第12話:動揺
都心の一等地にそびえ立つ高層ビル。その一角を占める大手VTuber事務所『Live:CLOWN』の本社会議室は、早朝から重苦しい緊張感に包まれていた。
高級な革張りの椅子に腰掛けた幹部社員たちが、壁一面に設置された大型モニターを険しい表情で見つめている。
モニターに映し出されているのは、アナリティクス画面とリアルタイムで更新されるSNSのトレンド情報だった。
「……昨夜二十時に投稿された本動画ですが、現在も再生数の勢いが衰える兆候はありません」
マーケティング部門の責任者が、汗の浮かんだ額を拭いながらタブレットを操作する。
「投稿から僅か半日。二本の動画の合計再生数はすでに100万回を突破。コメント欄、高評価数ともに異常なエンゲージメント率を記録しています。さらに……」
責任者が画面を切り替えると、SNSのトレンドランキングが表示された。
1位:#Vスタ
2位:#音無すず
3位:#あかぎ蓮
4位:神がかった歌声
5位:リアルプロレベルの格ゲー
「一時間以上、トレンドのトップ3を独占し続けています。……新興の無名事務所『Vスタ』による、所属ライバーの紹介PVです」
幹部たちから、低いうめき声のような溜息が漏れた。
『Live:CLOWN』といえば、業界最大手として数十名の人気ライバーを抱え、VTuber界のトレンドを常に支配してきた絶対王者だ。その自負があるからこそ、突如として現れた「謎の新人二人」が起こしているこの異常事態を、誰も笑い飛ばすことができずにいた。
「……動画を再生しろ」
会議室の最奥に座る取締役が、重々しい声で命じた。
「はい」
責任者が操作すると、大型モニターに一本目のPV——『音無すず』の映像が流れた。
部屋の中に、繊細で美しいピアノの旋律と、おどおどとした少女の自己紹介セリフが響く。幹部の数人は「なんだ、ただの素人の初々しい動画か」と鼻で笑おうとした。
だが、直後——。
静寂を突き破って放たれた重厚なストリングスと、鳥肌が立つような高音の歌声。
「……っ!?」
笑みを浮かべていた幹部たちの顔が、一瞬で凍りついた。
圧倒的な歌唱力。聴く者の感情を揺さぶる、圧倒的な「本物」の美声。
「な……なんだこの歌声は……!? どこからこんな人材を掘り出してきた!?」
「素人じゃない……! 歌唱技術もそうだが、声の芯が違いすぎる……!」
幹部たちがざわめく中、間髪入れずに二本目のPV——『あかぎ蓮』の映像が再生された。
激しい重低音のロックサウンドに乗せて流れるのは、不敵で鋭い暴言と、画面狭しと展開されるハイスピードな格闘ゲームのプレイ映像。敵の攻撃を紙一重でかわし、完璧なフレーム精度で叩き込まれる超絶コンボ。
「馬鹿な……! このコンボ精度と立ち回り、格ゲー界のトッププロレベルだぞ!?」
「暴言キャラなのに、この圧倒的なプレイングの快感のせいでアンチすら叩けていない……! なんだこの魅せ方は……!?」
静まり返る会議室。
幹部たちは、モニターの中で圧倒的な輝きを放つ二人の新人に、完全に気圧されていた。
「ライバーの素質だけではない……」
音楽部門の責任者が、震える声で呟いた。
「このBGMのクオリティ……重厚なストリングスも、このロックのミキシングもプロ中のプロの仕業だ。手に職のある本物のクリエイターを連れてきている。それに、この二人の『真逆の魅力』を一本三分に凝縮して叩きつける、完璧なプロデュース……!」
「手に職のあるプロデューサー、か……」
社長が目を細め、腕を組んだ。
タレントを数合わせの集金パーツとして扱うのではなく、個の強みを極限まで尖らせて市場に叩きつける、完璧なプロデュース手法。
この無駄のない鋭利なやり口に、社長は強い既視感を覚えていた。
「……社長。この構成、見覚えがありませんか」
役員の一人が、恐る恐る声を潜めて呟いた。
「かつて我が社で数々のトップライバーを手掛けた……織田駆のやり方です」
「織田……?」
社長がピクリと眉を動かした。
「織田といえば……先月、一身上の都合で退職したはずだが」
その言葉が出た瞬間、社長の斜め後ろに座っていた男——新規事業統括部長の顔が、微かに引きつった。
統括部長は、タレントを『使い捨ての駒』としてしか見ない徹底した利益至上主義者だった。かつて、使い捨ての方針を巡って織田駆と激しい言い合いの末に衝突し、事実上、駆を会社から追い出した元凶である。
だが、優秀な駆を追い出したことが社長に知れれば自分の立場が危うくなるため、統括部長は情報操作を行い、社長には「織田は一身上の都合で自己都合退職した」と虚偽の報告を上げていたのだ。
「え、ええ……社長。織田は我が社のやり方に付いていけず、個人的な理由で辞めた男です」
統括部長は焦りを隠すように、早口で取り繕う。
「そんな落ちこぼれが、今更こんなボロ事務所で何ができるというのです! たまたま動画がバズっただけのラッキーパンチですよ!」
「……本当にそうか?」
社長の鋭い視線が、統括部長を射抜いた。
「たまたまでこれほどのPVが作れるわけがない。もしこれが織田の手によるものなら……我が社はとんでもない『本物の才能』を逃したことになるぞ」
「ひ……っ」
冷や汗を流す統括部長を無視し、社長はモニターの『Vスタ』のロゴを見つめた。
自分に上がっていた報告と、いま目の前で起きている現実の乖離。社長の胸中に、統括部長に対する深い疑惑と、かつて去っていった織田駆という男への強烈な警戒心が芽生え始めていた。
「……新規事業統括部。Vスタ……音無すず、あかぎ蓮、そして織田駆の動向をマークしろ。これが我が社への脅威となるか、見極める」
「は、はい……っ!」
使い捨ての道具として処理しようとした統括部長の焦りと、真実に気づき始めた社長の疑惑。
大手『Live:CLOWN』の内部に、織田駆が放った一本のPVが大きな亀裂を入れようとしていた。




