!?」
ねねが目を輝かせながら、テーブルの中央に身を乗り出した。
「あの話って……なに、ねねちゃん?」
すずが首をかしげると、ねねはニヤリと小悪魔のような笑みを浮かべて言い放った。
「決まってるじゃん! コイバナだよ、コイバナ!!」
『!?!?!?!?』
『コイバナきたああああああ!』
『Vのコイバナとか激アツすぎる』
『蓮ちゃんの好きなタイプ聞きたい!!』
チャット欄が一瞬で爆発的な速度で加速した。
「は、はぁぁぁぁぁッ!?」
一番激しく反応したのは、もちろん蓮だった。顔を耳まで真っ赤にして、アケコンをガタッと揺らす。
「な、何言ってんだねね! 配信でコイバナなんかしてどうすんだよ! リスナーが泡吹いて倒れるだろ!!」
「え〜? だってボクたちプロゲーマーだし、アイドルじゃなくて表現者だよ? それに、理想のタイプくらい語ったってバチ当たらないって〜! ね、ほむらちゃんもそう思うでしょ!?」
振られたほむらは、静かにコーヒーを一口飲むと、淡々とした口調で答えた。
「……私は、別に隠すことでもないと思う。……好きなタイプなら、はっきりしているし」
『えっ、ほむらちゃんマジ!?』
『クール系プロゲーマーのコイバナ!?』
「へ……? ほむら、お前好きなタイプとかあんのか……!?」
蓮が目を丸くすると、ほむらは少しだけ遠い目をして、静かに語り始めた。
「……私の隣に立つ人なら、一つだけ譲れない条件がある。……私がゲームに没頭して、3日間徹夜でランクマッチを回していても、黙って温かいスープを淹れて置いておいてくれる人。そして、私が勝ったときに、多くを語らずにただ一回だけ、優しく頭を撫でてくれる人……かな」
『……尊い』
『何それ全人類が惚れる』
『静かな愛だ……』
スタジオ内が一瞬、静まり返った。すずが両手を頬に当てて「きゃ〜〜〜っ! ほむらさん、それすっごくロマンチックです……!」と顔をほころばせる。
「う、うぐ……なんかリアルで生々しいんだよほむら……」
蓮が照れくさそうに視線を泳がせていると、ねねが今度はすずにターゲットを絞った。
「じゃあ次はすずちゃん! すずちゃんはどんな人がタイプなの!?」
「ええっ!? わ、私ですか……!?」
すずはパタパタと手を振って赤面したが、少し考えると、恥ずかしそうに視線を落としながらポツリと呟いた。
「私は……そうですね。自分が歌で行き詰まったり、自信をなくして泣きそうになっているときに、笑わないで最後まで私の話を聞いてくれる人がいいな。……それで、『すずの歌は最高だよ』って、一番近くで味方でいてくれる人……そういう人に、憧れます」
すずの素直で温かい言葉に、ルナが静かに眼鏡の位置を直し、柔らかく頷いた。
「すずちゃんらしいですね。……ちなみに私は、私の分析データや戦略に対して、感情論ではなく論理で対等に議論ができる知的な人が好みです。……もっとも、私より頭の回転が速い人は、そう滅多に巡り会えそうにありませんが」
「ルナちゃんは相変わらずブレないな〜!」とレイが爆笑する。
「よし! じゃあ最後は、我らが主役! 狂犬あかぎ蓮ちゃんの番だよーっ!」
ねねがニヤニヤしながら蓮を指さすと、チャット欄は全リスナーが固唾をのんで見守る状態になった。
『蓮ちゃんきたあああ』
『絶対ツンデレ発言くる』
『どんな人がタイプなんだ??』
「……チッ。しつこいな……」
蓮は腕を組んだまま、顔をプイッと背けた。だが、頬の赤さは隠しきれていない。
「アタシは……そんなの考えたこともねぇよ。甘っちょろい恋愛とか、アタシには向いてねぇし」
「えーっ! ごまかさないでよ蓮ちゃん! 理想でいいんだからさ!」
すずとねねに左右から詰め寄られ、蓮はぐぬぬと唸り声を上げた後、諦めたように溜息をついた。
「……ハァ。言えばいいんだろ、言えば!」
蓮はアケコンのレバーを強く握り締めると、意を決したように画面を睨みつけた。
「アタシより強い奴だ!!」
『知ってたwwwwww』
『格ゲーマーの模範解答www』
『ストリートファイターかよ!』
チャット欄が大爆笑で埋め尽くされる。だが、蓮の言葉はそれだけでは終わらなかった。
「……で、でもよ」
蓮の声が、急に小さくなった。伏せられた睫毛が、微かに震えている。
