第69話:夜のパジャマ行列――聖遺物(ねまき)を纏った番犬の受難
はざま村の夜は、今日も世界のはざまであることを証明するかのように、深い紺碧に染まっていた。
ソラのログハウスのリビングでは、昨夜からの新しい習慣通り、小さな厨子の扉がそっと開け放たれている。そのわずかな隙間からは、現世の物理法則を優しく中和するような、淡い桃色の光が溢れ出していた。
「よし、ポチ。ついに完成しましたよ。……ま、いっか、ちょっと派手になっちゃいましたけど」
ソラが、新調した麦わら帽子を脱いで膝に置き、満足げに微笑んだ。その手には、作業小屋で数日かけて縫い上げられた『万象吸収・安眠キラキラパジャマ』が握られている。
それは、ソラが「夜道でポチが迷子にならないように」と、銀河の塵と高純度魔力を織り込んだ生地で作ったものだ。
「ガウッ!?(ご、ご主人……それ、俺が着るのか? 輝きすぎて、俺の三つの首が全部自分たちの神々しさで失明しそうなんだが!)」
三首の番犬ポチ――もとい、冥界の門番ケルベロスは、その圧倒的な聖なるオーラを放つ布地を見て、三つの首を同時に引きつらせた。
だが、ソラの「可愛いですよ」という無垢な笑顔には抗えない。ポチは大人しく前足を出し、ソラの手によってその概念固定パジャマを装着させられた。
その瞬間。
夜のログハウス全体が、目も眩むような虹色の波動に包まれた。
「……あああ、出たよ! ソラさんのあったらいいなが具現化した、存在自体が聖遺物な寝巻きだ!」
縁側の隅で、胃を抑えて蹲っていたアレンが絶叫した。
「見ろよポチの姿を! パジャマの繊維一本一本が因果律を補強して、歩くたびに周囲の空間が極上の癒やしスポットに上書きされてるぞ!!」
パジャマを着たポチがリビングをトコトコと歩くと、床からは色とりどりの花が咲き乱れ、空気中の不純物が瞬時にダイヤモンドの粉となって降り注いだ。
しかし、本当の悲劇はそこから始まった。
リビングの厨子の扉、つまりあの世とのバイパスの向こう側にいた来客たちが、この輝きに気づかないはずがなかった。
「……おお……おおおぉ……っ!」
扉の向こう側から、大量の夜の来客――霊体や英霊たちが、吸い寄せられるようにログハウスの中へ雪崩れ込んできた。
「こ、これは……伝説に聞く救済の光か!? あの御姿……三つの首を持ちながら、太陽よりも眩い衣を纏いし聖獣様……!」
「ああ、なんと神々しい……。あの衣の裾に触れるだけで、数千年の執着が浄化されていくようだ……。南無、南無……」
やってきたのは、かつて大陸を統一した伝説の王や、真理を求めて彷徨っていた大賢者の霊たちだ。彼らはパジャマ姿のポチを見るや否や、一斉に平伏し、涙(霊的なエネルギー)を流しながら拝み始めた。
「ガ、ガウッ!?(な、なんだお前ら!? 俺はただの番犬だぞ! むしろお前らみたいな亡者を地獄へ追い返すのが俺の本来の仕事なのに……拝むな! 寄ってくるな! 尻尾を振ると虹が出るから恥ずかしいんだよぉぉ!!)」
ポチが困惑してリビングを逃げ回ると、霊体たちの行列もその後をゾロゾロと追いかける。
ポチが右へ行けば、虹の波紋を求めて数百の英霊が右へ。
ポチが左へ行けば、聖遺物の残り香を求めて賢者たちが左へ。
夜のリビングは、さながら光り輝くパジャマ犬を先頭にした、霊界の大名行列と化していた。
「……ニャア。(……ククッ。ハデスである我を無視して、あやつを拝むとはな。……ま、いっか。あのパジャマ、見ておるだけで眠気が誘われるほど完成度が高いからな)」
クロが、行列の邪魔にならない場所で、ポチから漏れ出す安眠波動を浴びて、とろけるように丸くなっている。
「ポコポコッ!(おい、ご先祖様たち! ポチは夜食を食べに行くところだ! 拝むのはいいが、行列で通路を塞ぐな! 我の樽が揺れて、漬け物の配置がズレるではないか!)」
ぬか床さんが泡を立てて抗議するが、霊体たちは「……ああ、ぬか床からも神の託宣が……」と、さらに熱心に拝む始末。
「あはは。ポチ、みんなに好かれて良かったですね」
ソラは、このカオスな光景を賑やかな夜ですねとしか認識していない。
「あ、ハクさん。お客様が喉を枯らさないように、ほうじ茶の転送、多めにお願いできますか?」
『……了解。マスター。……カザルギルドヨリ、臨時「霊体給茶所」ヲ居間ニ展開。……ツイデニ、行列ノ最後尾整理用ニ、光ノパーテーションヲ生成シマス』
「……ハクさん! 整理券まで配る気かよ!! ログハウスが完全に『夜限定のパワースポット神社』として営業を開始しちまったぞ!!」
アレンの叫び虚しく、夜通し続いた行列は、夜明け近くまで続いた。
伝説の英霊たちが、パジャマ姿のポチの足跡を『聖域の土』として小瓶に詰め、満足げな顔で扉の向こうへ帰っていく姿は、もはや宗教的な儀式にしか見えなかった。
翌朝。
パジャマを脱がせてもらったポチは、一晩中拝まれ続けた疲れ(精神的)で、魂が抜けたような顔で芝生に突っ伏していた。
「ふぁあ。……おはようございます。昨日はなんだか、ポチが人気者でしたね。……ま、いっか。みんな楽しそうでしたし」
ソラが、朝日に麦わら帽子をキラキラと反射させながら、庭の掃除を始める。
その後ろでは、ミナが「昨夜の聖遺物の反応を記録しきれませんでしたぁぁ!!」と泣きながら庭を掃き、チッチさんが「……掃除のしがいがある汚れ(徳の残り香)だ」と箒を振るっている。
「ガウッ……(……俺、地獄の番犬なんだぜ……。なんでキラキラのパジャマ着て、英雄たちに頭撫でられなきゃいけないんだ……。ま、おやつは美味しかったし、いっか……)」
ポチは三つの首で同時に溜息をつき、ソラが運んできた『銀河チーズおはぎ・霊的栄養素強化版』を一口で頬張った。
はざま村の平和は、聖遺物を着せられた番犬と、それを拝むご先祖様たちの行列によって、今日も(霊的な意味で)ピカピカに守り抜かれるのであった。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




