第17話:歌姫と狂犬の感謝
「——もしもし、蓮か。初配信、お疲れ様だったな」
配信終了からわずか数分後。手作りダンボールブースの熱気の中でまだ息を荒らげていた蓮のスマホに、駆からの着信が入った。
『……ふん。見たろバカ駆。アタシの本気、ネットの雑魚どもに叩き込んでやったよ』
強がりつつも、受話器越しでも伝わってくるほど蓮の声は弾んでいた。
「ああ、見事だった。同質15万人、神威の完封……文句なしの伝説だ。今から事務所の近くの焼肉食べ放題に行くぞ。みあも弦も待っている。着替えて出てこい」
『は!? 焼肉!? ……っ、べ、別にアタシは腹なんて……いや、行く! すぐ行くから待ってろ!』
三十分後。駅前の賑やかな通りにある、学生御用達の格安焼肉食べ放題チェーン店。
ジュウジュウと音を立てて煙を上げるロースやカルビを前に、Vスタの四人はテーブルを囲んでいた。
「あかぎさんっ! 本当に凄かったです……! プロの人を説明しながらボコボコにしちゃうなんて、私、画面の前でずっと鳥肌が立ってて……っ!」
みあがタレの皿を手にしながら、目を輝かせて蓮に詰め寄る。
「うわっ、距離が近いんだよチビ! 焦げるだろ肉が!」
蓮は顔を背けながらも、みあがトングで皿に盛ってくれたカルビをハフハフと頬張り、嬉しそうに口角をゆるめていた。
「いやぁ〜、同質15万人越えの超大物VTuberの初配信祝いが、一時間二千円の安焼肉食べ放題とはねぇ」
弦がウーロンハイのグラスを傾けながら、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる。
「ところで駆〜。この打ち上げ代、当然『プロデューサー様』のおごりなんだろ?」
「いや」
駆は冷静にトングでタン塩をひっくり返しながら言った。
「今日の配信のテクニカルサポートとバックアップを担当したのは神代だ。最高の環境を用意した『最優秀スタッフ』として、ここは神代が奢るのが筋だろう」
「はぁ!!?? なんで僕のお財布が狙われてるの!? 駆、君ねぇ!」
弦が素で焦って立ち上がりかけると、みあがおずおずと手を挙げた。
「あの……私、織田さんにお礼が言いたいです……」
賑やかだったテーブルが一瞬静まり返る。
みあは膝の上で萌え袖の手をぎゅっと握りしめ、顔を真っ赤にしながら、じっと駆の目を見つめた。網から立ち上る煙の向こうで、彼女の澄んだ瞳が揺れている。
「私……歌うのが怖くて、ずっと一人で泣いていて……でも、織田さんが私を見つけてくれて、あんなに素敵なPVを作ってくれて……。今日、あかぎさんの配信を見ていて、私……織田さんを信じてVTuberになれて、本当に良かったって……胸が、キュッて熱くなったんです……っ」
上目遣いに駆を見つめるみあの頬は、焼き肉の熱気のせいだけではなく、林檎のように真っ赤に染まっていた。
「織田さん……私を、見つけてくれて……本当に、ありがとうございます……っ」
消え入りそうな、けれど真っ直ぐな感謝の言葉。
あまりのピュアさとヒロイン力に、隣で肉を焼いていた弦すら息をのんで黙り込む。
駆が「みあ……」と柔らかい眼差しを向けると、向かいに座っていた蓮が「〜〜〜っっ!!」と顔を真っ赤にしてトングをガチャリと響かせた。
「な、なに勝手にヒロインぶってんだよチビ!! アタシだって……アタシだってな!!」
「あかぎさん……?」
蓮はバツの悪そうに視線を泳がせ、ジャージの襟ぐりをギュッと引っ張りながら、蚊の鳴くような声でボソボソと呟いた。
「……感謝してんだよバカ駆」
「ん? 聞こえなかったぞ、蓮」
「聞こえてんだろクソ駆!!」
蓮は跳ね起きるように立ち上がり、真っ赤になった耳まで隠すように顔を背けた。
「あの……汚ぇダンボールの防音ブース……凄かったよ。アタシがどれだけ叫んでも、壁叩いても……お前が作ったあの場所のおかげで、アタシ……初めて誰にも邪魔されないで、本気で暴れられた……っ。アタシの居場所を作ってくれたのは……お前だろ……っ」
チラリと駆を盗み見る蓮の瞳には、普段の狂犬のような威圧感はなく、ただ一人の女の子としての愛おしいほどの甘えと照れが溢れていた。
「……だから、その……ありがとな。……ずっと、ついていってやるから……覚悟しとけよ」
そう吐き捨てると、蓮は恥ずかしさの限界に達したのか、そのまま勢いよく冷たいお茶をガブ飲みしてプハッと息を吐いた。
「……やれやれ」
駆は二人を見つめ、珍しく温かい、心からの微笑みを浮かべた。
「二人とも、最高の初陣だった。……だが、Vスタはここからだ」
「ちょっとちょっと〜! 二人とも駆にアタックするのに夢中で、僕の奢りの件を有耶無耶にしようとしてない!?」
弦が慌てて割って入るが、蓮とみあが同時に「「静かにして(静かにしてください)弦さん!」」と一蹴する。
「えぇぇぇ……僕の金で食う肉で二人して駆にデレて、最終的に僕だけ損するの!?」
悲鳴を上げる弦を余所に、テーブルには温かい笑い声が弾けていた。
だが——その頃。
夜の都心にそびえる『Live:CLOWN』本社ビル、新規事業統括部長室。
暗闇の中、パソコンのモニターの青白い光だけが、一人の男の顔を凶悪に照らし出していた。
画面に映っているのは、『Vスタ』の同質15万人突破を報じるネットニュースと、SNSで「ライブ・クラウンはもう終わり」と叩くアンチのコメント。
「ぐ……ぬぬぬ……っ! 織田駆……! 織田駆がああああっ!!」
新規事業統括部長は、血走った目で画面を睨みつけ、爪が食い込むほど拳を握りしめていた。
このままでは、Vスタの躍進が社長の耳に入り、自分が織田駆を追いやった嘘まで捲れ上がってしまう。自分の地位も、誇りも、全てが潰されるという恐怖。
「認めん……! あんなボロアパートの落ちこぼれどもを、絶対に認めんぞ……!!」
男は震える手で暗号化された携帯電話を掴み、不気味な番号へとダイヤルした。
『はい……』
受話器から聞こえる低く濁った声に、統括部長は邪悪な笑みを浮かべ、殺気立った声で命じた。
「……次の『音無すず』の初配信だ。回線攻撃、荒らしbot、まとめサイトでの捏造炎上……あらゆる手を使って、あの女の配信を完全に破壊しろ。織田駆を……絶望の底に叩き落としてやる!!」




