第11話:自己紹介PV
レコーディングが終わってから二日後。
神代弦のデスク周りは、エナジードリンクの空き缶とノイズキャンセリングヘッドホン、そして怪しく光る三台の大型モニターで埋め尽くされていた。
「……できたぞ。駆、みあちゃん、蓮ちゃん」
目の下にうっすらとクマを作った弦が、オフィスチェアごとぐるりと回転して手招きする。
「本当ですか……っ!?」
みあが萌え袖の手を胸の前でギュッと握りしめ、真っ先に駆け寄った。駆の真横にぴったりと張り付き、彼のトレンチコートの袖口を両手でしっかりとキープする。
蓮はジャージのポケットに手を突っ込み、少し離れた位置から「けっ、大げさなんだよ」と鼻で笑ってみせたが、その足はしっかりとモニターが見える位置へ歩み寄っていた。
「狭いな……おいチビ、ちょっと寄れ。見えねえだろ」
「ふえっ!? は、はいっ……すみません……!」
蓮に凄まじい目つきで睨まれ、みあはビクッと肩を跳ねさせて駆の背中へさらに縮こまる。
「蓮、そう威圧するな。……弦、流してくれ」
駆が落ち着いた声でなだめると、弦はニヤニヤしながら「あいよ〜」とキーボードのスペースキーを叩いた。
モニターの明かりがふっと落ち、静寂の中、真っ暗な画面にぽつんと『音無すず』のシルエットが浮かび上がる。
スピーカーから流れ出したのは、弦の手掛ける繊細で美しいピアノの旋律だった。
『あ、あの……はじめまして。音無すず……です。歌うことが……大好きです』
先ほど録音した、消え入りそうで、おどおどとしたみあの声。
その情けない自分の声を聞いた瞬間、みあは「ひゃんっ……!」と短く悲鳴を上げて顔を真っ赤にし、両手で顔を覆い隠した。
「うう……恥ずかしいです……! なんでこんな……声、震えて……!」
「黙って見てろ」
駆が短く告げる。
次の瞬間、ピアノの音がピタリと途切れ、一瞬の静寂が室内を支配した。
直後——重厚なストリングスと共に、鳥肌が立つような高音がスピーカーから爆発した。
画面の中で、すずのキャラクターが鮮やかに色づき、圧倒的な光を放ちながら歌い上げる。
さっきまでの自信なげな少女はどこにもいない。そこにいたのは、聴く者すべての心を激しく揺さぶる、唯一無二の「神がかった歌姫」だった。
「……っ!?」
蓮の息が止まった。
組んでいた腕が思わず解け、鋭い瞳が画面に釘付けになる。
(な……なんだよ、これ……っ!? あの弱っちいチビが……歌った瞬間、なんだこのバケモノみたいな存在感は……!?)
「すご……い……」
当の本人であるみあも、指の隙間からモニターを見つめたままぽかんと口を開けていた。
自分の声と歌が、弦の魔法のようなBGMと駆の計算し尽くされたカット割りによって、息をのむような美しい作品へと昇華されている。感動で瞳にみるみる涙が溢れ、みあは無意識に駆の服を強く握りしめた。
「織田さん……私、私……! 本当に、私なんですか……!?」
「そうだ。お前の中に元々あったものだ」
駆は振り返り、みあの頭にポンと手を乗せた。
「弦の音響と俺の映像は、それを引き出したに過ぎない。よく頑張ったな、みあ」
「ふぇ……っ、はい……っ!」
頭を撫でられ、みあは涙目を浮かべたまま耳まで真っ赤にして嬉しそうに破顔した。
「……チッ」
その二人のやり取りを横目で見た蓮の額に、微かな青筋が浮かぶ。胸の奥がキュッと締め付けられるような、不快なイライラ感が込み上げてきた。
(なーにプロデューサーに甘えてデレデレしてんだよアホが……! 歌がちょっと上手いからって調子に乗りやがって……!)
「さーて! 歌姫ちゃんの感動タイムの後は、お待ちかねの劇薬! 蓮ちゃんのPVいってみようか!」
弦がノリノリでキーボードを叩き、次の動画ファイルを再生する。
重低音のギターリフが、ボロアパートの床と空気を激しく振動させた。
『アタシはあかぎ蓮だ。甘っちょろいもん期待して見に来たらケガするぞ。……全員、ゲーム内で分からせてやる』
画面に躍り出たのは、鋭い眼光でコントローラーを握る『あかぎ蓮』のアバター。
直後、弦の激しいロックサウンドに合わせ、画面狭しとハイスピードな格闘ゲームのプレイ映像が展開される。
敵の攻撃を紙一重でかわし、フレーム単位の精密なコマンド入力から繰り出される超絶コンボ。相手の体力を一気に削り切り、画面にデカデカと踊る『VICTORY』の文字。
「……すご……」
みあが思わず涙を拭うのも忘れて呟いた。
ジャージ姿で乱暴な口調の蓮が、ゲーム画面の中では息をのむほど格好良く、圧倒的なヒーローに見えたのだ。
「へっ……まあ、悪くねえじゃん」
蓮は口角をニッと吊り上げ、鼻で笑ってみせた。
だが、その瞳には格闘ゲーマー特有のギラついた肉食獣のような光が宿り、興奮で指先がかすかに震えている。
「悪くねえ、どころじゃないねぇ」
弦がヘッドホンを首にかけ直し、ニヤニヤと蓮を見る。
「このコンボの爽快感と、蓮ちゃんのドスの効いた声の噛み合い方、完璧だよ。俺も曲作っててゾーンに入ったわ」
「フン、チャラ男の割にはいい仕事するじゃねえか」
「チャラ男言うな。一応、業界じゃ天才コンポーザーって呼ばれてんの!」
「自分で言うなキモい!」
ギャーギャーと軽口を叩き合う蓮と弦を見て、駆が静かに口を開いた。
「清楚な歌姫の神がかった美声と、狂犬ゲーマーの圧倒的な技量」
駆は二人を見比べ、力強く告げた。
「お前たち二人の才能は、どちらも本物だ。変に歩み寄る必要はない。そのままの個性を研ぎ澄ませて、Vスタの看板として世界をぶん殴るぞ」
「はいっ……! 織田さんとなら、私、どこまでも頑張れます!」
みあが胸の前で拳を握りしめ、駆の顔を見上げて強く頷く。
「ハッ、言われなくてもアタシが一番になってやるよ。あのチビの歌なんかより、アタシのプレイの方が何倍も魅力的だってことをな」
蓮もぷいっと横を向きつつ、不敵に笑って腕を組み直した。
「よし。公開は今夜二十時だ。——弦、セットアップを頼む」
「あいよ。ネットの連中を失神させてやるか」
ボロアパートの小さな一室で、ついに『Vスタ』の爆撃ボタンが押し込まれようとしていた。




