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三千界戦:起源  作者: 天上天下天地無双刀
1章 無極城編
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第21話 煞

 見張り台の入口には、いつの間にか二つの人影が立っている。


 一人は雪のように白い髪。

 肌は病的なほどに青白く、目尻にはひと粒の泪痣が妖しく浮かんでいた。


 紫金の長衣が風に揺れ、妖艶な雰囲気を纏っていた。


 もう一人はがっしりとした体躯。

 肩幅は広く、黒い髭をたくわえ、厳めしい表情のまま腕を組んでいる。

 そこに立っているだけで、揺るぎない壁のような威圧感を放っていた。


 しんげんの表情が一瞬で冷え切り、低く問いかける。


「ここは軍事の要地だ。勝手に立ち入るとは、どういうつもりか!」


 ばんは口を開かなかった。

 その視線は、二人の男へと釘付けになっている。


 胸の奥に、これまでにない強烈な違和感が広がった。


 彼らが声を発する、その直前まで――

 自分は、二人の気配を……まるで感じ取れていなかった。


 妖しげな男が、わずかに首を傾ける。


 ゆるりと口角が吊り上がる。

 その笑みは、陰鬱で冷ややかだった。


 妖しげな男は、ゆるりと片手を持ち上げ、掌を外へ向けた。

 敵意がないことを示す仕草だった。


「そう警戒なさらず」


 その声は終始落ち着き払っており、どこか気だるげな余裕すら漂わせていた。


「私は、別に事を構える気はありませんよ」


 泪痣を宿したその双眸が、細められる。


と申しまっす」


 彼は一歩だけ身を引いた。


「こちらは、私の護衛だ」


 傍らに立つ、屈強な体つきの中年の男は、相変わらず目を閉じたまま、微動だにしない。


 低く、揺るぎのない声が響く。


じょえい


 しんげんの視線が鋭さを帯びる。


 じょえい……


 いずれも董卓配下の将のはずだ。


しんげん


「無極城を任されている者だ」


 彼は軽く身を引き、隣へ視線を向ける。


「こちらは、護衛のばん


 ばんは形ばかりに頷いた。

 しかし、その視線は終始、二人を捉えたままだった。


 空気に漂う違和感は、依然として消えていなかった。


 しんげんは改めて本題へと話を戻す。


 その表情は厳しい。


「先ほど貴殿が口にした――」



「それは一体、何なのだ?」


 の視線は、城壁の向こうから迫り来る一団へと移った。


「あれは軍ではない」


「生者でもない」


 その声音は、終始落ち着いていた。


気に引き戻された成れの果てに過ぎぬ」


「人は死ねば、本来、三魂七魄は静寂へと帰する」


 は指を伸ばし、軽く自らのこめかみを叩いた。


「だが、執念が一線を越えた時、それは精神を侵す」


「そして反転して――」


「肉体を強化する」


「それが――だ」


 ばんの表情が、ふいにぱっと明るくなった。


 右手を握り、勢いよく左の掌へ叩きつける。


「おお、なるほどな!」


「ゾンビってことか!」


 の口元に浮かんでいた笑みが、一瞬だけ固まった。


 その顔に、珍しく言葉を失ったような気配が浮かぶ。


「……


 ばんは自信満々に頷く。


「うん、ゾンビ」


 のこめかみが、ぴくりとわずかに跳ねた。


だ」


 ばんは一歩も引かない。


「ゾンビ」


 の声色は変わらぬまま、どこか危うさを帯び始める。



 ばんは腕を組み、「分かっている」と言わんばかりの表情を浮かべる。


「ゾ〜ンビ」


 は目を細めた。



「ゾンビ」



「ゾンビ」


 しんげんじょえいは、ほぼ同時に拳を振るった。


 それぞれの隣に立つ人物の頭へ、寸分違わず叩き込まれる。


「ゴチンッ!」


「あっ」


「ぐっ」


 ばんはそろって頭を押さえ、言い争いを止めた。


 しんげんは拳を引き、何事もなかったかのように表情を整える。


「話を続けていただこう」


 は軽くこめかみを揉み、先ほど途切れた思考を整理するかのように目を細めた。


 やがて、あの掴みどころのない笑みが再び口元に浮かぶ。


「さて――の話だ」


 彼は身を翻し、城外からゆっくりと迫り来る一団へ視線を向ける。


は、十段階に分かれている」


「一段上がるごとに、肉体の制限がさらに解き放たれていく」


「力、速度、そして回復能力――いずれも強化される」


 その口調は、相変わらず穏やかだった。


「だが、その代償として、思考はじょ々に侵食されていく」


が三層に達した時点で、人としての意識が蝕まれ始める」


「五層を超えれば――」


「多くの者は、もはや理性を保てなくなる」


「残るのは、戦うという本能のみだ」


 は遠方に立ち込める黒煙へと目を向けた。


「それが、いわゆる――身」


「六層以上については――」


 彼は小さく首を振る。


「記録はほとんど残っていない」


「異変が生じるとも言われている」


「あるいは、もはや人とは呼べぬ存在になるとも」


 は淡々とした口調で続ける。


「十層が実在するかどうかについては――」


「未だ定かではない」


 ばんは眉を寄せ、思案する。


「ということは……さっきの呂布も、ってことか?」


「あれ、史実に伝わる呂布より、ずっと強かったぞ」


 は静かに首を横に振った。


「先ほどの戦いは、私も見ていた」


「だが、呂布はまだには至っていない」


 その瞬間、ばんの表情がすっと冷えた。


 横目でを睨む。


「へえ」


「見ていたのに助けもしないとはな。あんたも、大した善人じゃなさそうだ」


 するとは、かえって朗らかに笑った。


