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三千界戦:起源  作者: 天上天下天地無双刀
1章 無極城編
34/35

第34話 始末

  えんの瞳が、激しく収縮した。


 宙に浮かされたまま、身体が硬直する。


 目を見開き、

 あの巨体が崩れ落ちる光景を、ただ見つめる。


 喉の奥から、壊れたような声が漏れた。


「……がん……おじ……」


 言葉は最後まで形にならない。


 その瞬間――


 ばんの指は、一切止まらなかった。


 むしろ、さらに冷たく。

 容赦なく、締め上げていく。


「ミシ……ミシ……」


 頭蓋が砕ける音が、連続して響く。熟れすぎた果実みたいな音だった。


 わずかに緩んだはずの恐怖が、

 再び――

 一瞬で、喉元まで締め上げられる。


  えんは、必死にもがいた。


 身体を振り乱し、声を引き裂く。


「か、がんおじはもう死んだだろ――ッ!!!」


「言われた通りにした!!」


「だから……だからやめろォォ――ッ!!!」


「なんでだよ!!!」


「なんで、放さねえんだァァァ――ッ!!!」


 ばんは、無表情のまま。


 五指が――ゆっくりと、締まっていく。


「――パキッ」


 その瞬間。


  えんの身体が、びくりと大きく震えた。


「お前らは、いつもそうだ」


「こういう状況になってから――ようやく問う」


「なぜ、とな」


 ――もう一度。


「パキッ」


 骨の砕ける音が、はっきりと響いた。


  えんの呼吸が、完全に乱れる。


 一瞬、固まった。


 まるで――


 何かに気づいたかのように。


 瞳が、激しく収縮する。


「……やめ……」


 喉が、締めつけられる。


「おまえ……おまえ……」


 身体を狂ったようにもがかせる。


 だが――びくとも動かない。


 完全に、押さえつけられている。


 それでも、ばんは止めなかった。


「思わないか」


「人間の一生で――」


  えんの視線が、次第に焦点を失っていく。


「最も本質に近い瞬間は」


「生きている時じゃない」


「――むしろ」


 ばんは、ゆっくりと視線を落とした。


 そのまま、 えんへと顔を寄せる。


 ほとんど触れ合うほどに近く。


 声は――極限まで抑えられていた。


「死の淵に立った、その時だ」


「――その一瞬こそが」


「人間の、本当の姿だ」


「……違うか?」


 ばんは手を持ち上げ、握っていた短刀をわずかに回した。


 冷たい刃面に、映り込む顔――


 血走った眼。


 すでに折れた鼻梁。


 砕けた歯。


 血の泡と混ざり、口の奥に詰まっている。


 顔面は押し潰され、原形を留めていなかった。


 それでも――


 はっきりと、刃の中に映っていた。


「パキッ」


 ばんの指は、なおも力を込める。


 指節が、頭蓋の隙間へと深く食い込んでいく。


 骨の砕ける音は、もはや乾いたものではない。


 じわりと湿り気を帯び、

 粘つくような音へと変わっていった。


 ぐち……ぐち……


 まるで、血に濡れた泥を指で掻き混ぜるような、

 生々しい感触が伝わる。


  えんの眼球が、痛みによって押し出されるように見開かれる。


 鼻血、涙、唾液が入り混じり、

 止めどなくがんを伝い落ちていった。


  えんは、完全に崩れ落ちた。


 必死に首を振り、血の海に倒れたがんりょうへと視線を向ける。


 喉は裂け、声はぼろ布のように掠れていた。


がんりょう……助けろ……!!」


がんのおじさん!!助けてくれェェ――!!!」


 だが――


 返事はない。


 巨体は動かず、

 転がった首は数歩先にある。


 断たれた首元からは、なお血が溢れ続けていた。


 雨が、その顔を洗い流す。


 かつて忠誠を宿していた表情は――

 すでに、ただの冷たい肉へと変わっていた。


 ばんが、淡々と口を開く。


 その声は低く、しかしはっきりと響いた。


「……そいつに縋るのか?」


「はは……」


「俺は、あいつを殺してねえぞ」


  えんの瞳に残っていたのは、もはや絶望と執念だけだった。


 残された力を振り絞り、

 血の中に横たわるがんりょうへと、喉を裂くように叫ぶ。


がんりょう――ッ!!助けろ!!」


がんのおじさん!!俺が悪かった!!助けてくれェェ――ッ!!!」


 だが――


 どれだけ叫ぼうと。


 がんりょうの亡骸は、ただ静かに横たわるだけ。


 雨に打たれ、

 断たれた首元から流れる血を、無言のまま流し続けていた。


 ぴくりとも、動かない。


 ばんの指は、なおも締め続ける。


 湿った音


 骨は完全に崩れ、形を失い、

 その感触は、もはや原形を留めていない。


 温かいものが、指の間から滲み、

