第13話:バズの波紋と、不穏なベル
「ふええええええっ……!? お、織田さんっ! ス、スマホ壊れましたぁっ……!」
翌朝。ボロアパート『Vスタ』の狭い事務所に、みあの悲鳴が響き渡った。
萌え袖の手で握りしめたスマホの画面を見せに、みあが駆の元へ小走りで駆け寄ってくる。駆のトレンチコートの裾をキュッと掴み、涙目で差し出された画面を見ると、MeTubeとTwixの通知ポップアップが、文字通り滝のような勢いで下から上へと流れ続けていた。
「落ち着けみあ。画面が壊れたわけじゃない。通知が止まらないだけだ」
駆が落ち着いた手つきで、みあの頭にポンと手を乗せてなだめる。
その瞬間、みあは「ふぇ……っ」と情けない声を漏らし、耳まで真っ赤にして急におとなしくなった。胸の前でスマホを大事そうに抱え込み、上目遣いに駆を見上げる。
「で、でも……登録者数が、見たこともない数字になってて……私、どうしたら……」
「PV公開から一夜で、すずちゃんの登録者は六万人、蓮ちゃんは五万人突破〜。XのトレンドもまだVスタが独占中だよ。初速としては満点どころか、業界激震のバズり方だね」
デスクでパイプ椅子をギシギシと鳴らしながら、神代弦がエナジードリンクの缶を傾けた。
「ハッ……当たり前だろ。アタシのあのプレイ映像見たら、ぐうの音も出ねえよ」
ソファーに深く腰掛け、両脚を組んでいた蓮が、フンと鼻で笑ってみせた。
そっけない態度を取ってはいるものの、ジャージのポケットから出したスマホを片手に、その親指は凄まじい速度で画面をスクロールしている。
自分のPVのコメント欄——『立ち回りえぐすぎ』『格ゲー神か?』『口悪いけどプレイで黙らせてくるの最高』『煽りがクセになる』といった絶賛の声が一画面埋まるたびに、リロードボタンをタップ。何度も何度も評価を確認しては、満足そうに口角をニッと吊り上げているのを駆は見逃さなかった。
「おい蓮、口では興味なさそうな顔をしておいて、さっきからコメント欄を三秒おきにリロードしているぞ」
「〜〜〜っ! リロードなんかしてねえよ! アタシはタイムラインのノイズをチェックしてんだよバカ駆!」
図星を突かれた蓮は顔を真っ赤にして跳ね起き、スマホをジャージのポケットへ乱暴に突っ込んだ。
「あかぎさん、さっきすごく嬉しそうにニヤニヤしてましたよね……?」
みあが萌え袖で口元を隠し、チラリと蓮を見て小悪魔っぽく首を傾げる。
「誰がニヤニヤしてんだよチビ! ぶっ飛ばすぞ!」
「ひっ……! 織田さん、助けてください……!」
「蓮、みあを脅すな。……まあ、お前たちが自分の評価を気にするのは悪いことじゃない。だが、余韻に浸るのはここまでだ」
駆がノートPCの画面をクルリと一同に向けた。
「PVでのバズは、あくまで『存在を知らしめた』に過ぎない。この熱量が冷める前に、一気にファンを固定化させる。——今週末、あかぎ蓮の『初・単独配信』を行う」
「へっ、いよいよアタシの出番か」
蓮はソファーから立ち上がると、細い指の関節をポキポキと鳴らした。その瞳には、格闘ゲーマー特有のギラついた肉食獣の光が宿る。
「企画もコラボも要らねえ。アタシが配信でやることなんて一つだろ。オンラインに潜って、かかってくるクソゲーマーどもを全員ボコボコにして分からせてやる」
「ああ、その通りだ」
駆が力強く頷く。
「生配信の同接が数万人に膨れ上がろうと、スタイルを変える必要はない。お前のためにプロ仕様の防音室を用意したんだ。どんなに叫ぼうが、壁を叩こうが、台パンしようが絶対に音は漏れない。お前の部屋で、お前の本気をすべて叩きつけてこい」
「……ふん。言われなくても、アタシの暴言と神技でネットの連中を失神させてやるよ」
蓮は不敵に笑い、赤ジャージの袖を捲り上げた。
横にいたみあも、「あ、あかぎさん……がんばってください……!(ちょっと怖いですけど……)」と胸の前で小さく拳を握りしめて応援する。
「まあ、蓮ちゃんのあの殺気なら、リスナーも叩きのめされて喜ぶんじゃない? Mが多いからね、ネットの人間は」
弦がニヤニヤしながらヘッドホンを首にかけ直す。
「よし。神代は配信環境のバックアップを。俺は——」
駆が次なる指示を口にしようとした、その時だった。
ピロリロン、ピロリロン、と。
机の上に置いてあった駆の個人用スマートフォンが、唐突に甲高い着信音を鳴らして振動し始めた。
室内のはしゃいでいた空気が、ピタリと途切れる。
弦がチラリとディスプレイに目をやり、軽薄な笑みを消して眉をひそめた。
「ん? 駆、誰からだ? 登録されてない番号だけど……市外局番、東京だな」
「え……?」
みあもおどおどとした視線を駆へ向け、抱えていたスマホをギュッと胸に押し当てる。
蓮も腕を組んだまま、不審そうに駆のスマホ画面を覗き込んだ。
ディスプレイに表示されていたのは、連絡先に登録されていない、見知らぬ市外局番の電話番号だった。
「…………」
駆は無言のまま画面を見つめ、静かに息を吐き出す。
このタイミングで、個人用の番号にかかってくる不審な着信。
ディスプレイの青白い光が、駆のどこか冷ややかで鋭い瞳を怪しく照らし出していた。




