第39話:0.016秒の理
『ROUND 1 —— FIGHT!』
画面中央に鮮烈なフォントが弾けた瞬間、対戦相手のGOUKIは画面越しに口角を歪めていた。
「へっ、VTuberの女がプロの真似事かよ。どうせ初手は怖がって距離を取るか、逆にパニックになって大技をぶっぱなしてくるのが関の山だ。まずは下段の足払いで突っついて、画面端へとハメ殺してやる」
GOUKIの使うキャラクターが素早いステップで間合いを詰める。
格ゲー界で人間性能の塊と称されるGOUKIの強みは、相手に思考の猶予を与えない怒涛の二択攻撃。下段の足払いと、中段の飛び込み判定を持つ牽制技を、目視不可能な速度で織り交ぜる鬼のハメ技だ。
「まずは足払いでガードを揺さぶる——っ!」
シュッ、と風を切り、足元へと伸びる一撃。
しかし、重厚なガード効果音が、スタジオのスピーカーを揺らした。
蓮のキャラクターは、まるで最初からそこに攻撃が来ると分かっていたかのように、1フレームの狂いもなく低姿勢の屈みガードを固めていた。
「なに……!? ガードされた……!? チッ、たまたま下段に張ってただけだろ! なら次は——中段の崩しだ!!」
GOUKIは間髪入れず、ステップから中段の突き技を繰り出した。
しゃがみガードを固めている相手には絶対に防げない、ガード崩しの定石。
だが、ザベルの突きは、突如立ち上がった蓮のキャラクターの盾に虚しく弾かれた。
「なッ……下段から中段への切り替えを……目視でガードしただと!?」
GOUKIの額から、じっとりと冷や汗が吹き出す。
下段から中段へのガードの切り替え。その猶予はわずか14フレーム。
人間の反射神経の限界を超えるそのガード速度は、偶然などではない。
「……焦ってんなぁ、ドブネズミが」
アケコンを握り締める蓮の瞳は、極限まで冴え渡っていた。
荒い吐息を殺し、モニターに映る相手キャラクターの肩のピクつきと足元の踏み込みだけに意識を研ぎ澄ませる。
「OUKAの野郎に何百回殺されたと思ってんだよ……! 相手の指が動く前の予備動作を見ろって言われたろ!」
蓮の脳裏に、Minty AgencyのスタジオでOUKAから叩き込まれた膨大なデータが駆け巡る。
「GOUKIの癖だ。あいつは下段が防がれると、80%の確率で0.1秒以内に中段の崩しを入れてくる。モーションの予備動作で腰が浮く。そこだけを見ろ」
「全部……OUKAの言った通りじゃねぇか……!」
重厚なガード音を鳴らし続ける蓮。
画面越しに伝わる圧倒的な絶望感に、GOUKIの思考が完全にフリーズした。
「クソッ……ガードが固すぎる……! なんだこの女、人間か……!? 崩せない……なら、一旦離れて——」
猛攻が途切れ、GOUKIが仕切り直そうと後方ステップを踏んだ——まさにその瞬間。
「——見破ったぜ、ザコがぁっ!!」
蓮の細い指先が、アケコンのレバーとボタンを獰猛に弾いた。
「遅ぇんだよッ!!」
確定反撃の最速入力。
16フレームの隙間を寸分の狂いもなく突いた、最大火力のハイパーコンボが炸裂する。
相手の体が宙へと浮き上がり、目にも留まらぬ連続攻撃が叩き込まれていく。
『な、なんだ今の確定反撃はぁぁぁーっ!? 16フレームの僅かな隙に最速で最大コンボを叩き込んだぁぁッ!!』
実況の絶叫が配信に乗る。
公式配信のチャット欄は、凄まじい速度で『確定反撃エグすぎ』『あかぎ蓮バケモノかよw』と手のひらを返した絶賛の嵐で埋め尽くされていく。
画面の向こうでGOUKIの手が、恐怖で震えていた。
「嘘だろ……なんだこの精度……! 配信者の女がやっていいコマンド入力じゃねぇぞ……! まるで……あの伝説のHAZUKIと戦ってるみたいだ……!!」
そのまま流れを渡さず2ラウンド目も完封し、BO3の第1ゲームを余裕で奪い取った。
『GAME 1 —— WINNER:REN AKAGI!(セットカウント 1 - 0)』
第2ゲームも勢いのままにGOUKIを圧倒し、わずか数分でBO3のストレート勝利を決めた。
「ハッ、見たかオラぁ! BO3で2ゲームストレート! 1フレームも狂わずに叩き潰してやったぞ! 文句ねぇだろOUKA!!」
アケコンを叩きつけるように置いて、蓮は背後のOUKAへドヤ顔で言い放った。
「……最後から2番目のコンボパーツ、レバー入力が1フレーム浅かった。相手のキャラクターが小さかったから繋がったが、大型キャラ相手ならすっぽ抜けて反撃を受けていたぞ」
腕を組んだまま冷徹に告げるOUKAに、蓮はガタッと椅子を鳴らして身を乗り出す。
「あぁん!? 勝ったんだからいいだろ! 完璧に叩き潰したろうが!!」
「精度が99点だって話だ。俺は100点以外認めないと言ったはずだ」
「てめぇ……! 次のBO3で200点出してギャフンと言わせてやっからな!!」
バチバチと火花を散らす二人を、防音ガラスの向こう側ですずとルナが目を輝かせながら見守っていた。
「すごいです、みあちゃん……! 蓮さん、本当にかっこいい……!」
「はいっ! 蓮さん、本当にすごいです……!」
控え室のドアの陰で缶コーヒーを飲んでいた駆は、満足そうに不敵な笑みを浮かべる。
「……解き放たれたな、狂犬」
だが、その直後——。
ピピッ、と機材の電子音が鳴り響き、PCモニターの端に一通の【緊急割り込みメッセージ】がポップアップ表示された。
画面の向こう、オンライン予選トーナメントの対戦表データがリアルタイムで書き換わっていく。
本来、Bブロックの逆側から勝ち上がってくるはずだった予選最本命のプロゲーマーが——信じがたい「BO3ストレート負け」で姿を消していた。
「な……んだと……!?」
モニターの数字を見つめていた弦が、珍しく狼狽した声を上げる。
「駆……大変だ。Bブロックのトーナメント表が狂っている。シード選手を惨殺して蓮ちゃんの次の対戦相手に躍り出てきたのは……」
「……誰だ?」
駆が視線を鋭くする。
弦が震える指先で画面を拡大すると、そこには国内予選の枠を荒らすために極秘で参戦していた、世界ランク1位の【ある海外モンスター】のIDが刻まれていた。
「……ハッ」
背後で画面を見つめていたOUKAの表情から、一瞬で余裕が消え去る。
「おい蓮、浮かれるのはここまでだ。……次の相手は、俺が現役時代に一度だけ敗北した男だ」
「……あぁん?」
勝利の余韻に浸っていた蓮が、ゆっくりとモニターへ目を向ける。
狂犬の初陣——本当の「地獄」は、ここから始まろうとしていた。




