第16話:完璧なる支配
「おいおいおい! 誰かまともな奴はいねえのか!? 連勝数が『20』超えちまったぞ! アタシの手首が温まる前に部屋が終わっちまうだろ!」
狭いダンボールブースの中、蓮はコントローラーを片手で軽く振りながら、モニターに向かって口角をニッと吊り上げた。
画面右上の同接は、すでに10万人を突破。
コメント欄は、蓮の圧倒的な強さに熱狂する視聴者の書き込みで文字通り滝のように流れている。
『強すぎるwwww』
『マジで全勝かよ』
『煽りながらこの精度は人間じゃない』
『だれかこの暴言狂犬を止めてくれぇぇぇ!』
その時だった。
ピロン、と重厚なSEとともに、次の対戦相手がマッチングされた。
対戦相手のIDとアバターが表示された瞬間、チャット欄の流れがピタリと止まり、次の瞬間、これまで以上の大爆発を起こした。
『??????????????』
『嘘だろおい!!???』
『【神威】(カムイ)きたあああああああああ!!』
『マジで本物のアジア王者じゃねえか!!』
『世界大会優勝者のトッププロ参戦!!』
『狂犬ちゃん、さすがに終わった……』
対戦相手として現れたのは、格ゲー界でその名を知らぬ者はいない現役世界王者、トッププロゲーマーの『神威』だった。数々の世界大会を制し、隙のない「精密機械」と恐れられる絶対的な頂点だ。
一方、『Vスタ』の事務所。
「ひえええっ!? か、神威選手……!? 私でも知ってます、ニュースやTVに出ている凄く有名なプロゲーマーの人ですよね!?」
モニターの前で、みあが萌え袖の手で両頬を押さえて悲鳴を上げた。
「ハハッ! まさかプライベートで配信を見に来て乱入してくるとはねぇ」
神代弦が目を輝かせ、パイプ椅子から身を乗り出す。
「これはネットが吹っ飛ぶぞ。プロのプライドをかけた本気のマッチングだ」
駆は腕を組んだまま、静かに画面を見つめていた。
「……神威は『相手の癖を分析して詰める』防御重視のプレイヤーだ。蓮、お前の真価が試されるぞ」
ダンボールブース内。
「……へえ」
蓮の瞳から、それまでの軽薄な煽りの色が消えた。
代わりに宿ったのは、獲物を前にした本物の捕食者の目だ。背筋がゾクリと泡立つような重圧感が、モニター越しに伝わってくる。
「世界王者サマが、わざわざアタシの配信に餌になりに来てくれたわけだ……。いい度胸じゃねえか」
『Round 1 —— Fight!』
試合開始の合図。
神威のキャラは一歩も無駄な動きをせず、画面中央で完璧な間合いを維持する。じりじりとプレッシャーをかけ、蓮が痺れを切らして動いた瞬間を狩るつもりだ。
だが、蓮はせせら笑った。
「なあクソリスナーども、耳の穴かっぽじってよく聞け。プロ様が何を考えてるか、今から全部解説してやるよ」
蓮は淡々と、しかし鋭い声でコントローラーを操作しながら喋り始めた。
「このオッサン、アタシのこれまでの試合を見て『暴言吐く奴は気性が荒くてすぐ突っ込んでくる』と思い込んでやがる。だから、アタシが前ダッシュしてくるのを待って、置き技で潰す気満々だ」
言いながら、蓮は一歩だけ前へ踏み込み、即座に後ろへ下がった。
瞬間——神威のキャラが「蓮の前ダッシュ」に反応して、強力な牽制技を空振った。
「ほらな? 釣れた」
『うわあああああああ!?』
『マジで誘導した!?』
『プロの置き技をスカらせた!?』
「空振りの硬化時間は『18フレーム』。アタシの最速技の発生は『5フレーム』。——間に合わないワケがねえだろ!」
バシィンッ! と、手作りブース内にコントローラーの激しい打撃音が響く。
蓮はスカった相手の腕に容赦ない『差し返し』のフルコンボを叩き込んだ。壁際まで追いやられた神威は、ガードを固めて耐えようとする。
「はい、壁際〜。プロ様はここで投げを警戒して、グラップの仕込みを入力する癖があるんだよ」
蓮は攻撃の手を止め、あえて一瞬だけ「無駄な間隔」を空けた。
「だから——投げると見せかけて、一歩下がって『打撃』だ!!」
蓮の読み通り、投げ抜けを入力して無防備になった神威のキャラに、最大溜めのカウンターヒットが炸裂する。
「あはははは! 読めてんだよ全部! お前の脳みその中身、スケスケなんだよオッサン!!」
相手のガード選択、暴れ、無敵技のタイミング——その全てを蓮は完璧に予言し、その通りの行動を神威に『取らせて』から、最大威力で叩き潰した。
『K.O.! PERFECT!』
1ラウンド目、ノーダメージ完封。
そして続く2ラウンド目も、焦って立ち回りを崩した世界王者に対し、蓮はミリ単位のフレーム管理で一切の反撃を許さず、最後は空中対空からの超必殺技でフィニッシュを決めた。
『VICTORY! PERFECT!』
二連続パーフェクト。
格ゲー界の絶対王者『神威』が、手作りダンボールブースの狂犬に、一ポイントも奪えずに完全敗北した瞬間だった。
チャット欄のスクロールが、あまりの衝撃に一瞬フリーズした。
そして次の瞬間——画面が見えなくなるほどの投げ銭と、熱狂のコメントが埋め尽くした。
『神威を二連続パーフェクト!!???』
『解説しながらプロを完封したぞ……』
『解説が全部当たってたのマジで怖すぎる』
『バケモノだ……本物の天才だ……!!』
『あかぎ蓮! あかぎ蓮! あかぎ蓮!』
同接は一気に15万人を突破。
事務所でモニターを見ていたみあは、言葉を失って口を開けたまま固まっていた。
「す、すごすぎます……あかぎさん……プロの人を、説明しながら倒しちゃいました……っ!」
「ハハハ! 参ったね、こりゃ伝説の初配信になっちゃったよ!」
弦が手を叩いて爆笑する。
駆は静かに腕を組み、モニターの中で勝利ポーズを決める蓮のアバターを見つめ、満足そうに呟いた。
「言ったろう。あいつはただの暴言キャラじゃない。相手の思考を完璧に支配する、極上のエンターテイナーだ」
ダンボールブースの中、ヘッドホンを外した蓮は、汗ばんだ額を拭いながらニッと不敵に笑った。
「ハッ……言っただろ? アタシが、あかぎ蓮だってな」
この夜、ボロアパートから解き放たれた狂犬の名は、VTuber界どころか格ゲー界全体にまで、消えることのない衝撃として刻み込まれたのだった。




