第92話:神域のこたつ(ブラックホール仕様)――絶対怠惰の術式と勇者の絶叫
はざま村の冬は、日に日にその厳しさを増していた。
精霊王エリュシオンが放つミストは、冷気によって美しいダイヤモンドダストへと姿を変え、世界樹のログハウスをきらきらと飾り立てている。庭の木々や、ソラのサンダルが作った花園も、今朝は真っ白な霜に包まれていた。
「……ポポポッ。(……ふむ。今朝は一段と地脈が冷えておるな。……我の熱源を解放して村ごと常夏にしても良いが、ソラは季節感を大事にするからな……)」
赤いトカゲの姿をした元古龍、アカさんがヒヨコの着ぐるみを着たまま、暖炉の上で尻尾を丸めていた。
ソラは、新調した紺色のはんてんにポケットに手を突っ込みながら、リビングの大きなテーブルを見つめていた。
「……うーん、はんてんを着ていても、足元だけはどうしても冷えますね。……あ、そうだ。良いものがありました」
ソラがリビングの押し入れ(中身がバグって無限の広さを持つ四次元収納空間)をガサゴソと探ると、奥から数枚の余り布が出てきた。
『至高のパジャマ』を作った際の、神話時代の布『天衣無縫』の切れ端である。
「これを布団にして……。あとは、作業小屋に残っているハクさんの廃材を使えば、足元を温める『こたつ』が作れそうですね。よし、ま、いっか! さっそく作っちゃいましょう!」
「(……おい、待て。ソラさん、今さらっと『こたつ』って言ったな!? 東方の島国に伝わる、一度入ったら人間を廃人にするっていう、あの悪魔の家具か……! しかも素材が『天衣無縫』と『ハクさんの廃材』って、絶対普通のこたつじゃ済まねえだろ!!)」
縁側で、ジハンキさんから出てきた『ホット・胃袋カイロ(10円)』を貼りながら、アレンが本能的な危機感を察知して絶叫した。しかし、ソラの『万象創造』の右手は、すでに作業小屋の扉を開けていた。
ソラは作業小屋に籠もり、爆速で組み立てを始めた。
まず、こたつの天板と脚には、世界樹の端材を使用。これだけでも「触れるだけで精神が極上のリラックス状態になる」という呪い染みた加護が宿る。
問題はヒーターユニットだった。ソラは、ハクさん(規格外生物ギルド)が以前『定期メンテナンスデ余リマシタ』と持ってきてくれた、空間の歪みを調整するための『超伝導・次元変質回路』を取り出した。
「これを真ん中に取り付けて……。熱源は、アカさんのポカポカ波動をちょっとだけ転写すればいいですね。……あ、みんなで入りたいから、ハクさんの回路の出力設定を『限界突破(ま、いっか)』にしておきましょう」
ソラが『万象断ちの箸』を金槌代わりに振るうたびに、作業小屋からは冬の曇り空を消し飛ばすほどの、虹色の神聖な光が溢れ出した。
ソラの無自覚な魔力によって、ハクさんの空間歪み回路はこたつ内部の空間をトポロジー的に無限に拡張するという、おかしな術式へと書き換えられた。
外見は、ごく普通の1280px四方の木製こたつ。
しかしその内部は、光さえも逃げ出せないブラックホールならぬ、全知全能の存在すら自発的に脱出を諦める、絶対怠惰の特異点へと進化を遂げていた。
午後。ログハウスのリビングの中央に、フカフカの天衣無縫の布団を纏った『神域のこたつ』が設置された。
「さあ、できましたよ! 皆さん、温まってください」
ソラがにこやかに微笑み、最初に自分の足を滑り込ませた。
「うわぁ、あったかい……。これは最高ですね」
その温もり(アカさんの古龍聖火一兆分の一圧縮)と、世界樹の香りに釣られて、村の住人たちが次々と集まってきた。
「……チチッ!?(……な、何だこの心地よさは。……我が魔王としての、世界を統べるという崇高な野心が、足の先からジワジワと消滅していく……!!)」
ハチマキを締めたチッチさん(元魔王)が、ミニはんてんを着たままこたつに潜り込み、一瞬で動かない黄金の毛玉と化した。
「……ニャア(……くっ、この死を司る我が、温気ごときに……。……ま、いっか。我が玉座は今日からここだ……)」
黒猫のクロさん(冥界王)も、ソラの膝の上ではなく、こたつのど真ん中で完全に液体のように溶けている。
「……愚かな人間よ。……精霊王たる私が、このような狭い机に……。……っ!? ……我が銀髪の潤いが、こたつ内部の特殊な次元対流によって、極限まで保たれている……。……我を、ここから、出すな……」
エリュシオンが、尊大な口調のまま、はんてんの襟に顔を埋めて完全に機能停止した。
