第91話:神域の衣替え――再来のはんてんと冬の予感
はざま村に、本格的な冬の足音が近づいていた。
精霊王エリュシオンが放つミストは、気温の低下と共に幻想的なダイヤモンドダストへと変わり、庭の木々を白く染め上げている。
ソラのサンダルが作る花園も、今朝はもう、うっすらと霜を纏っていた。
「……ポポポッ。(……ふむ。今朝は一段と地脈が冷えておるな。……我の熱源を解放しても良いが、ソラは季節の移ろいを楽しむのが好きだからな……)」
アカさんがログハウスの暖炉の上で尻尾を揺らしていた。
ソラは、縁側に立って白い息を吐きながら、ふと思い出したようにポンと手を打った。
「……そういえば。以前、パジャマを作った時の余り布で、自分用にはんてんを作ったことがありましたね。どこに仕舞ったかな……」
ソラが押し入れ(という名の無限の広さを持つ収納空間)をガサゴソと探ると、奥から一着の、地味ながらも神々しい光を放つ紺色のはんてんが姿を現した。
以前『至高のパジャマ』を作った際の端材――神話時代の布『天衣無縫』を贅沢に使った、ソラお手製の試作品である。
「(……おい、ちょっと待て。ソラさん、それ、いつの間に作ってたんだ!? ……あの概念守護を宿したパジャマと同じ素材のはんてん……。そんなの、着た瞬間に氷河期どころか宇宙の熱死すら無効化するぞ……!)」
縁側で、ジハンキさんから出てきた『ホット・胃袋カイロ(10円)』を貼りながら、アレンが戦慄する。
「やっぱり、これ一着じゃ足りませんね。……よし、ま、いっか! みんなの分もまとめて新調しちゃいましょう!」
ソラは早速、神域の作業小屋へと籠もった。
以前のはんてんをベースに、今回はさらに多種族対応のアップデートを加える。
素材は、ハクさんが『壁ノ補強ニ使ッテクダサイ』とどこからか持ってきた『次元の繭』。
それを『万象断ちの箸』で極細の糸へと精製し、世界樹の落葉を加工した『神域ダウン』を中に詰め込んでいく。
「仕上げの裏地には、エリエルさんが落としていった羽の残りと……。……あ、おまけでエルナさんの洗濯が楽になる加護も編み込んでおきましょう。……よし、完成です!」
ソラが金槌を振り下ろすたびに、作業小屋からは冬の曇り空を貫くような、虹色の神聖な光が溢れ出した。
それは、着るだけで周囲の気温を着用者の理想に固定し、さらには着用者の因果律的なストレスまで吸い取って消滅させるという、もはや衣類を超えた【究極の防寒・精神安定神器】であった。
ソラは、完成した『はんてん』の山を抱えて、広場に現れた。
「皆さん、お待たせしました! 冬用の防寒着、新調しましたよ。……チッチさんには、これです」
チッチさんに渡されたのは、手のひらサイズながらも最高級のシルクを凌駕する光沢を放つミニはんてん。
「……チチッ!!(……な、なんだこの包容力は。……我が魔王としての冷徹な覇気が、この綿に包まれた瞬間、どんどんこたつで丸くなって寝たい気分に書き換えられていく……!!)」
チッチさんが、はんてんに包まれたまま、その場でゴロゴロと転がり始めた。
「……愚かな人間よ。……精霊王たる私が、このような綿の塊を……。……っ!? ……温かい。……我、今、かつてないほどの安らぎを感じている……」
エリュシオンが、銀髪をはんてんの襟に埋めて、うっとりと目を細めた。
アレンは、自分に配られた地味な紺色のはんてんに袖を通した。
着た瞬間に、かつて戦場で負った古い傷の痛みが完全に消え、心臓の鼓動が一定の平和なリズムへと固定されるのを感じた。
「(……すげぇ。……これ、一着で一個師団を無力化できるレベルの神聖エネルギーが詰まってやがる……。……ダメだ、これを外に持ち出しちゃいけねえ)」
アレンは、ふと翌日の里帰り(塩の買い出し)のことを考えた。
「(……明日、街に行く時、これ着ていったらどうなる? 門番が拝みだすか、あるいは国中の魔導師がこのエネルギーを察知して押し寄せてくるぞ。……せっかくソラさんが作ってくれた大切な服だ。街の喧騒で汚したくない……)」
アレンはそっとはんてんを脱ぎ、大切に畳んだ。
「……ソラさん。明日、カザルまで買い物に行ってくる時……この服は大切にしたいから、いつものシャツで行くことにするよ。代わりに、サンダルだけ貸してくれ。」
「あ、そうですか? 大切にしてくれて嬉しいです。……じゃあ、いつものシャツの綻び(ほころび)、エルナさんに直してもらっておきますね。サンダルは、道が凍ってるからぜひ履いていってください!」
こうして、アレンは『いつものボロボロのシャツ』でありながら、足元だけは『概念移動サンダル』という、あのチグハグで異常な姿で街に現れることになったのである。
夕暮れ時。カマドさんの周囲には、はんてんを羽織った住人たちが集まり、カマドさんが提供する『10円・おしるこ』を味わっていた。
「ガコンッ!!」
ジハンキさんも気を利かせて、お風呂上がりのエリエル用に『ホット・神聖イチゴオレ』を排出している。
「いやぁ、はんてん、やっぱり良いものですね。……昔作ったのより、さらにポカポカします。……これで、冬の掃除も楽しくなりますね。……ま、いっか!」
ソラは、自分もはんてんのポケットに手を突っ込み、平和な村の景色を眺めた。
ソラが満足そうに呟くと、はざま村を囲む結界がぽかぽかモードへと移行し、外界の猛吹雪を微塵も寄せ付けない鉄壁の安定感を手に入れた。
はざま村の冬は、ソラが編み出した『はんてん』という名の救済によって、どこまでも温かく、そして異常なほど穏やかに幕を開けるのであった。
読んでいただきありがとうございます!
はざま村にも本格的な冬が到来しました。
ソラくんが「ま、いっか」の精神で新調した『究極のはんてん』、元魔王も精霊王も一瞬でダメにする圧倒的な包容力でしたね(笑)。
そしてアレンさん、服を大切にしたいがために上着はいつものボロボロシャツ、足元だけ創世のサンダルという、街で一番職質されそうなフル装備になってしまいました……。
「チッチさんをモフりたい」「アレン、せめて上着も借りていけ」と思ってくださった方は、
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