第86話:神の厨房(キッチン)――命名「カマドさん」と古龍の聖火
【AM 10:00:資材置き場とソラのひらめき】
はざま村の朝は、今日も平和という名の因果律の暴力に満ちていた。
ログハウスの裏手にある資材置き場で、ソラは腕組みをして「うーん」と唸りながら、山積みのガラクタを見つめていた。
その足元には、ジハンキさんが先日脱皮(定期メンテナンス)の際に排出した、鈍く輝く未知の超合金プレートや、ベアトリクスが魔界のゴミ捨て場にありましたわと持ってきた、かつて神々を幽閉したとされる伝説の牢獄の鉄材が積み重なっている。
「……ソラさん、何してるんだ? また不穏な顔をしてガラクタを凝視してないか?」
縁側で、ジハンキさんから出てきた『特濃・胃袋コーティング薬(10円)』を流し込んでいたアレンが、警戒心全開で声をかける。
「ああ、アレンさん。最近、ダークエルフの皆さんも増えて、食事の用意が大変そうだなと思いまして。……ほら、せっかくヴォルガさんたちが庭を綺麗にしてくれるから、一度にたくさん、しかも『ま、いっか』な火加減で、みんなが笑顔になれる料理を作れる……大きなかまどを作ろうかなって」
「(……嫌な予感しかしない。ソラさんの『大きなかまど』って、絶対火力が概念レベルでオーバーフローして、料理と一緒に世界の境界線まで煮込み始めるやつだろ……!)」
アレンの予感は、この村において120%の確率で的中する。しかし、ソラは既に『万象断ちの箸』を手に、鼻歌まじりで設計(という名の直感)を始めていた。
【PM 1:00:古龍の矜持とヒヨコ着ぐるみの咆哮】
ソラは早速、制作に取り掛かった。土台にはハクさんが「ギルドの余剰次元エネルギーを排熱するのに最適です」と提供してきた『超伝導・断熱レンガ』を積み上げ、外装を仕上げていく。
そして、ソラはログハウスの暖炉の上で威風堂々とヒヨコの着ぐるみ姿で座っていたアカさんに声をかけた。
「アカさん、ちょっとお手伝いお願いできますか? 今から作るかまどの種火になってほしいんです。やっぱり、火のことなら、村の暖房大臣のアカさんが一番頼りになりますから」
「ポポポッ! ポポォッ!(……フハハハ! ようやく気づいたかソラ! 鼠の掃除や、あの加湿器の軟弱な霧など、所詮は生活の添え物に過ぎん。この我、終焉龍イグニール・ヴォルガの業火こそが、真に世界を、そして貴様の台所を統べるにふさわしい至高のエネルギーなのだ!)」
アカさんはヒヨコの着ぐるみの翼をバタバタと羽ばたかせ、やる気満々で制作中のかまどの中央へと飛び込んだ。
アカさんが気合を入れ、トカゲの小さな体から「ポポポォッ!」と咆哮を上げると、かまどの内部には宇宙の終焉を司る漆黒と真紅の劫火が渦巻き、周囲の空間がメキメキと音を立てて歪み始めた。
「……うわっ、やっぱり熱いな。……でも、そのままじゃ食材が原子レベルで消滅しちゃうから……ちょっと失礼しますね」
ソラが『万象断ちの箸』をかまどの奥へと突っ込み、アカさんの放つ終焉の炎を、まるで焚き火を整えるようにツンツンとつついた。
「(……なっ、ソラ!? 貴様、何ということを! 我の『終焉の業火』を一兆分の一まで圧縮しおっただと!? しかもこの、お日様の匂いがする究極のトロ火への強制変換……! 貴様、古龍の熱量をなんだと思っているのだ!)」
「よし、いい火加減ですね。……なんだか、おばあちゃんの家の囲炉裏みたいな、懐かしくて優しい火になりました。アカさん、ありがとうございます」
「ポポポ……。(……負けたな。……だが、ソラ。この優しすぎる火を維持できるのは、我以外にはおらんからな。鼠たちには到底真似できぬ芸当だ)」
【PM 3:30:完成、そして運命の命名「カマドさん」】
数時間後。そこには、かまどというよりは『神聖銀河のボイラー』と『最高級懐石料理店』が合体したような、異様な存在感を放つ巨大な厨房設備が完成した。
