第18話:コラボ配信と奪われた声
『あかぎ蓮』の初単独配信が打ち立てた、同質15万人という金字塔。
その熱狂が冷め遣らぬ中、駆が次に打ち出した策は——『Vスタ』初となる公式箱コラボ配信だった。
【音無すず × あかぎ蓮】初コラボ『狂犬と歌姫のゲーム&トークライブ』。
音無すずの透明感あふれる歌声と、あかぎ蓮の圧倒的な格ゲープレイ&毒舌トーク。本来なら対極に位置する二人の化学反応に、ネット界隈の期待は最高潮に達していた。配信開始の三十分も前から待機所には5万人が詰めかけ、Twixでも関連ワードがトレンドの一位を独占するほどの盛り上がりを見せていた。
配信開始十分前。
ボロアパートの事務所では、駆と神代弦が大型モニターの前に座り、通信環境と配信ツールの最終チェックを行っていた。
ヘッドセットの音声を入れ、駆はそれぞれの自宅アパートで待機している二人に呼びかける。
「みあ、蓮、聞こえるか。回線チェックは問題ない。調子はどうだ?」
『はーい! 織田さん、バッチリです!……す、少し緊張してますけど、精一杯がんばりますっ』
自宅の自室でマイクに向かうみあの明るい声が、ヘッドホン越しに響く。
『アタシも準備完了だ。おいチビ、足引っぱったら承知しねえからな』
『も、もう! あかぎさんたらっ!』
自宅のダンボールブースにいる蓮の強気な発言に、みあがコミカルに返す。二人のやり取りに、駆の口元にもわずかな笑みが浮かんだ。
「よし。神代、アクセス負荷の監視を頼む」
「任せてよ駆。MeTube側にも事前にラインを通してあるからね」
弦がキーボードを叩きながら親指を立てる。すべては順調。Vスタの躍進を確実なものにするための、完璧な舞台が整ったはずだった。
二十時ちょうど。配信のカウントダウンがゼロになる。
『きたあああああ!』
『すず蓮コラボ最高!!』
『歌姫と狂犬のタッグとか胸熱すぎる』
画面いっぱいに広がる歓声。同質は瞬く間に10万人を超え、順調すぎる滑り出しに見えた。
——だが、悪意は突然、そして苛烈に襲いかかった。
配信開始からわずか数分後。
突如として、画面のコメント欄が常軌を逸した速度でスクロールし始めた。
『音無すずは枕営業』
『口パク偽物』
『過去の炎上まとめはこちら→[URL]』
『下手くそ失せろ』
『ゴミVスタ潰れろ』
全く同じ中傷の文言が、秒間に数千件という異常な密度で画面を埋め尽くす。
統括部長が裏社会の専門業者に大金を払って手配した、最新型の荒らしbot群だった。
「……ッ!? なんだこれ、荒らしbotの数が異常だ! 通常のフィルターを突き破ってきてる!」
事務所で弦がキーボードを猛烈な勢いで叩きながら叫ぶ。
さらに、不吉な異常はそれだけに留まらなかった。
配信画面の映像がカクつき始め、音声にガリガリと酷いノイズが混ざり始める。
「回線重っ!? 駆、これDDoS攻撃だ! 海外のプロキシを経由して、ウチの回線帯域を直接パンクさせにきてる……!」
『……チッ! 汚ぇ真似しやがって!!』
インカム越しに、自室にいる蓮の激昂した声が響く。
しかし、攻撃の真の狙いは、技術的な妨害そのものではなかった。
自分の部屋で一人、モニターに向かっていたみあの視界を覆い尽くす、悪意に満ちた無数の暴言と誹謗中傷。
『お前なんか誰も求めてない』
『消えろ』
『ヘタクソ』
それらの黒い言葉の波を目にした瞬間——自室のデスクの前で、みあの身体がガタガタと激しく震え始めた。
脳裏にフラッシュバックする、過去の苦い記憶。
まだ駆と出会う前、たった一人で「個人勢」として活動していた頃に受けた、容赦ないネットの集団アンチと誹謗中傷。どれだけ心を込めて歌っても届かず、悪意の言葉に押し潰されて一人部屋で泣き叫んでいたあの暗闇の恐怖が、黒い濁流となって彼女の心を飲み込んでいく。
「あ……あ……」
顔から血の気が引き、紙のように真っ白になる。
呼吸が浅くなり、視界がぐにゃりと歪む。
「……みあ! 画面を見るな! コメント欄を閉じろ!」
事務所のモニターでみあのLive2Dモデルの異常な揺れと表情の変化を察知し、駆がインカム越しに叫ぶ。
だが、タイミングの悪いことに、配信の進行スケジュールに従って、BGMのイントロが流れ始めてしまっていた。
すずが歌うはずだった、彼女の代名詞である曲のイントロが。
『すずちゃん歌って!』
『荒らしに負けないで!』
本物のファンからの応援のコメントも流れる。だが、それすらも膨大な荒らしの悪意に呑み込まれていく。
『……っ、みあ! 歌え! 雑音なんか吹き飛ばしてやれ!』
インカム越しに蓮が必死に呼びかける。
「あ……っ……う……」
みあは自室で一人、必死にマイクに向かい、小さな唇を開いた。
歌おうとした。織田駆のために、蓮のために、自分を応援してくれるファンのために。
けれど——胸が固く締め付けられ、喉がヒリヒリと焼き付くように熱い。
声が出ない。
個人勢時代に心へ深く刻まれたトラウマが鍵をかけ、指先まで氷のように冷たくなり、声帯が恐怖で完全に固まっていた。
いくら口を開けても、掠れた息の音漏れさえ聞こえてこない。
『あれ? 歌わないの?』
『マジで口パクだったん?』
『声出てなくて草』
荒らしの冷笑が、さらに激しさを増していく。
音楽だけが空しく響く配信画面。
事務所のデスクで、駆は固く拳を握りしめ、歯を食いしばっていた。画面越しにしか届かない距離で、自分の大切なライバーが過去のトラウマに殺されかけている。
一人きりの部屋で、みあは萌え袖の手で自分の喉を痛々しいほど強く抱きしめ、流れる大粒の涙で視界を濡らしながら、声にならない悲鳴を上げていた——。