「乱世にあって、自らの身を守れるだけでも、すでに全力を尽くしていると言えるだろう」


 ばんは不満げに「ちっ」と舌打ちした。

 ……正論だ。


 は気に留める様子もなく、続けた。


と化した者の左眼の瞳には――」


「層を示す眼が現れる」


 そう言いながら、彼は軽く手を振り、じょえいへ視線を向けるよう促した。


 一同の視線が同時に集まる。


 じょえいの右眼は、常人と変わらぬ。


 だが、左眼――


 その瞳の奥に、はっきりと一つの符号が浮かび上がっていた。


 Ⅲ。


 ばんの胸がざわりと揺れた。


 その形は――


 どう見ても、ローマ数字にしか見えない。


 好奇心が、あっさりと危機感を上回った。


 ばんは一歩で間合いを詰める。


 手を伸ばし、じょえいの左のまぶたを軽く持ち上げると、顔をぐっと近づけて覗き込んだ。


 やはり、ローマ数字のⅢだ。


 顎に手を当て、一秒ほど考え込むと、誰も予想していなかった問いを口にした。


じょえいじょえい


「まだ人間らしさ、残ってるのか?」


 じょえいは答えなかった。


 ただ、わずかに視線を落とす。


 その目には、あからさまな軽蔑が浮かんでいた。


 ばんは納得したように頷く。


「なるほど」


 ばんは、質問を変えた。


「じゃあさ――」


「色気のある年上の女」

「それとも、若くて張りのある娘」

「どっちが好みだ?」


 空気が、一瞬だけ止まった。


 じょえいは答えなかった。


 重い間が流れた。


 あまりにも長く。しんげんでさえ、この問いがあまりに突拍子もないのではないかと疑い始めるほどに。


「前者」


 しんげん:「……」


 :「……」


 まさか――


 本当に答えるとは、思ってもいなかった。


 ばんは真面目な顔で頷いた。


 そして、妙に真面目な顔でじょえいの手をしっかりと握る。


「同じ趣味みたいだな――仲間じゃねえか」


 空気が、ふいに静まり返った。


 ほぼ同時に、全員があることに気づく。


 じょえいの左眼は、すでに確認できている。


 だが――


 の目は、姿を現してからずっと、わずかに細められたままだった。


 ほとんど完全に開かれることはなく、その奥に何が刻まれているのか、誰にも分からない。


 ばんの視線が、ゆっくりとへ移る。


 その口調は軽いが、どこか探るようでもあった。


「そういえば」


先生の目、さっきから一度もちゃんと開いてないよな?」


 は相変わらず余裕の笑みを浮かべたまま、軽く息をつく。


「おやおや、私はただ目が細いだけなのですが。まさか疑念を抱かれてしまうとは」


ばん公子がそこまで気にされるのであれば――」


 言い終わるよりも先に、


 彼は静かに双眸を開いた。


 その瞬間。


 その場の誰もが、思わず息を呑んだ。


 瞳は、深く沈んだような濃い藍色。


 まるで夜の海の底のように、静かで、その奥を窺い知ることはできない。


 そこに刻印はない。


 の気配もない。


 その双眸には、ただ底知れぬ静寂だけが宿っていた。


 しんげんは思考を収め、話題を目前の危機へと引き戻す。


「失礼いたした、先生」


の存在をご存じであれば、どう迎え撃つべきか、ご見解を伺いたい」


 は、すぐには答えなかった。


 ただ、相変わらず細めた目のまま、遠方から迫り続ける黒い影を見据えている。


 沈黙が落ちた。


「どうした」


 は、なおも口を開かない。


 しんげんの声音に、わずかに焦りが滲む。


先生?」


「なぜ黙しておられる」


 しばしの間の後。


 は小さく息を吐いた。


「この件――簡単ではございません」


しん公子は才覚に優れておられる」


「しかし、兵を率いて戦うことに関しては、いささか経験が足りませぬ」


 その声音は終始穏やかでありながら、遠慮というものを感じさせなかった。


「まして相手は


「通常の軍陣が通用するとは限りませぬ」


 はわずかに手を上げた。


「一案がございます」


 しんげんは彼へ視線を向ける。


「申せ」


 は静かな口調で続けた。


「無極城の正規軍の兵権を、一時お借りしたい」


「あわせて、民兵の編成も必要となります」


を退けた後、兵権はすべてお返しいたします」


「その折には、報酬として五千銭、そして糧食三百石を賜れれば十分」


 提示された条件は、決して過分なものには聞こえなかった。


 むしろ、抑制的ですらある。


 しんげんは沈黙したまま、視線を落とす。


 兵権……


 それは、軽々しく委ねてよいものではない。


 ましてや、相手の素性はまだ完全には明らかではない。


 もしこの者に不穏な企みがあれば――まさしく狼を家に招き入れるようなものだ。


 そう思い至り、しんげんは改めてを観察した。


 その眼差しには揺らぎがなく、言葉は淡々としている。

 語り口も終始沈着で、動いているのは、ゆるやかに揺れる羽扇だけだ。

 これほどの佇まいで嘘を語る者を、彼は見たことがなかった。

 少なくとも、虚言を弄しているようには見えなかった。


 は、彼の逡巡をすでに見抜いていたかのように、


 穏やかに言葉を添える。


ばん


「そなたには、さらに優先すべき用件があるのではないか?」


 その視線が、わずかにばんへと向けられる。


「兵権を私が預かれば」


ばんは心置きなく白巾賊の行方を追える」


「そうすれば――」


「両方とも対処できる」


 しんげんは顔を上げた。


 その瞳には、すでに決意の色が宿っている。


 短い沈黙ののち、彼は頷いた。


「……よかろう」


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