第3話 《房中术》
「な、何があったのですか!?」
白髪の婦人の顔色が一変し、裾をつまんで内院へ駆け出した。三人の侍女も慌てて後に続く。
「お嬢様に何かあったのです!」
足音が長い廊下に轟き渡り、屋敷全体が、眠りを破られたように騒然となった。
「内院に異変あり!」
「侵入者だ!」
低く抑えた声が次々と飛び交う。
家兵たちが長戟を手に駆け寄り、甲冑の札がぶつかり合って硬い音を立てた。
使用人たちは慌てて道を開け、灯りが次々と点される。静まり返っていた深い屋敷は、瞬く間に物々しい空気に包まれた。
「すべての出入口を固めろ!」
「ただちに当主へ報告!」
命令が次々と伝えられ、ほどなくして寝室のある内院は厳重に包囲された。
侍女たちは戸口の前に控え、不安げに顔を見合わせている。
数名の家兵が左右に分かれ、長戟を交差させながら警戒の構えを取った。
空気が張り詰める。
「お嬢様?お部屋にいらっしゃいますか?」
白髪の婦人の声が戸越しに響いた。明らかな焦りが滲んでいる。
だが、室内は不気味なほど静まり返っていた。
燭火がかすかに揺れ、薄絹の帳が静かに垂れている。
そのわずかな間に——
万里はとっさに一歩で距離を詰め、背後から少女をきつく抱きすくめた。
左腕を肩越しに回し、右手で口と鼻を強く押さえつけ、そのまま彼女の体ごと扉へ押し付ける。
近い——!!
二人はほとんど密着するほどの距離で、互いの激しく乱れた鼓動がはっきりと伝わってきた。
少女の体がびくりと大きく震え、かすかな抵抗も、血にまみれた着ぐるみの腕に押さえ込まれてしまう。
戸の外から足音がさらに近づいてくる。
「お嬢様?どうかお返事を」
少女の睫毛が激しく震え、最初の驚愕は次第に羞恥と警戒へと変わっていった。
だが外の人声がさらに増えていくのを感じた瞬間、視線が扉にわずかに向けられる。状況を察したのか。
外ではすでに小声での相談が始まっている。
「様子がおかしい。先ほど確かに悲鳴が……」
「破る準備を」
足音が一歩、また一歩と前へ出る。
長戟の穂先がわずかに持ち上がり、戸が軋み始めた。
万里の額には、血と汗が混ざったものがびっしりとにじんでいた(いや、ガチで血なんだけど)。
彼は少女の口元を押さえていた手をぱっと離し、ほとんど息だけの声で耳元すれすれに囁いた。
「……頼む、あいつらを中に入れないでくれ。お願いだ」
少女の胸が激しく上下する。顔は耳まで真っ赤に染まり、言葉を探すように一瞬だけ沈黙した。
「だ……大丈夫です」
声は平静を装っていたが、明らかに震えている。
「ただ……部屋に入り込んだ虫に驚いてしまっただけです」
戸の外が、静まり返る。
どう考えても、納得できる理由ではなかった。
白髪の婦人の声がさらに低くなった。
「お嬢様、一度お顔を拝見させていただけますか。先ほどの音は……ただ事ではございません」
護衛の一人が低く進言する。
「念のため中を確認すべきかと」
足音がさらに前へ。
長戟がわずかに構え直され、戸に圧がかかり始める。
万里は半ば錯乱しながら室内を見回す——屏風、香炉、銅鏡……どう見ても、この二メートル近い血まみれのアライグマを隠せる場所などない。
そのとき。
視線が壁際の棚に釘付けになった。
木枠に斜めに立て掛けられた古書の表紙に、三文字がかすかに浮かび上がる。
『房中術』
その瞬間、万里の脳は、どこかの小学生探偵に麻酔銃でも撃たれたかのように、思考が止まった
……この子、もうこんな本読んでるのかよ!?
その瞬間、万里の目がカッと見開かれた。少女の顎に手を添え、強引に本の方へ向けると、必死の形相で何度も指差した。
少女は一瞬ぽかんとした後、表紙の文字を理解した途端、顔の赤みが一気に濃くなり、耳の先から首筋まで熱が一気に駆け上がった。
ぶんぶんと必死に首を振り、「む……むむっ!」と声にならない声を漏らす。羞恥のあまり、そのまま気を失いそうなほど、顔は真っ赤に染まっていた。
万里はさらに腕に力を込め、必死に本を指し示す。着ぐるみ越しでも分かるほど、その目は、冗談の欠片もないほど真剣だった。
外ではすでに家兵たちが突入の構えを取っている。
「準備——」
戸が破られようとした、その時。
「お待ちください——!!!」
少女はほとんど全身の力を振り絞るように叫んだ。
外の動きがぴたりと止まる。
白髪の婦人が慌てて問いかける。
「お嬢様!?ご無事でございますか!」
少女の呼吸は荒く、胸が大きく上下している。衣を握る指先も震えていた。
目を固く閉じ、半ばやけになったように叫ぶ。
「さ、先ほどのは……私の嘘です!」
外が完全に静まり返る。
涙声になりながらも、必死に声を張り上げる。
「じ、実は……私は……近く袁家に嫁ぐことになっており……」
「そ、その……」
「房中……」
「房中術の練習をしていたのですっ!!」
言い終えた瞬間、内院は針の落ちる音さえ聞こえそうなほど静まり返った。
少女自身も固まり、羞恥のあまり今にも倒れそうになっている。
外の者たちも明らかに言葉を失っていた。
数秒後。
遠慮がちな囁き声が漏れ始める。
「お嬢様が……房中術を?」
「そ、その……ご年頃でございますし……」
「た、確かに必要なことでは……」
少女の顔がさらに赤くなる。
「黙りなさい!!」
声が羞恥と怒りで裏返り、ほとんど泣きながら叫ぶ。
「こ、この件について口にした者は——斬る!!」
「二度と話題にするな——斬る!!」
「とにかく!斬る!斬る!斬る——!!」
外は瞬時に水を打ったように静まり返った。
誰も一言も発しない。
白髪の婦人が小さく咳払いし、厳しい声で告げる。
「お嬢様のご命令です。——全員、下がりなさい」
足音が再び遠ざかっていく。
だが来た時よりも、明らかに慎重で静かだった。
やがて内院は再び静寂を取り戻す。
遠くで、かすかに甲冑の札が触れ合う音だけが微かに残っていた。




