第42話:迫り来る足音
『EVO JAPAN』オンライン予選、ルーザーズトーナメント。
一度の敗北も許されない絶体絶命のトーナメント表を、一頭の猛獣が凄まじい速度で駆け上がっていた。
「死ねぇぇッ!!」
画面端に叩きつけられた古参プロゲーマーのキャラクターが、絶望的な爆発音とともに崩れ落ちる。
『GAME SET!! WINNER:REN AKAGI!!』
『強ぃぃぃーっ!! あかぎ蓮、ルーザーズ4回戦も圧巻の2-0ストレート勝ち!! 凄まじい精度! 鬼気迫る立ち回りです!!』
配信画面の『チャット欄』は、もはや恐怖すら混じった熱狂の渦に包まれていた。
『あかぎ蓮まじで止まらんのだが???』
『VULCAN追撃するためだけにプロ全員血祭りに上げてて草』
『指の滑り止め塗ってからのコマンド精度100%で草生える』
『マジで本戦(トップ8)まで這い上がってくるぞこれ……!』
同刻。都内にあるプロチームのゲーミングハウス。
ウィナーズを圧倒的な強さで抜け、余裕の表情で本戦出場を決めていたVULCANは、自室の大型モニターの前で飲み物を手に固まっていた。
モニターに映し出されているのは、公式配信のルーザーズ枠。
画面の向こうで、自分以外のプロゲーマーたちが次々と「狂犬」の餌食になり、絶望の表情で頭を抱えている。
「あはっ……あははははッ!!」
ヴァルカンは背もたれに深く体重をかけると、腹を抱えて爆笑した。
「最高……最高だよ蓮ちゃん!! ホントに来てるじゃん! 僕を殺すためだけに、ルーザーズのプロたちを全員なぎ倒してさぁ!!」
その時、自室のドアがノックもなしに開いた。
入ってきたのは、ヴァルカンと同じプロチームに所属するベテラン格ゲーマー、ZEROだった。
「ヴァルカン、お前……ずいぶんと楽しそうだな。配信のインタビューで余計なこと言って、コミュニティがだいぶ荒れてるぞ」
「あ、ZEROさん。見てました? 僕の『運命の人』の試合」
ヴァルカンは画面を指さしながら、無邪気な笑みを向ける。しかし、その瞳には格ゲーマー特有の獰猛な輝きが宿っていた。
「……冗談だろ? お前、本当にあのVTuberの女に本気になってんのか? プレッシャーで自滅してルーザーズに落ちたような奴だぞ」
「自滅? ふふ、ZEROさんは何も分かってないなぁ」
ヴァルカンは椅子の向きを変え、肘を膝についてZEROを冷ややかに見上げた。
「あの土壇場でね、彼女は僕のガード不能技に対して『完全なフレームの裏』を突いて突っ込んできたんですよ。理屈を全部叩き込んだ上で、最後は自分の野生の感性で僕を噛み殺しに来た。……あの瞬間、僕の背筋、本気で凍りついたんですから」
「……なに?」
「最後のコマンドミスは、単に汗で指が滑っただけ。……もしあれが滑ってなかったら、今頃ルーザーズに落とされてたのは僕の方ですよ」
ヴァルカンはモニターに映るあかぎ蓮のキャラクターを見つめ、うっとりと息を漏らした。
「あんなに綺麗な殺意、久しぶりに見ました。あーあ、早く本戦でまた殴り合いたいなぁ……。今度は滑らないように、ちゃんとお手々拭いてきてね、蓮ちゃん」
一方、Minty Agencyの地下防音スタジオ。
「ふぅー……ふぅー……ッ!」
ルーザーズの激闘を制した蓮は、荒い肩息を吐きながらアケコンから手を離した。
その両手には、神代弦が用意した特殊な滑り止め粉が真っ白に付着している。
「蓮ちゃん、お水! 水分補給してください!」
みあが飛んできて、ストローを挿したペットボトルを蓮の口元へ差し出す。
「……ん、サンキュ、みあ」
ゴクゴクと勢いよく水を飲み干すと、すずは手早くアイスパックを取り出し、蓮の赤く熱を持った指先と手首を優しく冷やし始めた。
「すごいです、蓮ちゃん……! ルーザーズに入ってから、1ゲームも落としてません……!」
「当たり前だろ。あんなチャラ男にヘラヘラ愚弄されて黙ってられるかよ」
「蓮ちゃん、次の相手のデータです!」
飛鳥がタブレットを抱えて駆け寄ってくる。画面には、次のルーザーズ最終戦の対戦相手のフレームデータと過去の癖がびっしりとメモされていた。
「相手は国内トップの対空精度を持つプロです。ただし、体力が3割以下になると焦って無敵技をパナす傾向があります。起死回生の二択には気をつけてください!」
「助かるわ、ルナ。完璧な分析じゃねぇの」
二人の完璧なサポートを受けながら、蓮の瞳に宿る殺意は研ぎ澄まされていく。
背後で腕を組んでいたOUKAが、静かに口を開いた。
「指の滑りはもう言い訳にならない。フレームの理解も、試合中の修正能力も合格点だ。……だが、次を勝たなければ本戦のステージで奴のツラを拝むことすらできんぞ」
「言われなくても分かってんだよ」
蓮は冷やされた自分の指先をギュッと握り締め、力強く立ち上がった。
みあと飛鳥が「頑張ってください……!」と胸の前で拳を握りしめる。
駆が缶コーヒーを掲げながら、ニッと不敵に笑った。
「行って来い、狂犬。世界の1位が、 首を長くして待ってるぜ」
「ハッ……! 待たせるつもりなんて最初からねぇよ!!」
画面に表示された『ルーザーズ・ファイナル』の文字。
本戦の舞台、そしてVULCANの待つ地獄の再戦へ向け、あかぎ蓮の怒号がスタジオに響き渡る。




