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ま、いっか。で世界が壊れる件 〜全知全能を田舎スローライフ用スキルだと思ってたら〜  作者: しゅんすけ


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第83話:光と闇のランドリー・ウォーズ――加湿器(王)を巡る聖戦

【AM 10:00:庭園のインフラ問題】

 はざま村の朝、ログハウスの裏庭は、もはやスローライフの光景を通り越し、精密機器の試験場のような緊張感に包まれていた。


 物干し場には、エルナが魂を込めて洗い上げたソラの衣類が、ベアトリクスの『絶望の鎌(物干しスタンド)』に整然と吊るされている。


「……ヴォルガ。貴方、そこを通らないでくださる? 貴方が纏っている闇の精霊の残り香が、ソラ様のパジャマの光の粒子と干渉して、発色が悪くなってしまいますわ」


 エルナが、手に持った『因果消滅の雑巾』をピシッと鳴らし、裏森から出勤してきたばかりのダークエルフの族長、ヴォルガを鋭く睨みつけた。ヴォルガは、腰に下げた『神速・竹箒』を肩に担ぎ、フンと鼻を鳴らした。


「相変わらず狭量だな、洗濯聖女。……我ら一族が操る『夜風』は、繊維の奥底に潜む目に見えぬ微細な埃を、分子レベルで引き抜く。貴様の『光魔法による強引な除菌』こそ、生地を傷めているのではないか?」


 その光景を、縁側でジハンキさんから出てきた『精神安定用・濃縮緑茶(10円)』を飲みながら眺めていたアレンが、隣で熱心に床を磨くチッチさんにボソリと呟いた。


「……おい、ゼノン。あいつら見てみろよ。数千年の種族の誇りを、いま完全にゴミの集め方とシワの伸ばし方の優劣にすり替えて戦ってるぞ」


「チチチッ(まったくだ。……だが、あの落ち葉の集積密度、なかなか筋が良いな。我の清掃理論に照らし合わせても、及第点だ)」


「……また鑑定士みたいな顔で評価してんじゃねーよ!」


【AM 11:30:精霊王、最新家電になる】

 二人のエルフの議論が熱を帯びる中、ついにその火の粉は、庭の中央で優雅にナノミストを放出していた精霊王エリュシオンへと降り注いだ。


「――ですから、エリュシオン様! さっきから申し上げている通り、今日は湿度が5%高すぎますわ! 柔軟剤の香りが定着しすぎます! 加湿器としての意地を見せてくださいまし!」


「エリュシオン、俺の指示を聞け! 中央のバスタオルだ! あそこをナノミストでコーティングしろ! 我が風で完璧に乾燥させる前の、一瞬の潤いが必要なのだ!」


 かつては精霊王を敬虔な祈りで崇めていたエルナだったが、ヴォルガという効率厨のライバルの出現により、彼女の信仰心は完全にユーザーサポートへの厳しい要求へと書き換えられていた。


 エリュシオンは、自らの銀髪を湿気でポワポワに膨らませながら、困惑したように指先から霧を出し続けた。


「……貴様ら。……この我を、最新式の『全自動・湿度管理システム』か何かと勘違いしておらぬか? ……我は全精霊の頂点……」


「そんなことはどうでもいいのです! 早く、左から二番目の靴下のつま先部分だけを集中的に加湿してください!」


「エリュシオン、俺だ! 俺の風に合わせろ!」


「…………クッ、この我に、右の靴下と中央のタオルの板挟みになれというのか……。……よかろう。マスターの安眠と、この傲慢なエルフどもを黙らせるためだ。我が魔力を、一ミクロン単位の指向性ミストへと変換してやろうではないか!」


 エリュシオンが「シュゴーッ!」と激しい音を立てて発光し、もはや加湿器というよりは超精密な噴霧兵器のような姿で洗濯物に霧を浴びせ始めた。


【PM 1:00:ソラの10円と、至高の報酬】

「あはは。皆さん、今日も仲良くお洗濯ですか。賑やかでいいですね」


 そこへ、新しい麦わら帽子を被ったソラが、おやつの『銀河チーズおはぎ』を持って現れた。


「ソラ様! 見てください、このタオルの立ち上がりを! エリュシオン様のナノ粒子を、私が光の魔力で定着させましたわ!」


「……フン、ソラ殿。私の『夜風』による仕上げも見てほしい。一切の不純物が残っておらん」


 ソラは、完璧に調律された洗濯物を手に取り、満足げに微笑んだ。


「わぁ、本当にすごい。なんだか、このタオルから『皆さんの仲良しなパワー』が伝わってくる気がしますね。……あ、そうだ。エリュシオンさん、いつもありがとうございます。これ、どうぞ」


 ソラはポケットから10円玉を取り出すと、庭の端にあるジハンキさんへと歩み寄った。


 チャリン、という小気味良い音。


「ジハンキさん、エリュシオンさんに、一番いい『潤いイチゴオレ』をお願いします」


『……了解。……加湿器……失礼、精霊王エリュシオン様。……ミスト出力、過去最高ヲ記録。……特選「王ノ喉ヲ潤ス、銀河イチゴオレ」ヲ、排出シマス』


 ガコンッ!!


 取り出し口から転がり出た、黄金に輝く瓶。


「……フン。……10円か。……だが、マスター自らが投入したこの10円の価値……そして、この至高の甘み……。悪くない。いや、むしろこのイチゴオレのためならば、我は『全自動・気象制御ユニット』として、明日も完璧な霧を出してやろうではないか……」


 精霊界の王が、完全に報酬制の現場職人としての誇りに目覚めてしまった瞬間だった。


【PM 5:00:エルフ界の新しい秩序】

 夕暮れ時。村には、エリュシオンのミストとヴォルガの風、そしてエルナの光が絶妙に混ざり合った結果、呼吸するだけで肺が浄化されるという、恐るべき環境インフラが完成していた。


「……ヴォルガ。明日は、ソラ様のシーツのハリについて、同期テストを行いますわよ。エリュシオン様には、ベースの湿度を3%下げていただきます」


「……よかろう、エルナ。エリュシオン、遅れるなよ。貴様のミストが遅れれば、我が風の計算が狂う」


「…………。……分かった。明日も、10円の価値に恥じぬ仕事をしよう」


 アレンは、胃薬(10円)を飲み干しながら空を見上げた。


「(……終わったな。……ヴォルガが来てから、エルナの精霊王への敬意が最新家電のカスタマーサポートへの要求並みにシビアになった。……そして、それに応えちゃう王も、10円で買収されちゃうジハンキさんも、もう全部『はざま村仕様』なんだな……)」


 夕日に照らされて、美しく、しかし絶望的に平和な虹が、村の物干し場に架かっていた。


読んでいただきありがとうございます!


もし面白かったら【★★★★★】やブックマークで応援していただけると嬉しいです!


ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。

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