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新人VTuberの成り上がり 〜元大手敏腕マネージャーが、底辺の原石美少女たちを独り占めして世界一にプロデュースする〜  作者: 遙 カナタ


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第28話:夜明けの旋律

 二人の歌声が重なり合った瞬間、スタジオの空気そのものが震えた。

 台本にも、事前のリハーサルにもない奇跡のデュエット。

 みあの頬を濡らす大粒の涙が、モーショントラッキングを通じて3Dアバターの瞳にもそのまま光の結晶となって伝い落ちる。


(天月ルナだ……。私が憧れて、追いかけて、声が出なくなって絶望していた夜に……私を暗闇から引っ張り上げてくれた、本物の歌声だ……!)


 マイクを両手で強く握りしめ、みあは魂の奥底から声を絞り出す。

 この1ヶ月、足がもつれて倒れそうになりながら叩き込んだ体幹が、全身の筋肉が、彼女の歌声をどこまでも高く、遠くへと押し上げていく。

 対する天月ルナもまた、全身全霊で表音無すずを見つめていた。


(すごい……! 震えてなんていない……。すずちゃんはもう、私の歌を遠くから聴いていた女の子じゃない。私と対等に歌をぶつけ合える、本物のプロなんだ……!)


 押し寄せる感情の波に押し潰されそうになりながらも、ルナはさらに声量を引き上げた。

 Live:CLOWNの枷から解き放たれ、会社の顔として「演じさせられていた完璧な女王」ではなく、一人の「歌うことが大大好き少女」として喉を鳴らす。

 二人の旋律が、交わる。

 どちらが主旋律で、どちらがハモりかなど関係ない。

 互いの存在を認め合い、互いの魂を喰らい合うような圧巻のハーモニー。

 すずの透明で力強いハイトーンが、ルナの艶やかで広がりのある絶唱と溶け合い、スタジオの天井を突き抜けて世界へと解き放たれていく。

 ミキサーブースでヘッドホンを装着した弦は、流れるトラッキングデータを見つめながら息を呑んでいた。


「すごい……。二人の感情の波形で、トラッキングの補正精度が限界値を突破してる……。補正なんていらない。二人の魂が、そのままアバターを動かしてるんだ……!」


 駆は静かに腕を組み、ガラスの向こうで光を浴びる二人を見つめていた。

 その瞳には、プロデューサーとしての冷徹な計算を超えた、確かな熱が宿っている。


(そうだ、みあ。そうだ、ルナ。……お前たちの本物の歌声を、世界に見せつけてやれ)


