第15話:狂犬の初陣
「……分からせてやるよ。アタシが、あかぎ蓮だ」
マウスのクリック音が響き、画面上の「配信開始」ボタンが点灯する。
『Vスタ』所属・あかぎ蓮の初配信がスタートした瞬間、画面右上の同接を示すカウンターが恐ろしい勢いで跳ね上がり始めた。
1万、3万、5万——。
画面いっぱいに超高速で流れ出すコメントの波。
『きたあああああ!』
『神PVの狂犬ちゃん実在した!!』
『挨拶しろ挨拶! VTuberの基本だろ!』
『格ゲーの映像どうせ合成だろ? プロのゴーストライターが裏で操作してんじゃねえの?』
疑心暗鬼のアンチや、半信半疑の野次馬リスナーたちの投稿が次々と流れていく。
アパートの自室、狭いダンボール防音ブースの中で、赤ジャージの袖を捲り上げた蓮は、モニターに向かって口角をニッと歪めた。
「ハッ……挨拶ぁ? んなもん後回しだ! 『合成だろ』とか抜かしてる目ぇ腐ったクソリスナーども、今から自分の目と耳で本物だってことを分からせてやるよ!」
開口一番の爆音暴言。
配信画面に格闘ゲームのロビー画面が立ち上がり、蓮は躊躇なく最高ランク帯のオンラインマッチングボタンを叩き込んだ。
一方、その頃——『Vスタ』の事務所。
「あわわわわ……! あかぎさん、配信始まって数秒で『クソリスナー』って言っちゃいました……っ!」
大型モニターの前にかじりついたみあが、萌え袖の手で口元を覆いながらパニックになっている。
「いいんだよみあ、それが蓮ちゃんの『味』なんだから」
神代弦がパイプ椅子に深々と腰掛け、サブモニターで回線状況をチェックしながらニヤニヤと笑う。「見てみなよ、リスナーの反応。ドン引きするどころか、めちゃくちゃ熱狂してる」
コメント欄は『口悪すぎて草www』『煽りのキレがPV通りで最高』『もっと罵ってくれ!!』といった歓喜の声で埋め尽くされていた。
駆は腕を組み、静かにメインモニターを見つめている。
「問題はここからだ。言葉の荒らさを全て納得させるだけの『圧倒的な結果』を提示できるかどうか……」
モニターの中では、マッチングが成立していた。
対戦相手のIDが表示された瞬間、チャット欄がざわつく。
『うわあああ! 対戦相手「G-GOD」じゃねえか!!』
『格ゲー界で有名な全国大会ランカーだぞ!?』
『狂犬ちゃん終わったwwww』
『化けの皮が剥がれる瞬間きたあああ』
「へぇ……全国ランカーねぇ?」
蓮は鼻で笑い、コントローラーのグリップを力強く握り直した。
『Round 1 —— Fight!』
アナウンスと同時に、両者のキャラが画面中央で対峙する。
相手の「G-GOD」は、リーチの長い技でじっくりと間合いを計り、蓮の出足を挫こうと牽制の小キックを置きにきた。
だが、蓮の集中力は極限まで研ぎ澄まされていた。
「遅ぇよ」
相手のキックの「戻りモーション」のわずか数フレームの隙を逃さず、蓮は一歩踏み込んで最速の立ち中パンチを叩き込む。——『差し返し』だ。
バシィンッ! と鈍い打撃音が響き、相手の体勢が崩れる。
「ガードが甘ぇんだよ!! 昇竜ぶっ放せば勝てると思ってんのかアクリル板頭が!!」
そこからは一方的な処刑ショーだった。
ヒット確認から猶予わずか2フレームの超難関コンボを完璧に入力し、キャンセル超必殺技まで繋いで相手を画面端の壁へと叩きつける。
相手も死に物狂いで起き上がりに無敵技をぶっ放してきたが、蓮はそれを完全に読んでおり、ピタリと一歩引いてガード。無駄に空を振った相手の大きな隙に対し、最大威力のコンボを最大補正で叩き込んだ。
『K.O.! PERFECT!』
1ラウンド目、所要時間わずか12秒。
ノーダメージでの完全勝利だった。
『?????????』
『は????? 今の差し返しマジで言ってんの???』
『2フレームの猶予コンボを配信で完璧に決めた……!?』
『G-GODが何もできずに溶けたぞ……!?』
「おいおいおい! どうしたよ『全国ランカー』さんよぉ! 自慢の猛攻はどこ行った!? 画面端で震えてるだけじゃねえか!!」
煽り散らかしながら、続く第2ラウンドも圧倒的なフレーム管理と立ち回りで相手を完封。最後は相手のジャンプ攻撃を完璧な対空技で落とし、二連続パーフェクト勝ちを決めてみせた。
『VICTORY!』
画面にデカデカと踊る勝利の文字。
さっきまでアンチコメントで荒れていたチャット欄が、一瞬ピタリと止まり、次の瞬間、見たこともない爆発的な勢いで絶賛の波が流れ出した。
『マジで本物だった……バケモノだろこの子……』
『煽り文句はウザいのにプレイが美しすぎて文句が言えねえwww』
『プロゲーマーでも今の差し返しは無理だぞ!?』
『狂犬様あああああ!! 弟子にしてください!!』
「ハッ! 弟子ぁ? 雑魚はいらねえんだよ! ほら、文句がある奴はどんどん部屋に入ってこい! 全員アタシの足元に平伏させてやるからよ!!」
画面越しに放たれる、圧倒的な強者の威圧感。
事務所で画面を見つめていた駆の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
「言ったろう。あいつの暴言はアンチを煽る毒ではない。本物の技量を見せつけるための『最高のスパイス』だと」
「すごいです……っ! あかぎさん、すごく格好いいです……!」
みあも涙目になりながら、画面の中の蓮に向かって夢中で手を叩いていた。
それから一時間。
蓮は襲い来る上位勢たちを次々と血祭りにあげ、無敗のまま連勝記録を伸ばし続けた。
暴言を吐きながら神技を連発するその姿にネット界隈は大激震を起こし、同接はついに——10万人の大台を突破した。
『Vスタにあかぎ蓮あり』。
ボロアパートの手作りダンボールブースから放たれた熱量が、今まさにネットの常識を塗り替えようとしていた。




