第68話:掃除係の矜持――ハムスター魔王と新人女神の「塵」を巡る聖戦
はざま村の朝は、相変わらず世界の常識を10円単位で削り取るような、清々しい異常に満ちていた。
庭の隅では、黄金のハムスター姿のチッチさんが、ソラ特製の『概念汚れも落とす重曹水』を小さな背中に背負い、鼻先をヒクヒクさせながら箒を動かしていた。
「チチチッ!(ふむ。昨夜、開かれた扉から遊びに来た伝説の賢者たちが残した霊体の足跡……。これは単なる水拭きでは落ちぬ。重曹に少々の『万象断ちの削り粉』を混ぜ、因果律ごと磨き上げるのが最適解だな)」
チッチさんは、かつて魔王軍の軍団長たちに完璧な進軍ルートを提示していた頃の知略を、今はすべて縁側の拭き掃除の段取りに注ぎ込んでいた。
彼にとって、ソラの手伝いをすることは、魔界の玉座に座ることよりも高い精神性が求められる道となっていたのである。
チッチさんが手際よく、塵一つない空間を作り上げていた、その時。
「待ったぁぁぁ!! そんな甘い洗浄で、ソラ様の聖域を守れると思ってらっしゃるの!?」
背後から、神々しい(しかしどこか切羽詰まった)絶叫が響いた。
新人女神――もとい、現在は掃除見習いのミナが、天界の最新鋭洗浄魔具『ルミナス・モップ』を構え、チッチさんの前に立ちはだかった。
「チチチッ。(ミナ殿か。朝から騒々しいな。……掃除とは、村の平穏を乱さぬよう、音もなく、影もなく行うのが美学というものだぞ)」
「甘いわ、チッチ様! 掃除とは、物質の深淵に潜む不浄を光の速さで粉砕することに他なりませんわ! 見てなさい、私の最新除菌術を! 『ホーリー・スプラッシュ・バースト(超高圧・聖水洗浄)』!!」
ミナがモップを一閃させると、王宮の火災を消火できそうなほどの高圧聖水が庭に放たれた。
その瞬間、池から顔を出したピピさんが「ピピピッ!?(洗車される車みたいな気分です!)」と水圧で吹き飛び、日向ぼっこをしていたクロさんが「……ニャア!(……我を濡らすな、この不浄女神め)」と、冷たい目でミナを睨みつけた。
ミナの放った聖水は、単なる水ではなかった。それは天界の純粋な魔力であり、触れるものすべてに強制的な生命活性をもたらす劇薬でもあった。
水しぶきを浴びた庭のタンポポたちが、一瞬にして黄金色に発光し、ムキムキとした茎を伸ばして立ち上がった。
「タンポポォッ!(……悟りを開いた……。我、今日からこの村のセキュリティを担当する……!)」
人の言葉を喋り始めた植物たちを見て、チッチさんが深すぎる溜息をついた。
「……チチチッ。(……ミナ殿。やりすぎだと言ったのだ。貴様の雑な聖水に当てられて、ただの野草が神格化してしまったではないか)」
「えっ!? あ、あら、おかしいわね。天界ではこれで悪霊を消滅させていたはずなのに……。はざま村の土が、私の神気を肥料にして勝手に進化しちゃうなんて!」
「あはは。皆さん、朝から元気ですね」
そこへ、麦わら帽子(最高神の羽付き)を被ったソラが、急須を片手に現れた。帽子のリボンから漏れ出す神光が、ミナの聖水と共鳴し、庭全体の彩度がさらに一段階跳ね上がる。
「あ、チッチさん。そのタンポポさんたち、お掃除のお手伝いがしたいそうですよ。……ま、いっか! 賑やかな方が楽しいですし」
ソラのその一言で、巨大化したタンポポたちが「了解いたしました」と紳士的な礼をして、ミナの聖水をバケツで受け止めるという、奇妙な連携が始まってしまった。
「(……おい、俺の胃痛を誰か止めてくれ……)」
縁側でアレンが胃を押さえて崩れ落ちる。彼は、カザルからリモートで状況を監視しているハクさんの声も受信していた。
『……分析。新人女神ミナノ清掃、効率ハ極メテ高イデスガ、生態系ヘノ干渉強度ガ過剰デス。……ツイデニ、ジハンキ内ノ在庫、ゼリーノ補充ヲ、マスターヘ推奨シマス』
「ハクさん、分析してる場合か! ミナを掃除係に任命したのが運の尽きだ。あの女神、チッチさんと張り合って、最終的にこの村を原子レベルの無菌室に書き換えようとしてるぞ!」
「あはは、アレンさん。ミナさんも、村のために頑張ってくれてるんですから。……あ、そうだ。ミナさん、チッチさん。今日はお掃除が終わったら、ジハンキさんの『特製・お疲れ様ゼリー』をご馳走しますね。10円で二人分、僕が出しておきますから」
ソラが「石(10円玉自動生成岩)」から拾った10円玉をジハンキさんに投入した。
『……掃除係、両名ノ、カロリー消費ヲ、スキャン。……「魔王級・疲労回復」ト「女神用・精神安定」ノ、ニコイチゼリー、提供シマス。……ピカピカニ、ナレ』
ジハンキさんから排出されたゼリーを、チッチさんとミナは並んで食べた。
その瞬間、ミナの殺気立っていたオーラが、ソラの「ま、いっか」な波動とゼリーの甘さに包まれ、ふにゃふにゃと溶けていく。
「……はぁ。……美味しい……。……チッチ様。私、なんだか、聖水で吹き飛ばすよりも、チッチ様のように丁寧に掃き清める方が、心が安らぐ気がしてきましたわ……。天界のノルマに追われていた頃には、こんなに塵と向き合う余裕なんてありませんでしたから」
「チチチッ。(……分かればよいのだ、ミナ殿。掃除とは、世界を洗うことではなく、己の傲慢を拭き取ることなのだ。ソラ殿の箸の動きを見よ。あれこそが、万象をあるべき姿に収める究極の清掃なのだからな)」
元魔王と新人女神が、掃除用具を手に、夕暮れまで仲良く(?)雑草を抜き続ける姿を見て、アレンは「……ま、いっか。平和だしな……」と、ついに自分の常識をゴミ箱に放り投げた。
夕闇が迫る中、ソラがふと思い出したように言った。
「そういえば、今日は、厨子の扉をまた開けておきますね。夜風に当たって、タンポポさんたちもご先祖様と仲良くできるかもしれませんし」
「……また偉人が増えるのかよ!!」
アレンの叫びは、秋の心地よい風の中に吸い込まれていった。
はざま村の平和は、主の無自覚な配慮と、掃除係たちの切磋琢磨(という名の改変)によって、今日もピカピカに守り抜かれるのであった。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




