第85話:女神の休日、村人の茶時――因果を溶かすお茶菓子
【PM 2:00:縁側の聖域】
はざま村の午後は、黄金色の光に満ちていた。
庭ではダークエルフたちが、ソラから授かった『漆黒の極光パジャマ』を庭の生垣に干し(干しているだけで周囲の邪気が浄化される)、チッチさんがその下を鼻歌まじりに掃き清めている。
そんな賑やかな庭を眺めながら、ログハウスの縁側には、二人の男女が並んで座っていた。
一人は、麦わら帽子を膝に置き、のんびりと急須を振る村人、ソラ。
そしてもう一人は、パジャマ姿でだらしなく足を投げ出し、大きな欠伸をしている女神ユウナである。
「……はぁ。……ねぇ、ソラくん。もう一度聞くけど。……あんた、昨日ダークエルフたちに配ったあのパジャマ、あれ一着で天界の最下層神位くらいの神格が宿ってるの、分かってて渡したのよね?」
ユウナが、ジハンキさんから10円で出てきた『女神専用・現実逃避サイダー』を啜りながら問いかける。
「え? 神格なんて、そんな。……夜の森は暗いですから、迷子にならないように少し光らせただけですよ。……ま、いっか、皆さんぐっすり眠れたみたいですし」
「……『光らせただけ』で、裏の森全体の生態系を神域』に書き換えるんじゃないわよ……。……全く、あんたの『ま、いっか』は、天界の法律相談所がパンクするレベルの暴論なんだから」
【PM 2:30:お茶菓子の「創造」】
「あはは。ユウナさんは、いつも難しいことを考えすぎですよ。……そうだ、お茶菓子に、昨日掘った『黄金イモ』で作った、おはぎがあるんです。食べますか?」
ソラが、台所から持ってきた小皿を差し出した。
そこには、一見するとただのきな粉おはぎが載っている。……だが、ユウナの『女神の瞳』には、そのおはぎの周囲で小さな天使たちが合唱し、時間の流れがその一皿の上だけ永遠に固定されているのが見えていた。
「(……出たわね。ソラくんの『手作り(宇宙創造)』。……これ、一口食べたら、私の神格がまた一段階上がって、天界に帰るのが物理的に不可能になるやつだわ……)」
ユウナは、戦々恐々としながらも、抗えない誘惑に負けておはぎを口に運んだ。
もち米の一粒一粒が、かつて銀河を形成した星屑のような輝きを放ち、口の中で爆発的な多幸感へと変わる。
「…………っ!! ……美味しい。……悔しいけど、美味しいわ……。……ねぇ、これ。中の餡に何を入れたの? この、魂の奥底まで洗い流されるような清涼感は……」
「ああ、それですか? 隠し味に、エリュシオンさんのミストを『箸(万象断ちの箸)』でギュッと凝縮して、練り込んでみたんです。……ま、いっか、と思って」
「……精霊王の吐息を物理的に練り固めて餡子にするんじゃないわよ!!」
ユウナのツッコミが、平和な庭に響き渡る。
【PM 3:30:アレンの胃痛と、女神の悟り】
その様子を、物陰から「(……いいなぁ、俺もあのおはぎ食べたいけど、今の俺の胃袋じゃ、あの神聖エネルギーを処理しきれずに爆発しそうだな……)」と眺めていたのは、勇者アレンである。
アレンが隣にいたポチの真ん中の首を撫でながら、ボソリと呟いた。
「……なぁ、ポチ。見てみろよ。大陸最強の女神が、村人のおはぎ一つに翻弄されて、ツッコミのキレまで『ま、いっか』波動に呑まれて丸くなってるぞ」
「ガウッ!(アレン、お前も食べればいいだろ。俺、さっき一個貰ったけど、首が三つとも同時に『ワンッ!』って叫ぶくらい美味かったぞ!)」
「……お前はいいよな、冥界の番犬(チート体質)だからさ……」
アレンは、ジハンキさんから出てきた『胃薬・女神の涙配合(10円)』を飲み干し、再び縁側に視線を戻した。
縁側では、ユウナが二個目のおはぎに手を伸ばしながら、ソラの麦わら帽子をじっと見つめていた。
「……ソラくん。その帽子の接着剤で付いてる羽……。……エリエルから聞いたわよ。……最高神様、今、天界でその羽を失くしたショックで、寝込んでるらしいわよ」
「えっ、そうなんですか? それは大変だ。……じゃあ、今度エリエルさんが来たら、このおはぎをお見舞いに持たせてあげましょうか。食べれば元気になりますよね、ま、いっか!」
「……寝込んでる最高神に、自分の抜け毛(羽)を帽子に接着した男が作ったおはぎを贈る……。……それ、天界への最高の嫌がらせ(宣戦布告)にしかならないんだけど……」
ユウナは、自分でも気づかないうちに「ま、いっか」と呟き、おはぎを頬張った。
彼女の背中からは、無意識のうちに三対の光の翼が溢れ出し、周囲の空間を女神の寝室並みの快適な温度に書き換えていく。
【PM 5:00:因果の果てに、お茶を啜る】
夕暮れが近づき、村全体がオレンジ色の優しい光に包まれる頃。
おはぎを食べ終えたユウナは、ソラの肩にこてんと頭を預けていた。女神としてのプライドも、監視役としての使命も、すべてはソラの淹れたお茶の中に溶けて消えてしまったようだ。
「……ねぇ、ソラくん。……もし、いつか、天界がこの村を無理やり神域として接収しに来たら……あんた、どうする?」
ソラは、空を横切るハクさんの通信エフェクトを眺めながら、のんびりと答えた。
「どうする、って言われましても。……天界の皆さんが来たら、一緒に温泉に入って、おはぎを食べて……。……みんなで笑って過ごせれば、場所がどこでも、ま、いいんじゃないでしょうか」
「……そうよね。……あんたが『ま、いっか』って言えば、そこが天界だろうが地獄だろうが、ただの『はざま村』になっちゃうものね」
ユウナは、ソラの麦わら帽子から香る太陽と藁の匂いを胸いっぱいに吸い込み、目を閉じた。
その瞬間、天界の書庫にある『世界の運命』から、はざま村の滅亡という項目が、ソラの認識に合わせて完全に消去されたことを、彼女はまだ知らない。
「あ、ユウナさん。寝ちゃいましたか? ……ま、いっか。ハクさん、ユウナさんに『風邪を引かない毛布(銀河製)』を一枚、転送しておいてください」
『……了解。マスター。……女神ユウナ殿ノ、幸福指数、1000%突破ヲ、確認。……「安眠ノ極光ブランケット」ヲ、縁側ニ、展開シマス』
ソラは、眠る女神の隣で、冷めたお茶を最後の一口までゆっくりと飲み干した。
はざま村の夕暮れは、因果を溶かすおはぎの甘みと、ソラの穏やかな鼻歌に包まれて、今日という一日を優しく、そして理不尽なまでに平和に締めくくるのであった。
後書き
最後まで読んでいただき
ありがとうございます!
今回はソラさんとユウナさんの
二人きりの縁側回でした。
「精霊王の吐息を物理的に
練り固めて餡子にするんじゃないわよ!!」
このツッコミ、
書いていて一番笑いました笑
そして最後の一文。
「はざま村の滅亡という項目が
ソラの認識に合わせて
完全に消去された」
ソラさんは何もしていないのに
世界が勝手に守られていく。
これが、この作品で一番
伝えたいことかもしれません。
ま、いっか!




