第87話:銀河を焼く厨房――カマドさんと禁断のチーズ
【AM 11:00:カマドさんのおすすめ】
はざま村の庭に、今日も「ガコンッ!」という重厚な音が響き渡った。
設置から数日、新入りのカマドさんは、すっかり村のインフラとして定着していた。ソラが10円を投入すると、カマドさんが重厚なバリトンボイスで提案を始めた。
『……マスター。……本日、アカ様ノ火力ハ、過去最高ノ「超高温・ピザモード」ニ、最適化サレテオリマス。……「銀河チーズピザ」ノ、調理ヲ、推奨シマス』
「お、ピザですか。いいですね! カマドさん。ちょうどジハンキさんから『特選・どこまでも伸びるチーズ』を入手したところなんです」
「(……おい、ジハンキさんから出てきたチーズってなんだよ。それ、食べた瞬間に胃袋が異次元に繋がって、一生満腹にならない呪いのアイテムとかじゃないだろうな……)」
アレンが縁側で胃薬を握りしめながら、戦々恐々と調理を見守る。
【PM 1:00:元魔王、チーズの香りに敗北す】
ソラは、庭で採れた小麦粉(世界樹の粉入り)を『万象断ちの箸』で超高速攪拌し、一瞬で宇宙の膨張と同じ弾力を持つ生地を練り上げた。
そこに載せられたのは、ジハンキさん産の虹色に輝くチーズである。
「……ポポポッ!(……ソラ、準備はいいか。……我が『終焉の焔』を、ピザの耳をクリスピーに焼き上げるためだけに、極限まで指向性を持たせて放つ! これぞ古龍の直火焼きだ!)」
カマドさんの熱源部で、ヒヨコの着ぐるみを着たアカさんが、漆黒の瞳を燃え上がらせる。
その時、庭の隅で真面目に落ち葉を掃いていたチッチさん(元魔王ゼノン)の鼻が、ピクピクと動いた。
「……チチッ!?(……な、何だ、この芳醇で背徳的な香りは。……魔王として数多の贅を尽くしてきたが、この『溶けたチーズ』の香りの前では、我が覇気すらもトロトロに溶かされてしまう……!!)」
チッチさんは、掃除用のミニ竹箒を投げ捨て、ハムスター特有の高速移動でカマドさんの前へと駆け寄った。
「……チチチッ!(おい、ソラ殿! その円盤状の供物……いや、ピザを我にも一口……掃除係としての全名誉を懸けて、毒見をしてやろう!)」
【PM 2:00:カマドさんの本気と銀河の爆発】
「あはは、チッチさんもお腹が空きましたか。じゃあ、焼き立てを皆さんで食べましょう。……カマドさん、お願いしますね」
『……了解。……点火。……アカ様、一兆分ノ一ノ、熱量ヲ、一点ニ、集中願イマス』
アカさんが「ポポポォッ!!」と咆哮し、カマドさんの内部で原初の火が渦巻いた。
0.5秒。
カマドさんの扉が開いた瞬間、村全体が黄金の光に包まれた。
「……っ!! な、なんだこれは!? ピザの表面で、チーズが超新星爆発を起こしている……!!」
裏森から駆けつけたヴォルガが、あまりの輝きに『星砕きの弓』で目を覆った。
カマドさんから取り出されたピザは、チーズが糸を引くたびにオーロラを発生させ、具材のバジルは一枚一枚が生命の樹の葉のように脈動していた。
「さあ、召し上がれ」
【PM 3:30:全員、ピザで悟りを開く】
「……チチッ!!(……お、おおお……!! チーズが……チーズが無限に伸びて、我が魂を天界まで引っ張り上げていく……!! 美味い、美味すぎるぞソラ殿!!)」
チッチさんが、自分の体よりも大きなピザのピースに顔を埋め、尻尾を千切れんばかりに振っている。
「……ポポポ。(……フン。……我が火加減が完璧だったからな。……鼠よ、そんなに慌てて食べると、喉の因果律が詰まるぞ)」
アカさんも、ヒヨコ姿のまま上品にピザを齧りつつ、その究極の香ばしさに、古龍としての涙を流していた。
ユウナも、パジャマの袖を捲り上げてピザを頬張る。
「……はふっ、あふっ。……ソラくん、これ、チーズが伸びすぎて隣国まで届いてるんだけど。……あ、でも、噛むたびに全知全能が脳内で弾けるから、細かいことはどうでもいいわね」
アレンは、一口食べた瞬間に、失っていた勇者の全魔力がオーバーフローし、背後から光の翼が生えかけていた。
「……あ、あかん。……美味すぎて、自分が人間なのかピザの一部なのか分からなくなってきた……。……胃薬……いや、もう胃袋そのものがピザと融合した気がする……」
【PM 5:00:平和なチーズの海】
夕暮れ時。はざま村の住人たちは、全員がチーズの多幸感によって、地面に大の字になって寝転んでいた。
ソラの『万象創造』とアカさんの『聖火』、そしてカマドさんの『10円の理』が合わさったピザは、食べた者の悩みをすべて乳酸菌に分解して消し去ってしまった。
『……毎度。……本日ノ満足度、想定値ヲ、遥カニ、凌駕。……カマドサン、本日ハ、コレニテ、閉場シマス。……食後ノ、10円・オレンジスカッシュ、ジハンキ殿ヨリ、排出中デス』
「ガコンッ!!」
ソラは、お腹を上にして爆睡するチッチさんの横で、最後の一切れをゆっくりと味わった。
「あはは。やっぱりカマドさんで作ると美味しいですね。……ま、いっか、みんな仲良しで」
はざま村の冬の入り口は、至高のチーズの香りと、カマドさんの温かな残り火、そしてソラののんびりした鼻歌に包まれて、今日という一日を、宇宙で一番デタラメに、そして贅沢に締めくくるのであった。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




