第43話:『血と汗の対話』
『EVO JAPAN』オンライン予選、本戦グランドファイナル。
ルーザーズを全勝で駆け上がってきたあかぎ蓮と、ウィナーズを無敗で勝ち上がってきた世界1位の怪物、VULCAN。
ダブルイリミネーション方式のルール上、ルーザーズから勝ち上がった蓮が優勝するためには、相手に2セット先取を【2回】連取して勝ち越す「セットリセット」を達成しなければならない。圧倒的不利な条件。
画面の向こうで、VULCANがヘッドセット越しに楽しげな声を響かせる。
『あははっ! 本当に来ちゃったよ蓮ちゃん! 正直ルーザーズのプロたちに足すくわれるかと思ってヒヤヒヤしちゃった。僕に逢いたくてそんなに急いで登ってきたの?』
相変わらずの軽薄で余裕に満ちた声。
だが、その画面越しに伝わってくる殺気は、予選の時とは比べものにならないほど重く、鋭く研ぎ澄まされていた。
「……喋ってろ、チャラ男」
蓮は滑り止め粉で真っ白になった両手をギュッと握り締め、アケコンの天板を重厚に叩いた。
「てめぇのそのヘラヘラしたツラ、今からぐちゃぐちゃにすり潰してやるからよ」
『いいねぇ、その目! ゾクゾクするよ。……さあ、僕たちの【運命の対話】を始めようか!』
『GRAND FINAL —— GAME 1 —— FIGHT!』
試合開始の合図と同時に、画面越しに「音」が消えた。
互いの間合いを測る超高度な牽制戦。
前回の試合で蓮に見抜かれた『遅延グラップ』を捨て、VULCANは1フレームのスキもない微ダッシュからのヒット確認コンボで蓮の体力をじわじわと削りにかかる。
「くっ……相変わらず固ぇ……! だがなぁっ!!」
蓮は前回の「滑り」の恐怖を完全に払拭していた。
粉で白くなった指先は、1フレームの狂いもなくレバーとボタンを叩きつける。
VULCANの繰り出す怒涛の崩しを全ガードし、完璧な確定反撃をねじ込んでいく。
『すごすぎるーっ!! あかぎ蓮、VULCANの猛攻をことごとくジャストガード!! まったく引かない! 完全に互角の殴り合いだーっ!!』
実況の絶叫とともに、配信のチャット欄は『これマジでリセットあるぞ!?』『あかぎ蓮バケモノすぎる』『VULCANの顔から笑顔が消えてて草』と興奮の渦に包まれた。
第1セット。
ギリギリの死闘の末、激しい読み合いを制したのは蓮だった。
『GAME 1 —— WINNER:REN AKAGI!』
『な、なんとーっ!? あかぎ蓮がセットリセットを達成!! これで条件は五分!! 勝った方がEVO JAPAN本戦への切符を手にする、最終決戦へ突入します!!』
「ハぁっ……ハぁっ……ハぁっ……!!」
アケコンの上で荒い息を吐く蓮。
防音スタジオのガラスドアが勢いよく開き、すずとルナが飛び込んできた。
「蓮ちゃん、お冷やです!!」
「蓮ちゃん、指! 冷やしますね!!」
すずが冷えたストロー付きのボトルを口元へ運び、ルナが手際よく氷パックで蓮の加熱した指先を冷やす。二人の手は震えていたが、その瞳には蓮への絶対の信頼が宿っていた。
「蓮ちゃん……すごいです! あと1セット……あと1セットで勝てます……!」
「……あぁ。すず、ルナ……助かる」
二人の献身的なサポートに短く答え、蓮は背後の男へ視線を向けた。
「OUKA。文句ねぇだろ」
腕を組んで冷徹に画面を見つめていたOUKAが、ふっと口角を上げた。
「……99点だ。あと1点、奴の首を獲って100点にしろ」
「ハッ……言われなくてもなぁっ!!」
そして迎えた、最終第2セット・最終第3ラウンド。
お互いの体力ゲージは、削りダメージ一発で吹き飛ぶ「ミリ残し」。
画面の向こう、VULCANの顔からチャラついた余裕は完全に消え去っていた。汗だくになり、獰猛な鬼のような形相でモニターを睨みつけている。
『まさか……僕がここまで追い詰められるなんてね……っ! 最高だよあかぎ蓮!! 君は本物の……本物の怪物だ!!』
「うるせぇ……ぶっ飛べぇぇぇッ!!」
VULCANが仕掛けた、あの日のトラウマ——下段からのガード不能技の予備動作。
(来る……! あの日、アタシが滑って負けた技……!)
(だが……今の指は滑らねぇ!! 理も、野性も、みんなの想いも……全部この一撃に込めるッ!!)
相手の技が発動する『1フレーム前』。
蓮は完璧な最速入力で、究極の逆転必殺技のコマンドを叩き込んだ。
真っ白な粉が舞う。
滑ることのない親指が、アケコンのレバーを完璧な軌道で弾き切った。
「喰らい……尽くせぇぇぇぇぇッ!!!!」
画面全体を揺らす、最大火力の爆発音。
VULCANのキャラクターが宙へ舞い上がり、KOの文字が画面いっぱいに躍り出た。
『勝者——あかぎ蓮!! GAME SET!! 本戦進出決定ぇぇぇぇぇッ!!!!』
『チャット欄』が完全に崩壊する。
『うおおおおおおおおお!!』『勝ったあああ!』『マジでVULCAN倒した!!』『あかぎ蓮伝説だろこれ!!』
「……やった……勝った……勝ったぞぉぉぉぉッ!!」
アケコンを両手で叩きつけ、蓮は突き上げた拳とともに叫んだ。
すずとルナが泣きながら蓮に飛びつき、スタジオ全体が大歓声に包まれる。
画面の向こう、敗北したVULCANは、しばらく呆然と画面を見つめた後、深く背もたれに体を預けてハハハと晴れやかに笑った。
『……参ったな。完全に……僕の負けだ』
ボイスチャット越しに、VULCANの心からの言葉が響く。
『あはは、最高の試合だったよ、蓮ちゃん。運命の人なんて軽々しく言ってごめんね。……君は僕の、最高の【ライバル】だ。本戦のステージで……また会おう』
VULCANの脱帽の言葉に、配信の視聴者全員が感動に震えた。
「ハッ……当たり前だろ」
涙と汗でぐしゃぐしゃの顔で、蓮はモニターに向かって不敵に笑い飛ばした。
「本戦でも……何度でも噛み殺してやるよ、クソチャラ男!!」
狂犬は世界の頂点を叩きのめし、圧倒的な歓声とともに、さらなる高みである『EVO JAPAN本戦』の舞台へと足を踏み出す。