『YouTube LIVE:同時接続者数 520,000人』


 配信画面の右上に表示された数字は、もはやVTuber史上の単独配信として前代未聞の領域へ達していた。

 チャット欄はもはや文字として判読不可能な超高速のスパチャとコメントの嵐と化し、サーバーが悲鳴を上げるほどの熱狂が地球規模で渦巻いていた。


『涙が止まらない……なんだこの歌声は……っ!!』

『すずちゃんの歌と、ルナちゃんの歌が……完全にひとつになってる……』

『本物だ……これ以上のライブなんて存在しないだろ……!』


 曲のラストフレーズ。

 二人は自然と互いに歩み寄り、しっかりと手と手を取り合った。

 互いの目を真っ直ぐに見つめ合いながら、魂のすべてを込めた最後のロングトーンを響かせた。

 ——音の余韻が、静かにスタジオへ消えていく。

 ハッ、ハッ、と二人分の荒い息遣いだけがマイクに拾われる。

 手をつないだまま、溢れる涙を隠しようともせずに笑い合う音無すずと天月ルナ。

 その瞬間、同接50万人を超えた配信画面の中央へ、駆が仕込んでいた巨大な特報テロップが躍り出た。


【衝撃特報:天月ルナ、『Vスタ』へ完全移籍!!】

【チャンネル・アバター・をそのまま引き継ぎ、移籍第一弾として『音無すず×天月ルナ』のコラボ楽曲リリース決定!】


 ルナがマイクを握り直し、カメラへ向かって晴れやかな、けれど力強い声で告げた。


「みなさん……ただいま! 私、天月ルナは本日をもって『Vスタ』に完全移籍します! これからは、すずちゃんやVスタのみんなと一緒に……本物の歌を届けていきます!」


 すずも、涙を拭ってカメラへ向き直り、飛び切りの笑顔を咲かせた。


「みんな……驚かせてごめんなさい! でも、これが私たちの……Vスタの最高のスタートですっ!!」


 ネット世界が、歓喜と衝撃の暴風雨によって大爆発を起こした。

 同じ刻。港区のビル最上階、『Live:CLOWN』の社長室。


「……くっ……ガ……ッ!!」


 パソコンの大型モニターの前で、鬼塚社長は顔を真っ赤に腫れ上がらせ、血の涙を流さんばかりの顔で拳をデスクに叩きつけた。

 協定書へサインさせられた時から、ルナがVスタへ行くこと自体は分かっていた。

 だが、あの退所報道でファンを失望させ、ルナの価値を極限まで暴落させて葬り去ったはずだった。

 それなのに——駆は退所報道すら逆手に取り、「表舞台からの完全な失踪」という最高のフリにして、同接50万人超えという歴史的大偉業の演出として利用してみせたのだ。

 画面の中で、自社にいた頃には一度も見せたことのない、心からの晴れやかな笑顔で歌うルナ。

 そして、その隣で眩いばかりのオーラを放つ音無すず。

 自分の元から離れた「過去の遺物」が、駆の手によって『Vスタ』という巨大な怪物へと覚醒し、自社を遥か頭上から踏みにじっていく。


(最初から……あの退所報道のパニックすら、全部あいつの演出の掌の上だったというのか……ッ!?)


 どれほど金を積んでも、どれほど巨大な組織を作っても、絶対に手に入らなかった「本物の熱狂」。


「織田……駆ぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


 手元で狂ったように鳴り響くスポンサーからの電話を無視し、静まり返った社長室に、己の器の小ささと完全な敗北を突きつけられた鬼塚の咆哮が虚しく響き渡った。

 だが——光が極限まで高まったスタジオの目と鼻の先、別室の空気は凄惨なまでの「闇」に包まれていた。

『REIGN CHAMPIONSHIP』決勝戦。

 ヘッドセットから流れる歓声も、実況の興奮した声も、今のあかぎ蓮の耳には一切届いていなかった。


(……な……んだ……これ……っ)


 画面の中、蓮の操るキャラクターは、まるで時間が止まったかのように浮き上がされ、ハメ殺され、一方的に殴られ続けている。


『パーフェクト!! 圧倒的! 圧倒的強さだぁぁぁッ! あかぎ蓮、1HITも掠らせることすらできない!! 一体何が起きているんだーッ!?』


 コントローラーを握る蓮の指が、カタカタと激しく震えていた。

 ボタンを叩こうにも、レバーを倒そうにも、相手は一切の隙を見せない。こちらの差し込みも、ガード崩しも、すべての動きをあらかじめ読まれていたかのように完璧に裁かれ、反撃のコンボを叩き込まれる。

 1HITも、与えられない。

 かすり傷ひとつ、負わせることができない。

 画面の上部に表示された自分の体力ゲージが、虚しく『0』を刻む。


【 PERFECT 】


 勝利演出に入る相手キャラクターの影。

 モニターの黒い暗転画面に映し出されたのは、あまりの圧倒的な壁、絶対的な才能の差を前にして、開いた口が塞がらないまま、絶望に打ちひしがれて白目を剥く己の惨めな顔だった。


「……ウソ……だろ……」


 膝の上のコントローラーが、ぽろりと床へ落ちる。

 すずたちが勝ち取った歓喜の熱狂の裏で、あかぎ蓮は底知れぬ地獄の深淵へと叩き落とされていた。

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