第33話:芽生えし閃光
「——レディ、ファイッ!」
トレーニングルームの大型モニターに、対戦開始のシステムボイスが響き渡る。
アケコンを抱え込み、前傾姿勢でモニターを睨みつけるあかぎ蓮。
対する葉月は、肘をデスクについたまま、だるそうに片手でレバーを握り、淡々とボタンを叩いていた。
「行くぞッ……!!」
蓮の指先が高速で弾ける。得意の近接ラッシュ。世界王者との戦いでも見せた、野生の直感とセンスによる怒涛の踏み込み——!
だが。
「……なっ!?」
蓮の放つ攻撃が、すべて完璧なタイミングでガードされる。ガードの硬さだけではない。蓮が技を繰り出した瞬間の「わずかな隙」に、葉月の最小限の牽制技が寸分違わず突き刺さる。
「……やっぱり、容赦ないなぁ……」
後ろで見守っていた湊が、苦笑いを浮かべながら腕を組んだ。
「蓮ちゃんは直感と反応速度が飛び抜けてる。だから感覚で間合いを詰めて勢いで押し切ろうとしてるんだけど……コーチにはそれが一切通用しないんだよね」
「ええ。通用するはずがないわ」
隣で志乃が、冷静にメガネのブリッジを押し上げながらモニターを注視する。
「格ゲーにおけるコーチ……つまり『HAZUKI』の恐ろしさは、絶対的な『フレーム管理』と『人間性能の読み』にあって。蓮さんの技の発生速度、キャンセル攻撃時の僅かな硬直時間、さらにはボタンを押す指の予備動作まで……すべてデータとして頭の中で処理されているの。コーチからすれば、蓮さんの立ち回りは『次に何を出すか画面に答えが書いてある』状態と同じね」
「うわ~、相変わらずの変態ロジックだね~」
陽葵がポテチをボリボリとかじりながら、ジュースをズズッと啜る。
「ねねたちFPSの時もそうだったじゃん? 『相手がここを覗く確率は87%だから置いとくね』とか言って、見てもないのにヘッドショット決めるの。あれと同じこと格ゲーでやってるんだよ。マジで画面見てない時あるもん」
「画面を見てない……!?」
みあが目を見張る。
「正確には『画面を見る必要がない』領域にいる」
志乃が淡々と付け加える。
「音と、相手の操作音、そしてフレームの限界値だけで状況を完璧に把握している。これが、かつて格ゲー界で『神童』と呼ばれた男の理屈です」
かすりもしない。蓮がいくら間合いを変え、フェイントを混ぜようとも、葉月のキャラクターは一切の無駄なく蓮の選択肢を潰し、正確無比な確定反撃を叩き込んでいく。
「1ラウンド終了。……パーフェクト負け」
大型モニターに躍る「PERFECT」の文字。
「ハッ、口ほどにもねぇな」
葉月は溜め息をつき、冷ややかな視線を蓮へ向けた。
「これが『プロ』の『世界』での戦いだ。感覚と野生のカンだけで勝てるのは、せいぜいアマチュアの大会まで。お前のプレイには何の『根拠』もない。……これでプロと配信者を『両方獲る』だ? 片方すら届いてねぇよ、甘ちゃん」
「つ……ッ!!!!」
台を拳で叩きつける蓮。屈辱で、全身が激しく震える。
(くそっ……! くそっ……!! なんだよあの硬さは……! なんだよあの読みは……! 全然触れねぇ……手も足も出ねぇ……!!)
