第98話:神域の攻防(4)――神話の激突(天界・精霊・古龍編)
魔界と冥界の王たちによる理不尽なコンボ攻撃によって消滅した「クラス・オメガ」。
しかし、世界のシステムは異常なまでの執念で、自らのリミッターを完全に解除した。
空のひび割れから漏れ出したのは、純白で神聖な、絶対零度よりも冷酷な光。
それは巨大な「多面体の結晶」へと姿を変え、はざま村の上空に静かに鎮座した。原初の裁定者・最終形態【世界初期化の理】である。
『……最終プロトコル。対象座標の概念そのものを白紙化する。……執行』
結晶がまばゆく輝いた瞬間、猛吹雪の音も、風の冷たさも、すべての物理現象が停止した。
放たれたのは破壊エネルギーではない。「はざま村」という存在そのものを、世界というキャンバスから消しゴムで擦り消すような、無音にして絶対の波紋だった。
「くっ……体が……透けて……!?」
アレンやガストンたち定命の者が、己の手を見て愕然とする。彼らの存在確率が、強制的にゼロへと書き換えられようとしていた。
「あらあら、困った子たちね。……せっかくソラくんが帰ってくるまでにお昼寝しておこうと思ったのに、これじゃ落ち着いておはぎも食べられないわ」
「ええ、全くです。……この村の『神聖な温泉』の秩序を脅かすなんて、世界のシステムだろうと私が許しません」
消滅の波紋の前に歩み出たのは、二人の美しい女性。
一人は、ソラを転生させた女神ユウナ。もう一人は、元・世界の秩序の守り手にして、現在ははざま村の温泉保安官である天使エリエル。
二人の背中に、天界の最高位を示す神々しい光の翼が広がる。
「「展開! 【神界最高位防壁・絶対聖域】!!」」
ユウナとエリエルが両手をかざすと、天界の門そのものを具現化したかのような巨大な光の盾が出現した。
白紙化の波紋が盾に激突し、バチバチと世界そのものが軋む音を立てる。神話の時代ですら使われることのなかった最高峰の防壁が、システムの放つ概念消去をギリギリで押し留めた。
『……エラー。神格エネルギーによる干渉を検知。……防壁の突破まで、残り12秒』
多面体の結晶がさらに輝きを増し、ユウナたちの光の盾にピキピキと亀裂が走り始める。
「ふふっ、12秒もあれば十分よ。……ねえ、エリュシオン? いつまでそこで髪の毛の潤いを気にしてるつもり?」
ユウナが背後を振り返ると、そこには優雅に銀髪をかき上げる精霊王の姿があった。
「……愚かなシステムよ。貴様の演算には、致命的に潤いが足りていない」
エリュシオンが一歩前に出る。その足元から咲き乱れた百合の花が、一瞬にして氷の結晶へと変わる。
「我が至高のナノミスト……その真髄、とくと味わうが良い」
「ピピピッ!(……私も行きます! ソラ様の池を荒らす者は、私の水流に沈め! 受けなさい、『始原の大海嘯』!!)」
同時に、池から勢いよく飛び出してきたのは、青い小竜の姿をした魚のピピさん(元リヴァイアサン)。
彼女が小さな口を大きく開けた瞬間、上空の空間が割れ、本物の海が丸ごと出現した。
数万トンという規模の超高圧の神聖水が、巨大な津波となって結晶体へと襲いかかる。
「……凍れ。我が至高の潤いをもって、世界を止める。『精霊奥義・絶対零度の氷牙』!!」
エリュシオンが指を鳴らす。
彼の極限の魔力が大海嘯に直撃した瞬間、数万トンの激流がそのまま超巨大な氷の牙へと変貌した。
それは物理的な破壊力と、精霊界の究極の冷気を併せ持つ、美しくも恐ろしい神話の一撃。
「いっけええええっ!!」
アレンたちが叫ぶ中、氷の牙が結晶体の装甲に深々と突き刺さり、システムの演算処理を強制的にフリーズさせた。
『……警告。超低温により、論理回路の70%が停止。……自己修復プロセスを——』
「ポポポッ!!(……遅い! カマドの火を舐めるな! 我の全力、とくと味わえ! 『終焉龍王の極焔』!!)」
システムの自己修復が完了するより早く、リビングの『カマドさん』の上から赤い閃光が飛び出した。
手のひらサイズの赤いトカゲ、アカさん(元古龍イグニール・ヴォルガ)である。
彼もまた、己のリミッターを解除していた。
小さな口から放たれたのは、ソラを気遣って一兆分の一に圧縮していた火炎ではない。世界を終わらせるために存在する、純度100%の『終焉の焔』。
真紅の極太レーザーが、エリュシオンの作り出した巨大な氷の牙に真っ直ぐに直撃する。
「なっ!? アカさん、味方の氷を溶かしてどうするんだ!」
ガストンが驚愕するが、それは緻密に計算された神話の交差だった。
絶対零度の氷の内部に、終焉の焔が打ち込まれる。
極限の「冷気」と「熱気」が衝突したことで、氷の牙の内部で超臨界爆発が発生した。
空間そのものを焼き尽くすプラズマの嵐が、結晶体の内側から弾け飛ぶ!
