第34話:最強のバック
東京・港区の一等地。超高層ビルの最上階にオフィスを構える大手広告代理店『Minty Agency』。
洗練されたガラス張りの社長室で、重厚な一枚板のデスクを挟み、駆と桜庭 詩織が向き合っていた。
詩織は『Minty Agency』の社長であり、かつて格ゲーとFPS双方で頂点に君臨した伝説の二冠王者——現『Trinity Raid』専属コーチ・桜庭葉月の姉だ。そして何より、駆のLive:CLOWN時代からの旧知の仲であり、互いの腕とロジックを誰よりも高く評価し合うビジネスパートナーでもあった。
「……ちょうど今頃ね、駆」
詩織は手元の時計にチラリと視線を落とし、フッと口元を緩めた。
「うちの弟——葉月が、あなたのところのあかぎ蓮と拳を交えているはずよ。格ゲーとFPS、二つの頂点を極めて『Trinity Raid』の専属コーチに収まったあの子が、自ら誰かに手ほどきをするなんて初めてのこと。相変わらず、人を巻き込む手腕は見事ね」
「巻き込んだんじゃないさ。あいつらの熱量が引き寄せ合った結果だ」
駆はソファに深く腰掛け、不敵な笑みを浮かべたままミントガムの紙を剥がす。
「本題に入ろう、詩織。俺がここに来た理由は二つ。プロチーム『Trinity Raid』との業務提携、そして御社『Minty Agency』からのメインスポンサー契約の獲得だ」
「相変わらず不敵で図々しいこと」
詩織はクスクスと笑いながら、デスクの上に二枚の資料を並べた。
「元・二冠王者が専属コーチを務める最強チーム『Trinity Raid』との提携、そしてうちからの資金注入……。Vスタのような立ち上げたばかりの個人事務所にとっては、願ってもない飛躍のチャンスでしょう。……で? 私を納得させる『本命の企画』は当然用意してあるんでしょうね?」
「当たり前だ。手ぶらでお前の前に立つわけがないだろ」
駆はニヤリと笑うと、神代弦とともに組み上げた詳細な事業計画書と3Dモデルの仕様書をデスクへ滑らせた。そこには、単なる配信やスポンサー枠の提供にとどまらない、広告代理店『Minty Agency』の強みを最大化する3つの柱が記されていた。
「まず一つ目。HAZUKIが、Vスタのあかぎ蓮をコーチングし、プロとVTuberの両立に挑む『物語』の独占プロモーション権だ。ルナの移籍で爆発したVスタのファン層と、Trinity Raidが抱えるeスポーツ層……この2つを立体的に交差させる」
「それだけでも魅力的だけど……駆、あなたならこれだけで終わらせないわよね?」
詩織が身を乗り出す。駆は不敵な笑みを深め、2枚目の資料を指で叩いた。
「二つ目だ。Minty Agencyが手掛けるアパレル・クライアントブランドとの新技術コラボだ。弦の構築した高精度アバター技術を使い、天月ルナと音無すずのアバターに、実在する服のリアルタイムバーチャルフィッティングを行わせる」
「……バーチャルフィッティング?」
「そうだ。服を実際に製造・縫製する前に、デジタル上でルナやすずに完璧に着こなさせ、ファンへイメージデザインとして提示する。受注生産型のアパレル販売モデルだ。ブランド側は在庫リスクをゼロに抑え、ファンは推しと同じデザインの服をリアルで手に入れられる。Minty Agencyのアパレルマーケティング領域に、革命を起こす数字だ」
詩織の瞳に、鋭いビジネスパーソンとしての光が宿る。
「……面白いわ。型紙データからアバターへの自動フィッティング技術……うちのアパレルクライアントが喉から手が出るほど欲しがるソリューションだわ。在庫リスクなしでファン爆買いの導線が作れる」
「そして……ここだけの話だが、三つ目だ」
駆は声を少し落とし、詩織だけに聞こえるトーンで告げた。
「音無すずの絶対的な歌唱力、そして天月ルナの圧倒的なカリスマ性。この二人を組ませて『最強のユニット』を準備している」
詩織の目が見開かれる。
「……音無すずと、天月ルナのユニット!? 本気なの、駆……? それが実現すれば、VTuber界……ういえ、音楽エンタメ業界全体のパワーバランスがひっくり返るわよ」
「だからお前に話してるんだよ、詩織。この最強ユニットのファーストライブ、そして大型タイアップのプロモーション……すべてMinty Agencyに独占で預けてやる」
データと構想に目を通し終えた詩織は、数秒の計算の後、心底満足そうに溜め息をついた。
「……完璧ね。相変わらず恐ろしい計算速度だわ、駆。葉月をダシに使われていることすら、感謝したくなるくらいにね」
詩織は迷うことなく高級万年筆を取り出すと、提携契約書へ淀みなくサインを走らせた。
「いいでしょう。『Trinity Raid』との全面的業務提携、ならびに『Minty Agency』からのメインスポンサー契約、今この場で締結します」
「交渉成立だな」
「ええ。あかぎ蓮の遠征費や渡航費、Vスタの専用スタジオ設立費用……かかるインフラ投資はすべてうちが持つわ。その代わり、世界大会のパブリックビューイング権、アパレルコラボ、そして……すずとルナのユニット展開は、最優先で我が社に仕切らせてもらうから」
「願ったり叶ったりだ。あいつらの背中を押す環境さえ整えば、あとは勝手に世界を獲ってくる」
書類を回収し、駆が立ち上がる。詩織も椅子から立ち上がり、右手を差し出した。
「頼んだわよ、駆。昔みたいに、私に最高の『数字』と『ドラマ』を見せてちょうだい」
「任せとけ。期待以上の狂乱を見せてやるよ」
二人が力強い握手を交わしたその頃——Trinity Raidのトレーニングルームでは、葉月から連絡先を渡されたあかぎ蓮が、悔しさと歓喜の混ざった不敵な笑みを浮かべていた。