ジハンキさんの脱皮パーツを扉に組み込んだせいか、その表面からは「……ガガッ……ゴゴッ……」と、何らかの意志のような重厚な脈動が感じられる。
「いい感じにできましたね。……ええと、名前はどうしましょうか。……ジハンキさんの親戚みたいですし、えーと、そうですね……」
ソラは少し首を傾けてから、いつもの屈託のない笑顔で言った。
「『カマドさん』。うん、親しみやすくていいですね。……ま、いっか、今日から君は『カマドさん』です!」
ソラがそう口にした瞬間、村全体の因果律が「カチリ」と音を立てて書き換わった。
『……認識。……マスターヨリ、真名「カマドサン」を、受領。……全システム、再構築。……熱源:古龍アカ様ノ真紅ノ情熱、最適化完了。……10円、投入、待機中……』
かまどがジハンキさんと同じ重厚なバリトンボイスで喋り出した。
「あはは、喋りましたね。頼もしいです、カマドさん。……じゃあ、さっそく10円入れますね」
ソラが10円玉を投入口に滑り込ませると、「ガコンッ!!」という、次元の歯車が噛み合うような重厚な音が響いた。カマドさんの内部で、アカさんの火が食材を優しく包み込むように踊り始める。
投入されたのは、庭で採れたただのカブと人参、そして昨日の残り物の冷や飯。……のはずだったが、カマドさんの内部を潜り抜けたそれらは、見たこともない虹色の蒸気を放ち、村全体をかつて体験したことのない、魂を浄化するような香りで包み込んだ。
【PM 5:00:神の厨房の晩餐会と、古龍のドヤ顔】
「さあ、できましたよ! 皆さん、カマドさんが最高に美味しく作ってくれました。アカさんの火も、絶好調です」
「ポポポッ!(フン、当然だ。鼠、加湿器、刮目せよ。これぞ古龍の『おもてなし』だ! 洗濯女も、せいぜいこの火で焼かれた至高の飯を食うが良い!)」
ソラの肩に乗り、ヒヨコの着ぐるみのままビシッとポーズを決めるアカさん。
カマドさんから取り出されたスープは、一口飲めば生きる喜びが魂に直接刻み込まれ、黄金のおこげは、噛むたびにパチパチと全知全能の悟りが脳内で弾ける至高の逸品となっていた。
「……美味しい。……ああ、何がダークエルフの誇りか。このおこげのサクサク感……。……これこそが、我ら一族が数千年求めていた闇を照らす真理の光だったのか……」
エルナと、裏森の族長ヴォルガが、ライバル関係を忘れて一つの鍋を囲み、涙を流しながらおこげを奪い合っている。
ユウナも、パジャマ姿のままお玉を片手に呆然としていた。
「……ねぇ、ソラくん。……これ、もう料理の範疇を超えてるわよ。……カマドさんの火力が強すぎて、食材の不純物が因果ごと消滅して、美味しさという概念だけが凝縮されてるんだけど。これ一杯で、死者が蘇るどころか、世界が三回くらい救われちゃうわよ」
「え? 世界なんて、そんな。……温かいものを食べれば、元気になりますよね。……あ、お代わりもありますから。ま、いっか!」
ソラは、自分もスープを啜りながら、ニコニコと笑っている。
その横では、アレンが「……スープ一杯で、俺の胃薬が必要なくなったどころか、全ステータスがカンストしたんだけど……」と、空になった瓶を見つめて複雑な表情を浮かべていた。
『……毎度。……本日ノ満足度、10000%ヲ、突破。……カマドサンノ初仕事、無事完了。……食後ノ、10円・強炭酸メロンソーダ(聖水仕立て)、準備完了シマシタ』
「ガコンッ!!」
隣でジハンキさんが、義兄弟(?)であるカマドさんのデビューを祝うかのように、これ以上ない冷え具合でソーダを吐き出した。
はざま村の夕暮れは、新たな仲間カマドさんの温もりと、アカさんの誇り高き残り火に包まれて、今日もまた、平和に、そして徹底的にデタラメに更けていくのであった。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