さらに、新入りのガストンとリーナ(ミーナ)、洗濯女帝のベアトリクス、さらにはお風呂上がりの天使エリエルまでが、吸い寄せられるようにこたつへと足を突っ込んでいく。
「(……おい、ちょっと待て!! おかしいだろ!!)」
アレンはリビングの入り口で、頭を抱えて叫んだ。
「なんで1280px四方のこたつに、人間三人、エルフ一人、魔族一人、天使一人、精霊王一人、ハムスター一匹、黒猫一匹、ケルベロス一頭が、全員ギューギューに詰まって綺麗に収まってるんだよ!! 空間のトポロジーがゲシュタルト崩壊を起こしてんだろ!!」
そう、ハクさんの空間歪み回路により、こたつの内部は無限。どれだけ人数が増えようとも、全員が一番ベストな特等席に配置されるという理不尽な構造になっていた。
夕暮れ時。ログハウスのリビングは、静寂に包まれていた。
こたつに入った全員が、虚ろな目(至高の多幸感)を浮かべ、完全に動く置物と化していた。
女神ユウナに至っては、おはぎを口に咥えたまま「……もう、ここが私の神界でいいわ……」と呟いて意識を飛ばしている。
唯一、こたつの魔力に抗って(胃痛のせいで)立っていたアレンに、こたつ布団の隙間から、無数の声が届いた。
「……アレン。……喉が渇いた。ジハンキさんのところへ行って、冷たいものを……」
「……アレン殿。……我が魔力で、10円は用意した。……冷製サファイア・ソーダを……」
「……アレンさん、私にはオレンジスカッシュを……秩序のために……」
「……てめえら、自分で動きやがれ!!」
アレンが吠えるが、誰も布団から1ミリも出ようとしない。それどころか、元魔王や天使、精霊王たちの動きたくないという怨念染みた因果律の圧力が、アレンの肩に重くのしかかる。
「……あ、アレンさん。すみません、僕もちょっと動けそうにないので、10円あげるので……ジハンキさんのところから『みかんオレ』を買ってきてもらえますか? ま、いっか、の精神で……」
ソラまでが、はんてんの袖から10円玉を差し出してきた。
「……ソラさん、あんたまでかよ!!」
創造主(世界からの寵愛を受ける男)の命令とあっては、村の結界すらもアレンを外へと押し出す。
アレンは涙目で10円玉の束を掴み、『創世のサンダル』を履いてログハウスを飛び出した。
「ジハンキさん!! みかんオレと、ソーダと、スカッシュ全部だ!! 重すぎて持てねえよ畜生!!」
「ガコンッ!! ガコンッ!! ガコンッ!!」
ジハンキさんは、弟分や従兄弟の活躍に負けじと、冬限定の『神聖ミカンオレ(10円)』を、アレンの背負い袋がはち切れるほどの猛スピードで排出した。
アレンが決死の覚悟で持ち帰った冷たい飲料が、こたつテーブルの上に並べられた。
住人たちは、はんてんの袖から手だけをニョキッと出し、それぞれのボトルを回収すると、再び布団の中に消えていった。
「プハァ……。……美味い。……やはり、こたつでの冷たい飲料は、天界の蜜を超えるな……」
天使エリエルが、光輪を畳の上に置いたまま、みかんオレを啜って極楽の笑みを浮かべている。
ソラも、みかんオレを飲みながら、ニコニコとみんなを見渡した。
「いやぁ、こたつ、作って良かったです。……みんなで集まると、本当に温かいですね。ま、いっか!」
ソラが満足そうに笑ったその瞬間、はざま村全体の神気密度が過去最高値を記録。ログハウスを中心に、惑星全体の地脈がソラの寝心地に合わせて最適な温度へと自動調整された。外の世界では猛吹雪が吹き荒れているが、村の中だけは完全に常春の楽園と化している。
「……チチチッ。(おい、アレン。……突っ立ってないで、お前も入れ。……我が、重曹水の浸透圧理論で計算した、最も温かいスポットを譲ってやろう……)」
チッチさんが、こたつの端から眠そうな目でアレンを誘う。
「……もういい。……もう、俺も手遅れでいいよ……」
アレンは諦めて、自分の紺色のはんてんを整えながら、こたつへと足を滑り込ませた。
入った瞬間、彼の脳内の常識や勇者としての責任感が、もの凄い勢いで消滅していくのを感じた。
「(……あ、これダメなやつだ。……でも……ま、いっか……)」
はざま村の冬の夜は、ソラが作った『絶対怠惰のこたつ』という名のブラックホールに、世界の最高権力者たちが全員吸い込まれたまま、どこまでも、どこまでも、デタラメに更けていくのであった。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




