第46話:新たなるモデル
『EVO JAPAN』でのあかぎ蓮の完全優勝は、格闘ゲーム界にとどまらず、エンタメ業界全体に予想以上の大天地異変を巻き起こしていた。
「……おい駆、これマジで全部アタシ宛ての案件なのかよ?」
Vスタのミーティングルーム。テーブルの上にうずたかく積まれた資料の山を指さし、蓮が引きつった顔で叫んだ。
「当たり前だ。世界1位を殴り倒してオフライン本戦を全勝で制した『リアルとバーチャルを跨ぐ狂犬』だぞ。特にストリート系のアパレルブランドからのスポンサー打診が殺到してて、俺と弦で捌くのが追いつかねぇレベルだ」
缶コーヒーを口に含みながら駆がニッと不敵に笑う。隣でタブレットを操作していた神代弦が眼鏡の位置を直した直後、会議室のドアがすっと開いた。
「ふふ、みなさん、お話はまとまりそうかしら?」
上品な笑みを浮かべて入ってきたのは、Vスタのメインスポンサーである大手広告代理店『Minty Agency』の代表取締役社長・桜庭詩織だった。
「詩織さん……! お疲れ様です!」
「やあ、詩織社長。わざわざ出向いてくれるとはね」
弦と駆が深々と頭を下げる中、詩織はテーブルの資料に優しく目を落とすと、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「蓮ちゃんの偉業のおかげで、我が社Minty Agencyにも素晴らしい話が舞い込んできたわ。そこで今回は、予定していたMinty Agency主催で超大型のファッション&アパレルプロジェクトを立ち上げることに決定いたしました」
詩織が優雅な仕草で手元の端末を操作すると、部屋の大型モニターに鮮烈なグラフィックロゴと最新技術の概要が映し出された。
「Minty Agency自社初となるオリジナルアパレルブランドの展開、そして提携大手ストリートブランドとのコラボアイテム発表。これを、我が社の最新技術——『バーチャルフィッティング』を駆使した巨大配信イベントとして実施します!」
「ば、バーチャルフィッティング……?」
首をかしげる蓮の横で、天月ルナが即座にタブレットを叩き、目を輝かせた。
「視聴者が配信画面上で、アバターのモデルに着ている服をリアルタイムで着せ替えさせたり、視聴者自身のスマホカメラを通して自分の体型にコラボ服をバーチャル試着できる最新のARトラッキング技術ですね……! リアルとバーチャル、そしてEC購買を完全に直結させる次世代のシステムです!」
「正解よ、ルナちゃん。さすが飲み込みが早いわね」
詩織が嬉しそうに微笑み、言葉を続ける。
「このプロジェクトのメインモデルとして登壇してもらうのは——Vスタから音無すずちゃん、あかぎ蓮ちゃん、天月ルナちゃんの3人。そして我が社がスポンサーを務め、業務提携しているプロチーム『Trinity Raid』から緋ノ宮レイちゃん、蒼星ほむらちゃん、月城ねねちゃんの3人よ!」
「みんな〜! 今日はよろしくね〜っ!」
防音スタジオに、華やかな歓声とともにTrinity Raidの3人が入ってきた。
先頭で無邪気に手を振るねね。その後ろで静かに会釈するほむら、そして爽やかな笑みを浮かべたリーダーのレイだ。
「蓮ちゃん! EVO JAPANの優勝、本当にカッコよかったよ! 今日は一緒にモデル仕事、頑張ろうね!」
レイが親しみやすく手を差し出すと、蓮は照れくさそうに「お、応……よろしくな」と手を握り返した。
「ふふ、全員揃いましたわね。……それでは早速、バーチャルフィッティングの試運転テストを始めましょう!」
詩織社長の合図で、スタジオ内のセンサーと大型モニターが起動する。
画面の中には、3Dモデル姿のVスタ3人とTrinity Raidの3人が並んで映し出されていた。
「まずは蓮ちゃんのストリートコラボ用パーカーと、Mintyオリジナルの新作の着せ替えテストから行きます!」
ルナが手元の端末を操作した瞬間——画面の中の蓮の衣装が、一瞬でオーバーサイズの黒×赤パンクストリートパーカーと、ダメージデニムのミニスカートへ切り替わる。
『おぉ〜〜っ!! すごい、一瞬で服が変わったよ〜!』
ねねが画面を見て目を丸くしてはしゃぐ。ほむらも「……似合ってる。蓮の持つ尖った雰囲気と、ストリートの質感が完璧に噛み合ってる」と静かに絶賛した。
「な、なんだよこれ! 画面の向こうで勝手に着せ替えられるの、めちゃくちゃ落ち着かねぇんだけど!?」
蓮が頬を真っ赤にしてジタバタと暴れるが、ルナの指先は止まらない。
次に画面の操作で、スポーティなキャップとダボッとしたウインドブレイカーが装着される。
「きゃーっ! 蓮ちゃん、カッコいいです!! すっごくストリート感出てます!!」
すずが目をキラキラと輝かせながら、画面上の蓮のコーディネートを真剣に見つめる。
「服の見せ方……立ち姿一つで、アバターの持つ『物語』や『世界観』がこんなに変わるんだ……! 自分のライブ衣装のときも、こういう見せ方を意識したら……!」
すずの胸の中で、表現者としての新しい情熱がふつふつと芽生え始めていた。
一方、ルナはカメラのトラッキング精度と布地のレンダリング遅延をミリ単位で分析し、自作の補正プログラムをコードで打ち込んでいく。
「……トラッキングの追従性、よし。これならどれだけ蓮ちゃんが配信中に激しく動いても、服のグラフィックが崩れることはありません」
「ルナちゃんのサポート、本当に頼もしいな。データ処理の精度がプロのアナリスト以上だよ」
レイがルナの鮮やかな手腕を絶賛すると、ルナは「……当たり前の仕事をこなしているだけです」と少し誇らしげに眼鏡の位置を直した。
「ふふ、準備は万全のようね。……それなら今回のイベント前哨戦として、このバーチャルフィッティング姿で格ゲーの組手配信をお披露目してみましょうか」
詩織社長が優雅にニッコリと微笑むと、駆がニヤリと笑って横から口を挟んだ。
「おう、それがいい! スポンサーの服の『動きやすさ』と『耐久性』を証明するには、てめぇが暴れるのが一番手っ取り早いからな!」
「……は? バカじゃねぇのバカ駆!?」
蓮は心底呆れ果てた顔で駆を指さし、大声で突っ込んだ。
「アバターが着てるデジタルデータに『耐久性』もクソもあるかよ! どんだけ激しく動いたって破けるわけねぇだろ、布じゃねぇんだから!!」
「あはははっ! 蓮ちゃんの言う通りだよ〜! 駆さん、それ言ったらデータ壊れるくらい暴れるってこと〜?」
ねねが腹を抱えて大爆笑し、スタジオ全体がドッと温かい笑いに包まれる。
「……フッ、だが『どれだけ画面内で激しく暴れてもグラフィックが崩れない服』という、バーチャルならではの強度の証明にはなるな」
壁際で腕を組んでいたOUKAがフッと鼻で笑うと、蓮は「チッ……OUKAまで乗っかるなよ!」と荒々しく赤髪を掻き揚げた。
「いいぜ! 服の良さは分かんねぇが、アタシのプレイでこのアパレル企画、最高にバズらせてやるよ! かかってこい!!」




