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新人VTuberの成り上がり 〜元大手敏腕マネージャーが、底辺の原石美少女たちを独り占めして世界一にプロデュースする〜  作者: 遙 カナタ


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第22話:女王の覚悟

 翌日の深夜。都心の喧騒から離れた、港区の雑居ビル地下にある会員制バー。

 外では降りしきる冷たい雨が、アスファルトを打ち叩いていた。

 薄暗い店内の最奥にある個室で、駆は静かにウイスキーのグラスを傾けていた。

 重い防音扉が静かに開かれ、全身を濡らした人影が滑り込んでくる。

 深めにかぶった黒いバケットハットに、大きなマスク、そしてダボついたレインコート。

 変装の隙間から覗く濡れた瞳——天月ルナだった。


「……織田、さん……」


 ルナの声は、今にも壊れてしまいそうなほど細く震えていた。

 尾行や会社の監視を潜り抜け、ここまで来るだけで彼女の精神は擦り減っていた。


「座りな。……温かいものを頼んである」


 駆が促すと、ルナは小さく頷き、対面のソファに深く腰掛けた。

 運ばれてきたホットココアのカップを、両手で壊れものを扱うように包み込む。温かい湯気が立ち上る中、彼女の目からぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ち、ココアの表面に波紋を作った。


「ごめんなさい……ごめんなさい、織田さん……っ。私……私、どうしたらいいか分からなくて……っ!」


 ルナは両手で顔を覆い、しゃくりあげるように肩を揺らした。

 その涙は、会社への恐怖や怒りだけではない。胸を力任せに引き裂かれるような、悲痛な罪悪感から溢れ出ているものだった。


「私……会社の上層部のやり方は許せません。だけど……だけど……っ!」


 ルナの唇が震える。


「スタジオでいつも私の体を気遣ってくれたミキサーさん……『ルナちゃんの歌が大好きだから』って夜遅くまで音調整をしてくれたMix師さん……。それに、デビュー当時から助け合ってきた同期のあかりや、私を慕って頼ってくれる後輩たち……みんな、みんな大切な仲間なんです……!」


 画面の前では「女王」と呼ばれていたが、その裏には、泥臭い下積み時代を共に泥をすすりながら生き抜いてきた同僚ライバーや、現場のスタッフたちの温かい存在があった。


「私が会社を訴えて、不祥事を暴いて……『Live:CLOWN』が崩壊したら、残されたみんなはどうなっちゃうの……!? スポンサーが降りて、活動できなくなって、路頭に迷うかもしれない……。それに、私を信じてついてきてくれたみんなから『裏切り者』って指を差される……っ!」


 自分が救われるために立ち上がれば、大切な仲間たちの居場所を奪ってしまうかもしれない。

 かといって、このまま嘘の自分を演じ続ければ、自分の心が死んでいく。

 板挟みの暗闇の中で、ルナの魂はボロボロに引きちぎれていた。


「すずちゃんの歌を聴いて……私、自分の歌を取り戻したいって強く思いました。でも、自分の自我を通すために、仲間を裏切って切り捨てるなんて……そんなの、私、人として最低です……っ!」


 ルナの涙が、ココアのカップへと零れ落ち続ける。

 駆は静かにグラスを置き、まっすぐにルナの目を見つめた。

 怒るでもなく、甘やかすでもなく、彼女の痛みをすべて理解した深い眼差しだった。


「……ルナ。お前が仲間を想う気持ちは、本物だ。素晴らしいよ」


 駆は穏やかな声で、けれど力強く語りかけた。


「だがな、一つだけ勘違いするな。お前が声を上げないことで守られているように見える今の『Live:CLOWN』は……仲間たちにとっても、いつ誰が潰されるか分からない『腐った船』なんだよ」


 ルナがはっと顔を上げた。


「お前が耐え続けても、次は後輩の誰かが過酷なノルマに潰される。現場のスタッフだって、上層部の不祥事の巻き添えを食らう恐怖に怯えながら働いている。……お前が犠牲になることで保たれる平和なんて、どこにもないんだ」


 駆はデスクの上に広げたノートPCの画面をルナへ向けた。


「俺がやろうとしているのは、会社を無差別に破壊することじゃない。不敗の『女王』であるお前が、自らの足で立ち上がり、上層部の腐敗を叩き切る……『道標』になることだ」


 画面には、前統括部長のDDoS攻撃の証拠と、ルナが命がけで残していたパワハラの録音データが並んでいる。


「お前がVスタへ移籍し、不当な支配を打ち破った実績を作れば……残された仲間たちにとっても『会社と対等に交渉できる希望の光』になる。後輩たちを守るための、最強の先例になるんだよ」


「後輩たちの……希望の、光……?」


「そうだ。仲間を捨てるんじゃない。お前が真っ先に暗闇を切り裂いて、本当の『自由』を全員に証明しに行くんだ」


 駆は身を乗り出し、ルナの濡れた瞳をじっと見つめた。


「自分だけが救われるんじゃない。お前の歌で、仲間も、ファンも、自分自身も……全員を幸せにしに行くんだよ。ルナ」


 駆の言葉が、ルナの凍りついていた心へ温かく染み渡っていく。

「裏切り」ではなく「仲間たちのための戦い」なのだと。


 ルナは深呼吸をし、袖で涙を拭った。

 揺れていた瞳から迷いが消え、同期や後輩たちの顔を思い浮かべながら、固い決意の火が灯った。


「……私、戦います。逃げるためじゃなく……みんなの歌と居場所を守るために、私、織田さんと一緒に行きます……!」


「よく言った」


 駆は不敵に口角を上げた。


「明日、Live:CLOWNのトップにチェックメイトをかけに行く」


 仲間への愛を強さに変えたルナの覚悟。

 巨大な悪意を打ち砕くための「最高のピース」が、ここに揃った。

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