第32話:引き合わされた怪物たち
翌朝。相手側から指定された都心の高層オフィスビルへ向かうワンボックスカーの中。
重いアケコンを両腕で抱え、ジャージのフードを深くかぶったあかぎ蓮は、後部座席で盛大に溜め息をついた。
「……なぁ、駆。アタシがコーチに会うのに、なんで他の奴らまでゾロゾロついてきてんだよ。ゾロゾロ遠足じゃねぇんだぞ」
「ちょっと蓮ちゃん! 遠足だなんて、僕たちは応援についてきてあげて——」
「弦さん、静かに。蓮ちゃん、すごくピリピリしてるから……」
隣でシートベルトを締め直すみあと、居心地悪そうに身を縮める弦。ルナも少し緊張した面持ちで、流れる街並みを窓越しに見つめていた。
助手席の駆は、バックミラー越しに蓮を冷たく一蹴した。
「勘違いするな、蓮。蓮のコーチに会うのはお前一人だ。みあとルナ、そして弦を連れてきたのは別の目的がある」
「別の目的……?」
みあが首をかしげると、駆は淡々と車内の静寂を切り裂くように語り始めた。
「今日向かうオフィスビルは、大手広告代理店『|Minty Agency』だ。そして社長を務めるのは桜庭詩織……これから会うコーチの姉だな」
「広告代理店……? 織田さん、そこにルナさんや私を……?」
「そうだ。今、そのオフィスには……世界初、女性VtuberとしてFPS世界大会で優勝を果たしたプロチーム『|Trinity Raid』が集まっている」
「「「Trinity Raid……!?」」」
みあ、弦、そしてルナの息が止まった。
Vtuber業界にいる者なら、知らない者はいない頂点の存在だ。
「そして、その3人を率いて世界王者へと導いた名コーチが……桜庭葉月。プレイヤーネーム『OUKA』だ。……だが、その青年がFPSに転向する前、格ゲー界で何と呼ばれていたか知っているか?」
駆の瞳が、暗がりで鋭く光る。
「——プレイヤーネーム『HAZUKI』。かつての『格ゲーの神童』だ」
「HAZUKI……っ! 噂に聞いたことがある……伝説の格ゲーマー……!」
蓮の目がカッと見開かれた。アケコンを抱える手に思わず力が入る。
「今回の顔合わせは、蓮のコーチングだけではない。Vスタの看板である音無すずと天月ルナ、そして技術屋の弦を『Minty Agency』の詩織社長、そしてTrinity Raidのメンバーに顔繋ぎしておく。Vスタがこれから業界の頂点を奪いに行くための、戦略的布石だ」
プロデューサーとしての駆の深謀遠慮に、弦はゴクリと唾を飲み込み、すずとルナは静かに背筋を伸ばした。仲間がそれぞれ『世界』へ向かって動き出しているのだと、胸の奥が熱くなる。
洗練された『Minty Agency』のビル最上階。
ガラス張りの防音ドアを開けると、最新のハイスペックPCがズラリと並ぶトレーニングルームが広がっていた。
「あ、駆さん! お久しぶりです!」
真っ先に立ち上がり、爽やかに声をかけてきたのは、Trinity Raidのリーダーだった。本来は真面目な茶髪ショートボブの彼女だが、配信での熱血な赤髪ツインテールVモデルそのままの情熱的な立ち姿だ。
彼女は駆の隣にいるメンバーへ視線を向け、礼儀正しくお辞儀をした。
「初めまして! Trinity Raidの『緋ノ宮レイ』こと、白河湊です。噂のVスタの皆さんですね……! お噂は駆さんから伺っています」
先にVネームを名乗り、続けて本名を添える丁寧な挨拶に、すずも緊張しながら深々と頭を下げる。
「初めまして! 『音無すず』こと、白雪みあです! よろしくお願いします!」
「『天月ルナ』こと天王寺飛鳥です。今日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「『神代弦』です! あ、あの! ここのPCの配線とグラボの設置すっごく綺麗ですね!?」
「あはは、機材はうちのコーチが変態的なこだわりを持って組んでくれたんですよ」
湊が苦笑いしながら答える。その横から、クールな眼差しをしたメンバーが静かに近づいてきた。
「『蒼星ほむら』こと、九条志乃です。天月ルナさん……Live:CLOWNからの電撃移籍、拝見しました。数値データ以上の存在感がありますね」
「ありがとうございます、志乃さん……ほむらさんの分析配信、いつも勉強させていただいています」
「うおーーっ! なんかすごそうな人がいっぱい来たー! 『月城ねね』こと、佐倉陽葵でーす! ポテチ食べるー!?」
語彙力を放棄してわんぱくにジュースとポテチを抱える三人目の野生の天才・陽葵も加わり、一気に場が賑やかになる。駆は代理店の社長である桜庭詩織と静かに名刺を交わし、今後のVスタとの業務提携や案件についての交渉をスタートさせていた。
オフの場ということもあり、お互いに本名で呼び合いながら和気あいあいと空気が和らむ。
だが——その華やかな輪から遠く離れた部屋の奥。
大型モニターの暗闇を背に、一人アケコンのメンテナンスをしていた青年——桜庭葉月が、ゆっくりと立ち上がった。
無精髭を生やし、どこか倦怠感を漂わせた眼差し。だが、その指先の洗練された無駄のない動きだけで、一目で「タダ者ではない」と分かるオーラを纏っていた。
葉月は、壁際でアケコンを強く抱きしめて威嚇するように睨みつけてくる蓮へ、だるそうに歩み寄ってきた。
「……駆、遅かったな。で……どいつが『両方獲る』とか寝言抜かしてるじゃじゃ馬娘だ?」
その低く掠れた声に、蓮の眉間が深く寄る。
「あぁん……? 寝言じゃねぇよ。『あかぎ蓮』だ。あんたが『HAZUKI』だか何だか知らねぇが……アタシにプロの勝ち方を教えるコーチか?」
「コーチ……ねぇ。俺は姉貴と駆に頼まれたから顔を出しただけだ」
葉月は蓮を上から下まで冷ややかに見下すと、フッと鼻で笑った。
「プロの頂点も、配信者としてのバカ騒ぎも『両方獲る』だ? ガキが調子に乗るのも大概にしろよ。お前みたいな甘い考えの奴が一番真っ先に壊れるんだ」
言いたい放題の葉月の言葉に、隣にいた湊が「うわぁ……」という顔をして額を押さえた。
「ちょっとコーチ! また始まった……! 初対面の人にいきなりそんなキツい言い方しないでくださいよ、相変わらず口が悪いんだから……!」
湊が呆れたように溜め息をつくと、志乃も淡々と付け加える。
「いつもの病気です。気にしないで、蓮さん。この人、口は最悪ですが教え方だけは本物ですので」
「志乃、お前まで余計なこと言うな」
葉月は面倒そうに息を吐くと、後ろの棚から自分用のアケコンを取り出し、目の前のデスクへドカンと置いた。
「口だけなら何とでも言える。……そこのアケコン繋げ、蓮。お前が『怪物』か、ただの『身の程知らずのバカ』か……俺が直々に踏みつぶして確かめてやる」
「ハッ……望むところだ!! 世界王者にも届かなかったアタシの手札……全部あんたに叩き込んでやるよッ!!」
湊や志乃、陽葵、そしてすずたちが息を飲んで見守る中、世界を魅了したオフィスビルの一角で、あかぎ蓮と『元・格ゲーの神童』HAZUKIによる、地獄の組み手が始まろうとしていた——。