 雨に混じって滴り落ちていった。


  えんの頭皮は、完全に形を失っていた。


 まるで、ゆっくりと握り潰された腐った西瓜のように。


 血とはくい脳漿が、眼窩、鼻孔、耳、口から同時に溢れ出し、

 顔を伝って、狂ったように流れ落ちていく。


 もはや、激しくもがくこともない。


 身体は、無意識の痙攣を残すのみ。


 涙も、鼻水も、血も、すべてが顔に貼りつき、

 口元はひくひくと引きつり続ける。


 そこから漏れるのは、途切れ途切れの――

 まるで幼子のような、かすかな呻き声だった。


 ――その瞬間。


 ちょうはくの瞳が、激しく収縮する。


 崩れ落ちる寸前だったその目に――


 突如、異様な赤い光が宿った。


 彼女は、勢いよく手を伸ばす。


 地面に落ちていた短刀を、掴み取った。


 その動きは――

 重傷の身とは思えないほど、鋭かった。


 次の瞬間。


 よろめきながら、

 そのまま えんへと飛びかかる!


 そして――

 握っていた短刀を、叩きつけるように突き立てた!


「ブシュッ!」


 刃が、肉へと沈み込む。


 すぐに引き抜き――

 再び、突き刺す!


「ブシュッ!」


 何度も。


 何度も。


 何度も。


 動きに規則はない。

 だが、その一撃一撃には、異様なほどの力がこもっていた。


 その手に、すべてを叩きつける。


 恐怖も、絶望も――何もかもを。


 血が跳ね、彼女の笑みを濡らした。

 雨と混じり、頬を伝って流れ落ちる。


 まるで、何も感じていないかのように。


 ただ、刺す。


 何度も、何度も。


 刃が、肉を貫くたび――

 鈍い裂ける音が、繰り返し響いた。


 口元が、ゆっくりと歪んでいく。


 崩れかけた笑み。


 そして――笑う。


「……はは……」


「ははは……はははは……」


 その笑いは、次第に鋭さを増し、

 狂気へと変わっていく。


「ざまあみろ……」


「ざまあみろッ!!!」


 声は掠れ、ほとんど裂けている。


 腕は、力の入れすぎで震えていた。


 それでも――


 止まらない。


「……強いんじゃなかったのかよ……」


「他人の絶望を見るのが、そんなに好きだったんだろ……」


「見てみろよ……」


「見てみろよォォ――ッ!!!」


「はははははは……ッ!!!」


 雨と血が、ぐちゃりと混ざり合う。


 短刀は、何度も、何度も振り下ろされる。


 だが――


 その力は、次第に弱まっていった。


 腕の震えが、はっきりと大きくなる。


 呼吸が、乱れ、荒くなる。


「は……はは……」


 笑いは、支えを失い、

 声そのものが震え始めた。


 そして――


 その笑いは、やがて。


 嗚咽へと、変わっていった。


 手から力が抜け、短刀が滑り落ちた。


 地面に当たり、かすかな音を立てる。


 彼女の指は、そのまま地を掴んだ。


 爪が石の隙間に食い込み、

 身体が、止めどなく震え始める。


 呼吸は荒く、乱れ、

 次第に制御を失っていく。


 押し殺していた感情が、完全に崩れ落ちた。


「……あ……」


「……あ……」


 声は砕け、形を成さない。


 彼女は、うつむいたまま。


 身体を小さく丸める。


 すすり泣きが、次第に強くなる。

 抑えきれず、溢れていく。


「……どうして……」


「どうして、こんなことに……」


「どうして……」


 言葉は途切れ途切れに、

 涙に遮られて崩れていった。


 彼女の額が、冷たい石へと触れる。


 もはや身体を支える力はなく、

 止まらない嗚咽だけが残っていた。


 全身を刺し貫かれた えんは、

 すでに目の光を失っている。


 唇だけが、かすかに震えた。


 ほとんど聞き取れない声で、

 人生の最後の言葉を、絞り出す。


「……ご……め……」


「……な……」


「……さ……」


 ばんに、情けは一切なかった。


 その五指が、容赦なく締め上げられる。


「――ブッ!!!」


 鈍く、凶暴な破裂音が炸裂した。


  えんの頭部が、ばんの掌の中で――完全に弾けた。


 熟れ切った果実を叩き潰したかのように、

 中身が一気に四方へと飛び散る。


 赤とはくが、激しい圧で噴き出した。


 血が噴き上がり、

 ばんの腕、胸元、そしてがんの半分を一瞬で染め上げる。


 粘ついたものが、指の隙間からどろりと流れ落ちた。


 支えを失った身体が、

 そのまま刑台へと叩きつけられる。


「ドン……」


 鈍い音が、雨の中に沈む。


 その躯は、なおわずかに痙攣していた。


 潰れた頭部からは。

 止めどなく血が溢れ続け、地面へと広がっていく。

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