第97話:神域の攻防(3)――魔界と冥界の玉座(闇の絶対防衛線編)
アレンの『聖剣奥義・極光一閃』によって完全に破壊されたかに見えた原初の裁定者。
しかし、砕け散った黄金の装甲の奥から現れたのは、世界のバグを強制消去するための純粋なエネルギー体――【クラス・オメガ】に指定された、禍々しい漆黒の球体だった。
『……次元消滅プロトコル、開始。対象座標を中心とした半径500kmの空間を、虚数領域へと隔離・破棄する』
漆黒の球体が脈動し、周囲の空間がガラスのようにメリメリと音を立てて削り取られ始める。猛吹雪すらもその球体に吸い込まれ、完全な無へと変換されていく。
「くっ、アレン、下がれ! あれに触れたら、存在ごと消し飛ばされるぞ!」
ガストンが大剣で雪を削りながら叫び、前衛陣がたまらず後退する。
だが、その圧倒的な無の引力に向かって、真っ向から立ちはだかる四つの影があった。
「ガウッ! ガウッ!!(……ここから先は一歩も踏み入らせないぜ! ご主人の大切な宝物(庭)に、お前の穢れた無なんか触れさせるか!!)」
先陣を切ったのは、村の番犬ポチだった。
普段はソラに撫でられて尻尾を振っている三つ首の犬だが、彼の中には冥界の門を護るケルベロスの誇りが宿っている。
ポチの体がドクンと膨張し、本来の巨大な魔獣の姿へと変貌する。三つの顎から同時に漏れ出すのは、かつて冥界の罪人たちを焼き尽くした地獄の業火。
「ガァァァァッ!! 『三極・煉獄の咆哮』!!」
ポチの放った三色の業火が、漆黒の球体が広げようとする虚数領域の境界線に激突する。無を焼き尽くすほどの熱量が、裁定者の空間浸食を強引に押し留めた。
『……エラー。規格外の熱量を検知。空間の削り取りが遅延……』
「あら、たかがシステム風情が、ポチごときに手間取ってどうしますの?」
ポチが抑え込んだ球体の側面に、優雅な足取りで近づく漆黒のドレス姿。
元魔王軍第一軍団長にして、現在ははざま村の最強の洗濯係であるベアトリクスだ。
「ゼノン様とソラ様が寛ぐための『神域のこたつ』……。あの温もりを奪おうとするなど、家事担当の私が許しませんわ。それに——」
ベアトリクスの瞳に、暗い情熱の炎が宿る。
「うちのゼノン様の美しい毛並み(ハムスター姿)に、そんな無粋な魔力を向けるなんて……万死に値しますわ!!」
彼女は、ソラから借りた『創世のサンダル』で地面を強く踏み込んだ。
ドンッ! という音と共に、彼女の足元から泥汚れどころか運気の澱みすら浄化する概念ステップの波紋が広がる。
そして、彼女の手に握られた『絶望の鎌(物干し竿)』が、禍々しい紫色のオーラを纏った。
「消えなさい! 『絶望の鎌・次元洗濯斬り(ディメンション・ウォッシュ・スラッシュ)』!!」
ベアトリクスが物干し竿を振り抜いた瞬間、空間そのものが布のように切り裂かれ、裁定者の漆黒の球体に深い亀裂が走る。
『……警告。空間構造の維持が困難。これ以上の戦闘は——』
「……ニャア。(……騒がしい。永遠の死の眠りを与えよう)」
「……チチチッ!(……我が清掃道を阻む者、深淵の闇に沈むが良い!)」
空間が切り裂かれた漆黒の球体の真上に、いつの間にか二匹の小動物が立っていた。
艶やかな毛並みの黒猫と、ミニ竹箒を構えた黄金のハムスター(チッチさん)。
裁定者が迎撃の光線を放とうとした、その瞬間。
二匹の背後に、はざま村の空を覆い尽くすほどの、巨大で恐ろしい幻影が立ち上った。
一つは、玉座に座り、万物を死へと誘う『冥界王ハデス』の冷徹な姿。
もう一つは、世界を恐怖で支配し、圧倒的な力で君臨した『真の魔王ゼノン』の禍々しいシルエット。
