第67話:新人(?)女神の再教育――あるいは、おはぎの呪い(祝福)
はざま村の朝は、相変わらず世界の常識を10円単位で削り取るような清々しさに満ちていた。
庭では、昨日ソラがなんとなく開け放した厨子の扉から、夜通し遊びに来ていた歴史上の偉人たちが、満足げな顔で天界へと帰路についている。
「……ふわぁ。……あ、ミナさん。おはようございます。お掃除、早いですね」
麦わら帽子を被り、寝癖を少し覗かせたソラが縁側に出てくると、そこには必死の形相で雑巾がけをする少女の姿があった。
「はっ! おはようございます、ソラ様! 縁側の隅に、概念的な塵を0.001ミリ検知しました! 今すぐ私の涙(聖水)で除菌洗浄いたしますわぁぁ!!」
新人女神――もとい、現在ははざま村・掃除見習いのミナである。
外伝でオハギニア王国を爆誕させ、ソラのパジャマの神気に当てられた彼女は、天界のノルマ地獄よりも、この村の完璧な平和を維持する奉仕活動に全霊を捧げるようになっていた。
「あはは、ミナさん。そんなに詰め詰めだと疲れちゃいますよ。ほら、ユウナさんみたいにお茶でも飲んで。……ま、いっか、ですよ」
「よくねぇわよ、ソラくん! この子、さっきから私のおはぎの備蓄を糖分の過剰摂取による不純物として没収しようとしてるんだから!」
ユウナが、パジャマ姿でティーカップを握りしめ、ミナを指差して抗議する。ミナはシュバッ! と音が出るほどの速さでユウナの前に跪いた。
「ユウナ様! お言葉ですが、現在のユウナ様の神位は、この村のおはぎの食べ過ぎで、本来の慈愛の女神からおはぎの化身へと書き換わりつつあります! 先輩として、規律を……規律を取り戻してくださいまし!」
「……うるさいわね。あんただって、昨日の夜、ジハンキさんの前で『10円でイチゴオレが出るなんて、天界の経済学は間違ってましたぁ……』って泣きながら飲んでたじゃない」
「そ、それは……! ジハンキ様が、私の心の渇きをあまりに完璧に癒やしてくださるからで……!」
ミナが顔を赤くして震えていると、作業小屋からアレンが胃を押さえながら出てきた。
「……おい、朝から騒がしいぞ。……あ、ミナ。お前、まだ帰ってなかったのか」
「アレン様! お聞きください! 先ほど、ポチ様のパジャマの輝きをスキャンしたところ、宇宙の存続を脅かすレベルの防御力(安眠効果)を検知いたしました! これを天界が知れば、第4次神界戦争が勃発しますわ!」
「ガウッ!(……ミナちゃん、真面目すぎるぞ。俺、これ着てお昼寝したいだけなのに)」
虹色のパジャマを揺らしながら、ポチが三つの首で困ったようにミナを見つめる。
「あはは。ミナさん、そんなに固くならなくて大丈夫ですよ。……あ、そうだ。ミネルヴァさん。そこにある、ぬか床さんの様子を見てきてもらえますか?」
ソラがさらりと、ミナの天界での真名を口にした。
その瞬間、ミナの背中の見えない翼がビクンッと跳ね、彼女を包んでいたエリート女神のオーラが、ソラのお手伝いさんとしての属性に完全に上書きされた。
「……ひ、ひぃぃ!! 呼ばないで、その名で呼ばないでくださいソラ様! 私の女神としての履歴が、その呼び声一つで家事代行スタッフとして全次元に登録されちゃうんですぅぅ!!」
「? 言いにくいですか? じゃあ、ミナさんに戻しますね。ま、いっか!」
ソラがニコニコと笑うと、ミナはヘナヘナと地面に座り込んだ。
「……もうダメ。……ユウナ様。私、わかりました。この村では、真面目に考えること自体がバグなんですね……」
「……気づくのが遅いわよ、ミナ。ほら、10円。ジハンキさんで何か買ってきなさい。……飛ぶわよ?」
ユウナから10円玉を受け取ったミナは、おぼつかない足取りで自販機の前に立った。
『……新人、ミナ。……精神ノ、摩耗、検知。……「ハクの涙・メンタルケア仕様」ヲ、特別価格10円デ提供シマス』
「……ありがとうございます、ジハンキ様……。私、もう一生、ここでお掃除してます……」
はざま村の午後は、今日もエリート女神の誇りが10円の癒やしに溶けていく音と共に、穏やかに更けていくのであった。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




