第44話:優勝
『EVO JAPAN』本戦トーナメント当日。
会場である大型イベントホールは、押し寄せた超満員の観客と立ち込める熱気、そして色鮮やかなライティングによって異様な熱狂に包まれていた。
本来、VTuberにとって『顔出し』や『現実の姿の露出』は、絶対に冒してはならない致命的なタブーだ。画面の向こうのアバターこそが彼女たちの「正体」であり、実体であるからだ。
しかし、オフライン本戦のステージにおいては、本人確認と機材の公平性を証明するため、プレイヤー本人が登壇してアケコンを握ることが絶対の参加条件だった。マネージャーの駆、そしてMinty Agencyの運営が協議を重ねた末に出した結論は——「あかぎ蓮」のパーソナルデザインを、現実の姿へ完璧に落とし込んで登壇させることだった。
「……ハァ、マジでこれで出んのかよ。落ち着かねぇ……」
選手控室の鏡の前で、蓮は自らの姿を映しながら気怠げに呟いた。
鏡に映っているのは、アバターの意匠を完璧に再現したリアルな少女の姿だ。
赤と黒のメッシュが鮮烈に入ったショートボブの髪。切れ長の鋭い目元には赤のアイラインが引かれ、耳元にはシルバーのイヤーカフが鈍い光を放っている。
衣装は、Minty Agencyの公式ロゴとスポンサーのワッペンが刺繍された特注のストリート系オーバーサイズパーカー。ショートパンツの裾から伸びる細い脚には、黒のアシンメトリーなニーハイソックスが合わされていた。そして両手首には、予選での死闘を物語るように、真っ白な指つけ用のハンドラップが固く巻きつけられている。
VTuberとしての「あかぎ蓮」のイメージを一切損なわず、かつリアルの人間として圧倒的な存在感を放つそのスタイルは、まさに『画面から飛び出してきた狂犬』そのものだった。
「完璧です……! 蓮ちゃん、すごいです、本物の蓮ちゃんです……!」
みあが目を輝かせながら、蓮のパーカーのシワを丁寧に伸ばす。
「うん、ビジュアルの整合性は完璧だよ。これならリスナーも『あかぎ蓮本人がステージに降臨した』って大歓喜するはず」
飛鳥もタブレットの配信画面と目の前の蓮を見比べながら、深く満足そうに頷いた。
「おい、狂犬。身バレがどうこうの次元はとうに過ぎてんだよ。てめぇが『あかぎ蓮』だってことを、そのアケコンと拳で証明してこい」
駆が缶コーヒーを掲げながらニッと笑い、背後で腕を組むOUKAも冷徹な瞳で言った。
「指の準備はいいな。……魅せてこい」
「ハッ……当たり前だろ!」
アケコンを抱え直し、蓮は意気揚々とメインステージの光の中へと踏み出した。
『観客の皆さん、お待たせいたしました!! 予選ルーザーズから世界1位のVULCANを倒し、見事本戦へと登壇! バーチャル界の狂犬、あかぎ蓮選手の入場です!!』
実況の叫びとともに、ステージの巨大LEDモニターに蓮の姿が映し出された。
会場全体を揺らすほどの爆発的な歓声が上がる。
「うおおおおお!! 本物だ!!」「めちゃくちゃ蓮ちゃんそのままだ!!」「かっこよすぎる!!」
公式配信のチャット欄も、一瞬で「実体化きたあああ」「再現度高すぎだろ」「狂犬かっこいいい」と大炎上を起こした。
だが、全観客が息をのんで注目する中、メインモニターに予選ウィナーズ通過者たちの最新トーナメント表が映し出された。
ピピッ、という電子音とともに、トーナメント表の一角に衝撃の赤文字が刻まれる。
【VULCAN:辞退(WITHDRAWN)】
『な、なんだとーっ!? 大会直前、予選ウィナーズ通過のVULCAN選手から辞退届が提出されました!! 理由は……「目的はすでに達成されたため」!?』
「は……? 辞退……!?」
壇上のプレイヤー席でアケコンをセットしていた蓮は、思わず立ち上がってモニターを睨みつけた。
「なめてんのか、あのクソチャラ男ぉッ……!! アタシと本戦で決着つけるんじゃなかったのかよ!!」
怒りで肩を震わせる蓮に、ステージ脇の弦がスマートフォンをかざしながら苦笑いを浮かべて合図を送った。
画面には、VULCANから蓮宛てに届いたダイレクトメッセージが表示されていた。
『僕を本気で倒してくれた君に、本戦のスポットライトを譲るよ。僕のライバルとして、圧倒的に優勝してきてね。次は世界大会の壇上で会おう』
「ハァッ!? 意味分かんねぇよ! 勝手に満足して逃げてんじゃねぇ!!」
蓮は荒々しく赤髪を掻き揚げると、アケコンの天板を激しく叩いた。
「あいつの思い通りになるのは腹立つが……いいぜ。出てくるプロ全員ぶっ潰して、文句なしのプロになってやるよ!!」
そこからの本戦ステージは、もはやあかぎ蓮という『怪物』の単独ライブだった。
実写の姿で壇上に鎮座し、真っ白なバンテージを巻いた指先でアケコンを獰猛に弾き狂う蓮。
VULCANとの激闘を経て【1フレームの理】と【野性】を完璧に融合させたそのプレイに、付け入る隙を持つプロゲーマーは誰一人としていなかった。
相手の二択をことごとくジャストガードで受け止め、1フレームの狂いもない最速・最大火力の確定反撃を叩き込んでいく。
『GAME SET!! WINNER:REN AKAGI!!』
『圧倒的! あまりにも圧倒的だぁぁぁッ!! あかぎ蓮、本戦トーナメントも1ゲームも落とすことなく全勝!! EVO JAPANオンライン本戦、優勝だぁぁぁぁッ!!!!』
銀テープが会場の天井から舞い散り、大観衆の地響きのような歓声が蓮を包み込んだ。
配信のチャット欄も、歴史的瞬間を目撃したリスナーたちの歓喜で完全に埋め尽くされていた。
『あかぎ蓮優勝キタァァァァァァ!!』
『リアル蓮ちゃん強すぎだろ、ぐうの音も出ない完全優勝!!』
『Vスタから本物のプロ格ゲーマーが誕生した瞬間だ……!』
『文句なしでプロおめでとう!!』
ステージの中央、眩いスポットライトを浴びながら、蓮は優勝トロフィーを高く突き上げた。
袖で見守るすずとルナがボロボロと泣きながら手を振り、OUKAと駆が満足そうに頷いている。
身バレのリスクを背負い、現実のステージへ降り立った少女は、いまや誰もが認める『本物のプロゲーマー』として、世界の頂点へと続く道を切り拓いた。