アレンたち定命の者たちが、そのあまりのプレッシャーに息を呑む。
かつて世界を滅ぼしかけた二大巨頭が、今、完全に足並みを揃えてシステムへと牙を剥いていた。
「(……あの男の膝の上は、冥界の玉座よりも安定しておる。……その極上の安眠を奪う輩は、例外なく死だ)」
クロさんの金色の瞳が、残酷な光を放つ。
「(……我が愛する『掃除道』。そして、ソラ殿が配合した『特製重曹水』の浸透圧……。我が玉座をバグと呼ぶ罪、己の存在消滅をもって贖え!)」
チッチさんが、ハムスターの短い両手を天へと掲げた。
「「我らが玉座を脅かす罪、万死に値する!!」」
神のシステムに対する、闇の王たちの死刑宣告。
「……沈め。『深淵の重圧』!!」
チッチさんが放ったのは、空間の質量そのものを無限大に書き換える重力魔法。それは彼が日々、床のしつこい汚れを落とすために研究した浸透圧の究極系であった。
裁定者の漆黒の球体が、ミシミシと音を立てて一気に圧縮されていく。
「……そして、眠れ。『冥界の誘い(ハデス・インバイト)』!!」
クロさんが前足を一振りする。
重力によって逃げ場を失った球体の中心核に、魂の概念そのものを刈り取る絶対死の魔法が突き刺さった。
『……エラー。エラー。
質量崩壊。概念の死を検知。
……プロトコル、維持、不可能——』
原初の裁定者であった漆黒の球体は、二人の闇の王の理不尽極まりないコンボ攻撃の前に、限界まで圧縮され——そして、音もなくシュンッと空間から消滅した。
「……チチッ。(少し、やりすぎたか?)」
チッチさんが背後の巨大な幻影をしまい、元の可愛いハムスターの姿に戻って額の汗(?)を拭う。
「……ニャア。(ま、いっか。これでまた、平和な昼寝ができる)」
クロさんも欠伸をして、尻尾をパタンと揺らした。
ポチが誇らしげに鼻を鳴らし、ベアトリクスが「ゼノン様、お怪我はありませんか!」と駆け寄っていく。
「す、すげえ……。あれが、本気の魔王と冥界王……!」
ガストンが震える声で呟き、アレンも安堵の息を吐きかけた。
——しかし。
彼らは「世界のシステム」の執念を甘く見ていた。
ピキッ……。
空気が凍りつくような音が響いた。
消滅したはずの空間の歪みから、今までとは比べ物にならない、純白で神聖な、しかしどこまでも冷酷な光が漏れ出し始めたのだ。
『……最終プロトコルへの移行を確認。
……全制限解除。
……対象領域【はざま村】への、超弩級・神罰投下プロセスを開始します』
空のひび割れがさらに広がり、天界の最高神すらも恐れる理の結晶が、その全貌を現そうとしていた。
それを見た瞬間、静かに観戦していたハクさんが、その白亜の瞳にわずかな警告の光を点滅させた。
『……計測限界ヲ突破。コレハ……天界、精霊界、海脈ノ全テヲ総動員シナケレバ、防ゲマセンネ』
定命の者たちの意地、闇の王たちの力をもってしても届かない最終形態。
その絶望の前に、いよいよ神話の生き証人たちが立ち上がる。
読んでいただきありがとうございます!
第97話、はざま村お留守番防衛戦・闇の王コンボ編をお届けしました。
こたつとお餅の平和を守るため、ついに本気を隠しきれなくなったチッチさんとクロさん。
重力魔法の正体が床掃除の浸透圧の究極系なのが、さすがはざま村の住人です(笑)。
裁定者を完全に消滅させたと思いきや、まさかの制限解除で超弩級・神罰投下プロセスが始動。これにはハクさんも警告モードに……!
「魔王と冥界王のコンボ格好よすぎる!」「ハクさん、全自動で迎撃して!」「ソラくん、お醤油はまだですか!?」と思った方は、
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