第84話:闇の族長、光の「ま、いっか」を悟る――漆黒の安眠と10円の誓い
【PM 9:00:裏森の静寂と、族長の焦燥】
はざま村の裏手に広がる深い森。そこは、ヴォルガ率いる『月影のダークエルフ』が拠点としてから、かつてないほどに整えられた空間となっていた。
木々の配置は黄金比に基づき、地面には枯れ葉一枚落ちていない。ヴォルガが部下たちに命じた掃除という名の修行の結果である。
だが、焚き火の前に座るヴォルガの表情は険しかった。
「……いかぬ。このままでは、我が一族の誇りが……闇を統べる者としての魂が、あのはざま村の平穏に溶けて消えてしまう」
見れば、見張りの戦士たちはソラから貰った『概念固定の洗濯バサミ』を魔除けの守護として耳に飾り、若手たちはジハンキさんから出てきた『10円・月光ソーダ』の微炭酸の刺激に、かつてない快楽を覚えていた。
「戦うことを忘れ、落ち葉の積層密度に一喜一憂し、10円の価値に魂を売る……。……我は、族長としてこれで良いのか……?」
ヴォルガは立ち上がり、答えを求めるように、闇夜にぼんやりと光を放つログハウスへと向かった。
【PM 10:00:焚き火の対話と、ソラの「理」】
ログハウスの庭では、ソラが一人で小さな焚き火を囲んでいた。
それは昼間の焼き芋の残り火を絶やさないように、適当に万象創造で火力を固定したものだ。その火は、薪を消費することなく、ただ心地よい温度を周囲に提供し続けていた。
「あ、ヴォルガさん。こんばんは。……夜の森は、冷えませんか?」
ソラが、『麦わら帽子(最高神の羽付き)』を傍らに置き、のんびりと微笑んだ。
ヴォルガは、そのあまりに無防備な背中を見つめ、思わず問いかけた。
「……ソラ殿。……貴殿に一つ、聞きたいことがある。……我らダークエルフは、数千年の間、蔑まれ、闇の中で牙を研ぎ続けてきた。……だが、この村に来てから、部下たちの牙が丸くなり始めているのだ。……我らは、このまま掃除の専門家として堕落して良いのだろうか」
ヴォルガの真剣な問いに、ソラは少しだけ考え込む仕草を見せた。
そこへ、夜食の『銀河チーズおはぎ』を届けに来たアレンが、胃薬を飲みながら背後で足を止める。
「(……出た。ヴォルガのガチな人生相談。……でも相手が悪いんだよな、相手が……)」
「うーん、闇とか、誇りとか、僕には難しいことはわかりませんけど……」
ソラは、焚き火の中に『万象断ちの箸』を突っ込み、薪の形を整えながら答えた。
「ヴォルガさんは、今まで闇を背負うために頑張ってきたんですよね? ……でも、お腹が空いたら食べて、眠くなったら寝る。……それって、種族に関係なく、生き物として一番自然なことじゃないでしょうか。……たまには族長を休憩しても、ま、いいじゃないですか」
【PM 11:30:漆黒の悟りと、10円の救済】
「……族長を、休憩する……?」
ヴォルガの脳裏に、凄まじい衝撃が走った。
これまで彼は、一族を滅ぼさせないために、一分一秒たりとも気を抜かずに闇の防人として生きてきた。
だが、ソラの放った「ま、いっか」という言霊が、ヴォルガの魂にこびり付いていた数千年の呪縛を、一瞬にして安眠への誘いへと書き換えていく。
「(……あ、ありえねぇ。ヴォルガの纏っていた絶望の闇が、ソラさんの認識に合わせて、どんどん寝付きの良さそうな穏やかな影に変質してやがる……!)」
アレンの『全知の解析眼』は、ヴォルガのステータス欄の「漆黒の復讐者」という称号が、「不眠症が治りそうなエルフ」へと書き換わる瞬間を捉えた。
「……そうか。我らは闇を呪うのではなく、この深い闇の中で、誰よりも深く安眠するために牙を研いでいたのだな。……守るべきは誇りではなく、この静かな夜だったのだ……」
ヴォルガは、焚き火の火を反射させて、かつてないほど清々しい瞳でソラを見つめた。
「……ソラ殿。……礼を言う。……我ら一族、今、この瞬間から闇の防人を廃業し、この村の『夜の快眠守護者』へとジョブチェンジすることにする」
「あはは。よくわかりませんが、ぐっすり眠れるのは良いことですよね。……あ、そうだ。ちょうど裏森の皆さん用に、これを作っておいたんです」
ソラが作業小屋から持ってきたのは、一族全員分。……それは、第77話でポチを神格化させたあの『安眠キラキラパジャマ』の改良版。……名付けて、『万象吸収・漆黒の極光パジャマ(ダークエルフ仕様)』であった。
【AM 1:00:光り輝く闇の森】
数時間後。裏の森には、宇宙の神秘を凝縮したような光景が広がっていた。
ヴォルガを筆頭に、数百人のダークエルフたちが、ソラから授かった漆黒のパジャマに身を包んでいた。
一見すれば闇に溶ける黒だが、ソラの「夜道で危なくないように」という無自覚な親切により、その生地には銀河の塵が散りばめられており、動くたびに漆黒なのに眩いという、視覚崩壊を誘発する光を放っている。
「……皆、着心地はどうだ。……このパジャマに宿る安眠の加護(極大魔力)により、我らの魔力回路が強制的にリラックス・モードへと移行しておる」
「……族長。……ま、眩しいです。……眩しいですが、それ以上に……。……ああ、もうまぶたが、因果律に抗えません……」
ダークエルフたちは、木の枝や、ふかふかに整えられた地面の上で、次々と横たわっていった。
漆黒のパジャマが放つ虹色の光が森を埋め尽くし、裏森は今や、天界の聖域よりも神々しく、それでいて静寂に包まれた究極の爆睡スポットと化していた。
「(……終わったな。……漆黒に輝きながら爆睡するダークエルフ。……これ、夜中に通りかかった冒険者がいたら、あまりの神々しさに発狂して新しい宗教立てるぞ……)」
アレンが溜息をつきながら、自分もジハンキさんから10円で出てきた『胃薬・安眠ブレンド』を飲み干した。
『……報告。……裏森ノ、神聖濃度ガ、前日比500%向上。……ツイデニ、ジハンキノ、「10円・おやすみホットミルク(魔石入り)」ガ、完売シマシタ。……売上ハ、全テ、村ノ、電球(魔石)交換費用ニ、充テマス』
「あはは。皆さん、ゆっくり休めているみたいですね。良かった、ま、いっか!」
ソラは麦わら帽子を枕元に置き、ログハウスの寝室へと向かった。
ソラの帽子の接着剤に固定された最高神の羽が、裏森のダークエルフたちの放つ光に応えるように、優しく、そして理不尽に瞬いていた。
はざま村の夜は、漆黒に輝くパジャマの海と、平和という名の狂気に包まれて、穏やかに更けていくのであった。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