「ラウンド2、ファイッ」
冷酷に始まる第2ラウンド。
葉月はもう興味を失ったかのように、欠伸を噛み殺しながらレバーを操作する。前半と同じように、蓮の攻撃を完璧にいなし、蓮のゲージを削り取っていく。
蓮の体力ゲージは、すでに残り数ミリ。あと一撃触れられれば、またしてもパーフェクトで終わる極限状態。
「終わりだ」
葉月がトドメの一撃を放つべく、最短最速のフレームで技を繰り出した、その瞬間——。
(……あ)
蓮の視界から、すべての雑音が消えた。
周りで見守るすずたちの息遣いも、PCのファンが回る音も、部屋の明かりすらも遠のく。
世界が、果てしなく遅いスローモーションへと変貌する。
(——見えた)
葉月の指先が動くコンマ数秒前。技の出始めに存在する、ほんのわずかな「間隙」。
直感で動くのをやめ、極限まで頭を回転させ、考え、考え、考え抜いた先——蓮の意識が覚醒の領域【ゾーン】へと引きずり込まれた。
思考よりも早く、蓮の体が勝手に動いた。
「……っ!?」
鈍い打撃音が、静まり返った部屋に高く響き渡る。
モニターの中で、葉月のキャラクターが一瞬だけ大きく体勢を崩した。
蓮の放った起死回生の一撃——カウンターヒット。
「あ……」
ポテチを口に運んでいた陽葵の手が、ピタリと止まる。
「……え!?」
湊が目を見張り、志乃の瞳孔が驚愕で大きく開いた。
「通った……!? あの葉月さんの絶対不可侵の差し込みに……いま、カウンターで1HIT入れた……!?」
だが——ゾーンの感覚は、ほんの一瞬で途切れた。
覚醒の波に乗りきれず、追撃のコマンド入力がわずかに遅れる。その一瞬の隙を見逃す葉月ではない。葉月はすぐさま体勢を立て直し、冷徹なコンボを叩き込んで蓮の体力を削りきった。
「K.O.! 勝者、HAZUKI!」
画面に踊る敗北の文字。
「……くっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
蓮はアケコンの天板を思い切り叩きつけ、髪をかきむしりながら絶叫した。
「一発……! たった一発入っただけかよクソがッ!! なんで繋げられねぇんだよアタシの馬鹿手……!! 今……絶対行けたろ……! なんでゾーンが途切れんだよッ……!!」
悔しさと不甲斐なさで、涙がボロボロと溢れ落ちる。一発触れられたことへの喜びなど微塵もない。あと一歩で届きそうだった覚醒の感覚を掴みきれなかった自分自身への、猛烈な怒りと悔しさが蓮の胸を焼き尽くしていた。
台に額をこすりつけ、血が出るほど唇を噛みしめて悔しがる蓮。
アケコンを片付けた葉月が、無言のまま蓮の前まで歩いてきた。
そして、無造作に自分のスマホを取り出すと、画面に表示させた連絡先を黙って蓮の目の前に突きつけた。
「……え?」
涙で濡れた顔を上げ、呆然とする蓮。
言葉を失うすずたちを余所に、葉月はどこか面倒そうに後頭部をかきながら、淡々と説明を始めた。
「……勘違いするな。お前の技術やメンタル面に関しては、ぶっちゃけ何の文句もねぇ。世界相手でも十分通用するレベルだ」
「……は!?」
「お前に足りねぇのは『駆け引き』だ。お前は自分の直感と反応速度だけに頼りすぎて、相手の思考を読むロジック……つまり駆け引きが出来てねぇ」
葉月はモニターを親指で指さした。
「最後の1HIT……あれはお前が自分の直感に頼るのをやめて、土壇場で必死に頭を回し、考え続け、集中しまくったからこそだ。その極限の思考の先にあったのが、さっき入りかけた『ゾーン』だよ」
「あ……」
「考え抜いて掴んだゾーンと、たまたま出たゾーンは別物だ。お前が世界で勝つには、その『駆け引き』と『思考による覚醒』を身体に叩き込む必要がある」
葉月は突きつけたスマホの画面を少し揺らした。
「読み込め。……明日から地獄の座学とフレームトレーニングだ。血反吐吐く覚悟でついてこい」
蓮は一瞬目を見開き……溢れそうになる涙をグッと袖で拭うと、ニッと不敵に口角を持ち上げた。
「……ハッ!! 望むところだッ!! その地獄、丸ごと飲み干してあんたを越えてやるよッ!!」
蓮が力強く自分のスマホを取り出し、コードを読み取る。
その光景を横で見つめていた湊が「ふふっ、葉月さんたら素直じゃないんだから」と嬉しそうに微笑み、志乃も静かに頷いた。
みあと飛鳥も顔を見合わせ、力強く頷き合う。
「蓮ちゃんが特訓に集中できるように、配信のスケジュール調整やお弁当の準備……Vスタの裏方は、私たちが全力でサポートするからね!」
「ええ、蓮ちゃん。安心して、思い切り戦ってきて」
「僕も対戦データのキャプチャとフレーム分析ツール、専用で作るよ!」
Vスタの絆、そしてトップライバー『Trinity Raid』の見守る中——あかぎ蓮が「両方獲る」ための、本当の修羅の道が幕を開けた。