『……致命的エラー! 装甲融解……! 内部コア、露出……!』
ついに、無敵を誇った最終形態の装甲が砕け散り、その中心にある世界のバグ修正コアが剥き出しになった。
「今ですわ! あのコアを破壊すれば終わります!」
プリシラ姫が叫ぶ。
しかし、コアが露出した状態のシステムは、生存本能に似た恐るべき演算速度を見せた。
『……全属性攻撃の学習完了。
……勇者の剣撃、魔王の重力、精霊の氷、古龍の炎。すべてに対抗する最適化防壁を再構築。……これより先の攻撃は、一切無効化されます』
コアの周囲に、あらゆる属性を相殺する完全論理防壁が展開される。
アレンたちが息を呑んだ。論理的に計算し尽くされたその盾は、いかなる強大な力でも突破できない「正解」そのものだった。
「どうする!? これじゃ手出しができねえ!」
アレンが焦燥に駆られた、その時。
「あ、あわわわ! 私も、私もやりますぅぅっ!!」
後方から、箒を持ったまま猛ダッシュで駆け出してきたのは、掃除見習いのミナ(新人女神)だった。
「ミナ! 駄目よ、今のあいつは完全に計算し尽くしているわ!」
ユウナが止めるが、ミナの足は止まらない。いや、雪に足を取られて「止まれなく」なっていた。
「わあぁぁっ! つ、つまずきましたぁぁっ!!」
ド派手に転んだミナの手から、無数の『神罰の巻物』が空に向かってばら撒かれた。
「あわわ、申し訳ありませんっ! 神罰、全部いっぺんに行きますぅ!」
ミナがパニック状態で発動させた魔法。
それは、雷、隕石、猛毒、さらには「対象の体力を全回復するヒール」や「対象の頭上に綺麗なお花畑を咲かせるビーム」など、およそ戦闘とは無縁のものがランダムに混ざり合った、【論理的整合性が全くないカオス神罰】だった。
『……迎撃演算を開始。
……対象魔法:雷撃。防壁構築。
……対象魔法:回復? なぜ回復? 矛盾を検知。
……対象魔法:頭上にお花畑? 意味不明。意味不明。論理的解釈が、不可能——!!』
完璧な論理で動く裁定者のシステムにとって、ミナのドジっ子ゆえの支離滅裂な攻撃は、完全なノイズ(ゼロ除算)だった。
防壁がどちらの属性に対応していいか分からず、激しく明滅を繰り返す。
「……計算が狂ったわ! 今よ!!」
リーナが叫ぶ。
『……エラー! エラー!! 演算回路、完全崩壊……!!』
ミナのカオス神罰をまともに浴びたコアは、ショートしたように火花を散らし、激しく明滅した。
システムとしての論理を破壊された裁定者は、ついに狂乱状態へと陥る。
『……論理構築、不可。理解、不能。
……対象領域の修正プログラムを放棄。
……これより、保有する全エネルギーを解放し、自爆シークエンスへ移行。この次元ごと、すべてを無へ帰還させる』
結晶体のコアが、不気味な赤黒い光を放ち始めた。
それは防ぐことも逃げることもできない、完全なる世界の自爆。天界の女神も、冥界の王も、誰もがその絶望的な質量の前に立ち尽くした。
「……ここまでか」
アレンが、力なく聖剣を下ろす。
誰もが死を、いや存在の消滅を覚悟したその時だった。
「……ポコポコッ!。(ふはははは! 待ちわびたぞ、この時を!!)」
庭の片隅。
雪に半分埋もれていた茶色い壺の蓋が、突如としてバカッと勢いよく開いた。
「(……貴様のその絶望的なエネルギー、我が最高の発酵の糧にしてくれるわ!!)」
世界が終わりを迎える寸前、はざま村の庭で『究極の旨味神(ぬか床さん)』が、高らかに産声を上げた。
読んでいただきありがとうございます!
第98話、天界・精霊・古龍を巻き込んだ、はざま村最終防衛線をお届けしました。
エリュシオンとアカさんの神話級コンボや、ミナの「論理を破壊するお花畑ビーム」でシステムを追い詰めたものの、まさかの世界ごと自爆シークエンスへ……。
誰もが消滅を覚悟したその瞬間、まさか庭の片隅で眠っていたあの壺が産声を上げるとは、アレンも予想していなかったと思います(笑)。
自爆エネルギーで発酵するぬか床さん、一体どんな旨味成分に進化してしまうのか……。
「ぬか床さん、たくましすぎる」「ミナのお花畑ビーム浴びたい」「ソラくん、お醤油持って早く戻ってきて!」と思ってくださった方は、
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