第94話:こたつ迷宮の白い奇跡――神聖お餅と、至高の醤油焼き
外の世界では、空間を切り裂くような猛吹雪が吹き荒れていたが、はざま村のログハウス内は、今日も平和(という名の絶対怠惰)に支配されていた。
部屋の中央に鎮座する『神域のこたつ(ブラックホール仕様)』に、村の最高戦力たちが綺麗に収納されている。
「……あふぅ。みかんも美味しいですけど、冬といえば、やっぱり温かいお餅が食べたくなりますねぇ」
ソラが、はんてんの袖から顔だけを出して、のんびりと呟いた。
「お餅か。確かに美味いよな。……でもソラさん、もち米の収穫なんてしてないだろ? まさか、これから外の雪原を開墾して、秒でもち米を育てるつもりか?」
アレンが、こたつ布団の中で完全に野生を失ったポチ(三つ首の番犬)を撫でながらツッコミを入れる。
「いえいえ、外は寒いですからね。……実はさっき、こたつの中でお掃除してくれているチッチさんから『良さそうな食材を見つけた』って報告があったんです」
「(……こたつの中で食材を見つけるって、どういう生態系だよ!!)」
アレンの叫びをよそに、こたつ布団の隙間から、ミニ竹箒を持ったチッチさんがシュタッと飛び出してきた。その後ろには、彼を慕う『ホカホカスライム』が二匹、プルプルと震えながら控えている。
「……チチチッ!(ソラ殿、お待たせした! 我がこたつダンジョン第4層『高反発スプリングの谷』の奥地にて、至高の粘体生物の群れを発見した! あれこそまさに、ソラ殿が求めているお餅の原石に違いない!)」
「ほら、あるみたいですよ。アレンさん、ちょっとガストンさんたちと一緒に、収穫してきてもらえませんか? ま、いっか、の精神で!」
「……俺、もうこたつから一生出ないつもりだったのに……」
アレンは涙目で『創世のサンダル』を履き、再びこたつ布団の暗がり(ダンジョン)へとダイブした。
こたつ布団の下。ハクさんの次元変質回路によって拡張された、無限に広がるマイクロファイバーの大地。
アレン、ガストン、リーナの元Aランクパーティは、チッチさんの案内で、さらに深い階層へと足を踏み入れていた。
「……アレン。このこたつの下、昨日よりさらに広くなってないか? さっきから『みかんの精霊』の群れが、頭上のヒーター(アカさんの聖火)に向かって光合成してるんだが……」
ガストンが、もはや驚く気力も失せた声で呟く。
「……気にすんな。ここの空間は、上の連中が『ダラダラしたい』と思えば思うほど、快適さを求めて無限に拡張されるらしい。……着いたぞ、ここだ」
目の前に広がっていたのは、真っ白で、どこまでも滑らかな純白の沼だった。
いや、沼ではない。それは巨大な一つの生命体だった。
【種族:白玉大福スライム(こたつダンジョン・変異種)】
【状態:最高級のもち米以上の粘度と、世界樹の甘みを内包する神聖粘体。焼かれることを至上の喜びとする】
「ピキィィィン……(私を……私をソラ様のカマドで焼いてください……!)」
「……喋った!? いや、直接脳内に語りかけてきたわよ!? スライムが焼かれたがってるってどういうこと!?」
リーナが魔導書を落としそうになる。
「……そういうことだ。ここの生態系は、ソラさんに美味しく食べられるために進化してるんだよ。……ほら、お前ら、早くその『自発的にちぎれてくれたスライムの一部(純白のお餅)』を背負い袋に詰めろ。こたつが恋しいんだろ!」
アレンたちは、自らポンッと分裂してくれた『神聖お餅ブロック』を大量に抱え、猛ダッシュで外界へと帰還した。
「お帰りなさい! うわぁ、真っ白で綺麗なお餅ですね。……それじゃあ、カマドさん、お願いします!」
ソラが、リビングの端に鎮座するカマドさんに、収穫したばかりの神聖お餅をセットし、10円玉を投入した。
「ガコンッ!!」
『……認識。……神域こたつ産・至高ノ白玉スライム餅、確認。……アカ様、表面ヲ「カリッ」ト、中ヲ「トロッ」ト、完璧ナル因果律デ、焼き上ゲマス』
「ポポポッ!(任せておけ! 我の終焉の焔、今日はお餅を焦がさない絶妙な『きつね色』に完全制御してやる!)」
カマドさんの上で、ヒヨコ姿のアカさんが誇らしげに咆哮する。
三分後。カマドさんの扉が開くと、そこには見事なきつね色に膨らんだお餅が並んでいた。
ただ膨らんでいるのではない。そのお餅は、表面から宇宙の星雲のような虹色のオーラを放ち、「プクゥ……」と呼吸するように脈動している。
「さあ、焼けましたよ! 仕上げは、昨日完成したばかりの『ソラさん特製・神域醤油』です!」
ソラが取り出したのは、アレンが命懸け(?)で買ってきた塩と、村の畑で神格化した大豆から作った、黄金色に輝くお醤油だった。
それを焼けたお餅にタラリと垂らす。
――ジュワァァァァッ!!