「……アタシがどれだけ意地張って、強がって、一人で突っ走ろうとしても……正面から殴り愛を受け止めてくれて……『お前は強くなれる』って、見捨てないで背中を押してくれる奴。……そういう奴になら……アタシの全部を預けてもいいって……思うかもしれない」
「………………っ!」
スタジオ内が、今度こそ静まり返った。
すずも、ねねも、レイも、ほむらも、ルナも。そして詩織社長までもが、目を丸くして蓮を見つめている。
それは、格ゲーに全てを捧げ、孤高に戦ってきた少女が、初めて配信上で口にした「信頼」と「情熱」の原初的な形だった。
『……今の蓮ちゃん、破壊力やばくない?』
『ギャップで死んだ』
『ツンデレの極み』
『それってつまり……師匠か駆さんのことじゃ……?』
『野野野野野野野野!!!』
コメント欄が一瞬でカオスな盛り上がりを見せる中、蓮は自分の口にした言葉の重さにようやく気づき、顔から火が出るほど真っ赤になった。
「あ、アタシは何を言ってんだぁぁぁぁッ!? 今のはナシ!! 全然ナシだバカ野郎ども!! 忘れろ!!」
「あはははっ! 蓮ちゃん最高〜っ! ギャップ萌えで撃ち抜かれちゃったよ〜!」
ねねが抱きついて爆笑し、すずも「蓮ちゃん……すっごく素敵でした……!」と感動の涙を浮かべる。
「ふふ、とっても情熱的で素敵な本音を聞かせてもらったわ」
詩織が満足そうに微笑み、配信の終わりに向けてまとめに入った。
「さあ、みんなの素敵な本音も聞けたところで、今回の『バーチャルフィッティング』コラボ配信の前哨戦はここまで! 本番のイベントでは、今日話したみんなの『世界観』がぎゅっと詰まった素晴らしいお衣装をお披露目しますわ。楽しみにしていてくださいね」
『絶対見る!!』
『最高のアパレルコラボになりそう』
『蓮ちゃんの服買います!』
熱狂的なコメントの嵐に見送られながら、雑談配信は無事に終了した。
配信の赤ランプが消えたスタジオ。
「ふぅ……生きた心地がしなかったぞ……」
テーブルに突っ伏して魂が抜けたようになっている蓮の横で、ルナが静かにタブレットの画面を示した。
「……蓮ちゃん。今の雑談配信の同接、最高で15万人を突破しました。そして何より……」
ルナの画面には、SNSのトレンド欄が映し出されていた。
1位:#あかぎ蓮の好きなタイプ
2位:#Mintyバーチャルフィッティング
3位:#Vスタ女子会コイバナ
「とんでもない反響ですね。今回のコラボブランドの予約サイト、アクセスが殺到してサーバーが一時的に重くなっているようです」
「う、嘘だろ……アタシの黒歴史がトレンド1位かよ……」
頭を抱える蓮を見て、すずはクスクスと嬉しそうに笑った。
(……蓮ちゃんは、どんどん遠くへ行っちゃうな)
世界大会へ挑むプロゲーマーとして、一人の魅力的な表現者として、圧倒的な存在感を放ち続ける蓮。
その背中を見つめながら、すずは胸の奥で、静かに、だが熱く拳を握りしめた。
(私も……負けていられない。蓮ちゃんが世界で戦うなら、私は私の『歌』で、みんなの心を震わせるような表現者になってみせる……!)
そして、そのすずの視線と胸の内にある決意を、ルナは静かに見抜いていた。
「……すずちゃん」
「え? なに、ルナちゃん?」
「いつまでも、蓮ちゃんの背中を見上げているだけの私たちじゃ……ダメですよね」
静かだが、今までで一番芯の通ったルナの声に、すずはパッと顔を上げた。ルナは手に持っていたタブレットをそっと閉じ、すずの目を真っ直ぐに見つめ返す。
「私はアナリストでも裏方でもありません。すずちゃんと約束した通り……私だって、すずちゃんと肩を並べてステージに立つ『ユニットの相棒』なんですから」
「ルナちゃん……っ!」
すずの顔がパッと華やいだ。分析やサポートに回りがちなルナが、自分と同じ熱量で「演者として並び立つ」という強い意志を示してくれたのだ。
「蓮ちゃんがプロとして世界を沸かせるなら……私たちは二人で、このVスタのステージから誰にも負けない光を放ちましょう」
「うん……っ! うん!! 二人で約束したもんね! 私たちのユニットで、バーチャル界全体をびっくりさせちゃおう!」
二人は顔を見合わせると、どちらからともなく力強く手を握り合った。
世界へと羽ばたく「狂犬」の圧倒的な背中を追いかけ、同じ表現者として共に表舞台を揺らすことを誓い合った二人——音無すずと天月ルナのユニット活動が、いよいよ本格的に始動しようとしていた。




