第45話:反省と、冷めぬ熱
『EVO JAPAN』完全優勝から一夜明け、Minty Agencyの地下防音スタジオは、安っぽいクラッカーの破裂音と色とりどりの紙吹雪に包まれていた。
「蓮ちゃん、優勝ほんっとうにおめでとうございますーーーっ!!」
「おめでとう、蓮ちゃん。プロゲーマーあかぎ蓮の誕生だね」
みあと飛鳥が、手作りのくす玉を割りながら満面の笑みで拍手を送る。テーブルの上には、二人が買い込んできた高級寿司の桶と、蓮が大好きなエナジードリンク、そして氷がたっぷり入ったジュースのピッチャーが所狭しと並べられていた。
「へへッ……ありがとな、二人とも!」
蓮はトロフィーをテーブルの中央にドカッと置くと、照れくさそうに鼻の下を指で擦った。
「失礼するわね。……ふふ、主役の可愛いお顔が見たくて来ちゃった」
ドアが開き、上品な笑みを浮かべた詩織が入ってくる。さらに、その後ろからはVスタの業務提携パートナーであるプロチーム『Trinity Raid』の3人が顔を覗かせた。
「やっほ〜蓮ちゃん! 優勝おめでとーっ! 配信観てたけど、超かっこよかったよ〜!」
真っ先に元気に手を振りながら飛び込んできたのは月城ネネだ。
「……お疲れ様、蓮。ルーザーズからの全勝優勝、見事だったよ。……FPSとはジャンルが違うけど、世界1位を追い詰めるあの圧、プロとして刺激になった」
蒼星ほむらが静かに、だが確かなリスペクトを込めた眼差しで微笑む。
「あはは、ほんと凄かったよ! 提携先のプロとして鼻が高いな〜。蓮ちゃんの泥臭い立ち回り、同じプロとしてすっごく痺れちゃった!」
リーダーの緋ノ宮レイも爽やかに笑い、詩織が持参した高級タルトの隣に「みんなで食べようと思って!」とお祝いのスイーツを並べた。FPS世界王者である彼女たちからの温かい祝福に、スタジオ内はこれまでにない熱気と歓喜の渦に包まれていた。
「駆、配信の同接とSNSの反響、とんでもないことになってるよ。『VTuber初のオフライン格ゲー大会制覇』って、トレンド1位を独占中だ」
弦がタブレットの画面を示せば、駆が缶コーヒーを傾けながら満足そうに鼻で笑う。
「当たり前だ。俺が仕込んだ狂犬だぞ。……まあ、よくやったよ、蓮」
仲間たちの祝福が響く中、部屋の隅で腕を組み、壁に寄りかかっていたOUKAが、冷ややかな視線を蓮に向けた。
「祝勝会は結構だが、浮かれるのはそのへんにしておけ」
一瞬でスタジオの温度が2度下がった。すずとルナ、そしてTrinity Raidの3人までもが「ヒエッ……」と息を呑んで顔を見合わせる。
「んだよOUKA……少しは素直に褒めてくれたっていいだろ。アタシはルーザーズから全勝して、あのVULCANも引きずり下ろして、本戦も完完封して優勝したんだぞ!」
蓮が抗議するように身を乗り出すと、OUKAは静かに歩み寄り、テーブルのトロフィーを一瞥してから蓮の目を射抜くように見つめた。
「優勝という結果『だけ』を見ればな。……だが、内容はどうだ? 本戦の第2試合、相手の起き攻めに対する切り返しのタイミング。あんな浅い無敵技のぶっぱなし、相手がプロじゃなかったから通じたものの、トップランカーなら確定反撃で体力を半分持っていかれていたぞ」
「うぐっ……! あれは読めてたから通したんだよ!」
「読みに頼るなと言ったはずだ。理で詰めて確実な択を選べ。それに、VULCAN戦の第1セット・ラウンド2。確定反撃のコンボ選択をミスして、最大火力より200ダメージ低いルートを選んだな? あの一瞬の妥協が、命取りになるのが世界だ」
容赦ない指摘の嵐に、蓮はぐぬぬと顔を真っ赤にして口を尖らせる。
詩織はクスクスと嬉しそうに微笑み、レイたちも「コーチの反省会、ほんと容赦ないな〜……」と苦笑いで見守っている。
「……だが」
OUKAの口調が、ほんのわずかに柔らかくなった。
「本戦ステージでのコマンド入力精度。予選での滑り事故を完璧に修正し、1フレームの狂いもなく確定反撃を叩き込んだ集中力だけは……褒めてやる。あの日、手も足も出ずに泣いていた雑魚の面影は、もうどこにもなかった」
「……っ!」
「理を頭に叩き込み、最後に己の野性を乗せる。……お前は土壇場で、完璧にそれを実践してみせた。99点と言ったが……撤回してやる。昨日の戦いは、100点だ」
OUKAがふっと珍しく満足そうに口角を上げると、蓮の瞳が一気に潤んだ。
「……ハッ!! 当たり前だろ! 誰の弟子だと思ってんだよ、バカOUKA!!」
恥ずかしさを誤魔化すように叫ぶ蓮の背中を、すずとルナ、そしてネネとレイが「蓮ちゃん、本当におめでとう〜っ!」と抱きつき、ホムラも優しく微笑みながら拍手を送る。
その時、弦のスマートフォンがピコンと電子音を鳴らした。
「あ、蓮ちゃん。VULCANから個人メッセージが更新されたよ」
神代が画面を共有すると、そこには相変わらずの軽快な文章が躍っていた。
『改めまして、EVO JAPAN完全優勝おめでとう、蓮ちゃん! 君の泥臭いプレイスタイル、やっぱり最高に僕の好むところだよ。あ、そうそう。次の国際大会『GLOBAL REIGN SUPREMACY』の招待枠、僕と一緒に君の分も確定したからね!今度は言い訳無しの、世界の頂点のステージで会おう。また汗拭いて待っててね、僕のライバル♡』
「……あのアホチャラ男がぁぁぁッ!!」
ハートマーク付きの煽りメッセージに、蓮の額に青筋が浮かぶ。
「何が『僕のライバル♡』だ!! 次会ったら絶対に顔面をドロドロになるまで叩きのめしてやる!!」
アケコンを握り締め、爆発する蓮の姿を見て、スタジオ全体がドッと温かい爆笑に包まれた。
挫折を知り、泥を舐め、仲間と師と共に世界の頂点へと手を伸ばした狂犬。
あかぎ蓮の『プロゲーマー』としての物語は、いま新たな熱量を帯びて、さらなる世界への舞台へと続いていく。