その瞬間、醤油の焦げる香ばしい匂いが、ログハウスどころか、はざま村全体、いや、次元の壁を越えて天界にまで到達した。
「……な、なにこの香りは!? 嗅いだだけで、私の天界での千年間の修行が、すべて無意味に思えてくるほどの食の暴力……!!」
こたつに埋まっていた天使エリエルが、光輪を輝かせてガバッと起き上がった。
「熱いうちにどうぞ。海苔も巻いてありますからね」
ソラからお餅を受け取った住人たちは、一斉にそれにかぶりついた。
アレンが一口噛みちぎる。
「……っ!? な、なんだこれ!? 表面のカリッとした食感の直後、中から爆発的な米の甘みが……! それにこの醤油! ただしょっぱいだけじゃない、銀河の星々を煮詰めたような深みが……!!」
アレンが思わずお餅を引っ張ると、その伸びは異常だった。
ビョョョョーーーーン……。
お餅はちぎれることなく、アレンの口からログハウスの天井を突き抜け、雲を割り、成層圏まで到達しようかという勢いで伸びていく。
「……おおおお! お餅が……お餅がどこまでも伸びていくわ! 私の信仰心よりも長く、遠くへ……!!」
エルナ(聖女)が、伸びるお餅を両手で拝みながら涙を流す。
「……チチッ!(美味い! そしてこの弾力、まるで全知全能を噛み締めているようだ! ……おのれ、みかんの次は餅か! このこたつから、我はもう二度と出られぬ!)」
チッチさんが、自分より大きなお餅に顔を埋めて歓喜の声を上げる。
全員が神聖お餅の極上の多幸感に包まれ、完全に言葉を失い、こたつの上でだらしなくとろけていた。
伸びすぎたお餅の糸は、なぜか最終的に平和な魔力に変換されて空気中に溶けていくという、完璧なエコサイクルまで備わっている。
『……食後ノ、至高ノ一杯。……ジハンキ殿ヨリ、排出サレマス』
カマドさんが静かに告げると、隣で控えていたジハンキさんが、重厚な音を立てた。
「ガコンッ!!」
出てきたのは、冬限定『10円・神格化玉露グリーンティー(湯呑み入り)』。
「いやぁ、美味しいお餅でしたね。お醤油の出来もバッチリでした。アレンさん、お塩買ってきてくれてありがとうございました。……ま、いっか! これで冬も乗り切れそうです」
ソラが、ズズッと緑茶を啜りながら、世界で一番幸せそうな笑顔を浮かべた。
「……ああ。……もう、なんだっていいよ。……このお餅が食べられるなら、こたつの下のダンジョン探索でも、魔獣討伐でも、なんだってやってやるよ……」
アレンは、胃痛が完全に治癒したお腹をさすりながら、静かにこたつ布団へと首まで潜り込んだ。
はざま村の冬は、カマドさんのお餅と、ジハンキさんの緑茶、そしてソラの「ま、いっか」によって、これ以上ないほど完璧に、そして取り返しがつかないほど平和に完結していくのであった。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




