第66話:開かれた境界――夜の来客と、ま、いっかのお裾分け
はざま村の夜は、都会のそれとは比べものにならないほど深い。
だが、今夜のソラのログハウスには、いつもとは違う風通しの良さがあった。
ソラは寝る前、リビングの隅にある『小さな厨子』――かつて作業小屋の端材(世界樹とオリハルコン)で作った、村の守護神や八百万の神々への感謝を捧げる場所――の扉を、そっと開いたままにした。
「閉めちゃうと、中の方が寂しいですからね。開けておけば、向こう側の人たちも、夜食くらい食べに来やすいでしょうし。ま、いっか!」
その何気ない一言と扉を開けるという行為が、はざま村の因果律に、とんでもないバイパスを通したことに本人は気づいていない。
ソラが『最高神の羽付きの麦わら帽子』を枕元に置き、幸せそうに寝息を立て始めた頃。リビングでは、アレンが胃を押さえながら、暗闇の中で叫びのない絶叫を上げていた。
「(……やっぱりだ! やっぱりこうなった!! ソラさんが扉を開けたせいで、居間の空気が現世と高次元(あの世)の中間地点になっちまってる! ほら見ろ、さっきからキッチンの方を、三代前の帝国皇帝の幽霊が、自分の家の冷蔵庫みたいに開け閉めしてるぞ!!)」
アレンの『全知の解析眼(お下がり)』には、扉の向こう側からゾロゾロとやってくる常連客たちの姿が映っていた。
それは、歴史に名を残した英雄から、かつてはざまの地で力尽きた無名の旅人、果ては天界の隠居した神々まで、多種多様な目に見えない来客たちだった。
その時、室内の空気がふわりと震え、カザルにいるはずのハクさんの穏やかな声がスピーカーでもない壁面から響いた。
『……報告。マスター。……「はざま村」ノ扉開放ニ伴イ、カザルギルド本体トノ、臨時パスライン、構築完了。……深夜ノ来客、多数。……遠隔ニテ、最高ノ、おもてなしヲ提供シマス』
「……ハクさん! カザルからわざわざ霊体用のWi-Fi飛ばしてんじゃねえよ! しかも臨時パスラインって、この家そのものをギルドの別館扱いにする気か!?」
アレンのツッコミを他所に、ハクさんはカザルから飛ばした魔力で、リビングの影を自在に組み換え始めた。
霊体たちが座りやすい『浮遊クッション』が次々と生成され、居心地の良さは爆発的に上昇していく。
「……ニャア。(……フン。ハデスである我を前にして、臆することなく入り込んでくるとは。……ま、いっか。ハクの用意したこのクッション、冥界の霧よりも柔らかいからな)」
クロが、開かれた扉の横で来客たちを監視……という名の二度寝を決め込んでいる。
「ポコポコッ!(おい、皇帝の霊よ! 我の樽の上に勝手に湯呑みを置くな! 我は発酵神ヌカドゥーラだぞ! ……あ、そこにある冥界ナスの浅漬け、一個だけだぞ。マスターの朝食用なのだからな)」
ぬか床さんが来客を教育する横で、ジハンキさんのパネルが優しく明滅した。
『……来客ノ、徳ヲスキャン。……徳ガ高イ魂ニハ、ハクさん特製「魂ガ洗ワレルほうじ茶」提供。……料金ハ、10円(お賽銭可)デス』
「(……ジハンキさんまで! ハクさんと連携して『お賽銭ビジネス』を始めやがった! ほうじ茶を飲んだ伝説の英雄たちが、みんな賢者モードになって『この村、永住したい……』って言い合ってるぞ!)」
池からは、ピピさんが顔を出し、不思議そうに尻尾を振った。
「ピピピッ!(ソラ様が開けた扉のせいで、お水がさらに清らかになっています! ご先祖様たちが、私を神の使いだと思って拝んでくれます。なんだか嬉しいです!)」
「ポポポォッ!(……ふん。我の鱗を撫でれば、次の転生で英雄になれると教えておけ。……だが、我の睡眠を邪魔するなら、古龍の吐息で魂ごと乾燥させてくれるわ)」
アカさんがソラの寝室の入り口に陣取り、一応の魔除けとして睨みを効かせている。
翌朝。
ソラが目を覚まし、いつものように縁側の空気を入れ替えるために伸びをした。
「ふぁあ。……おはようございます、皆さん。なんだか昨日は、夜中に家の中が賑やかだった気がしますね。楽しい夢を見ましたよ」
「……夢じゃねぇよ!! 起きて最初にやるべきことは、居間で正座して待ってる伝説の賢者様たちに、お引き取り願うことだろ!!」
アレンのツッコミが響く中、ソラはキッチンへ向かい、昨夜から扉を開けていた厨子の前で、丁寧に手を合わせた。
「おはようございます。扉を開けておいたら、なんだか部屋の空気がとっても優しくなった気がします。ご先祖様も、遊びに来てくれたのかな。……あ、ハクさん。お客様用の椅子、いくつか増やしておきましょうか。皆さん、ここが気に入ったみたいですし」
『……了解。マスター。……カザルヨリ、転送ゲートヲ、微調整。……常時、五名様分ノ、霊体用VIP席、維持シマス。……本気ヲ出セバ、全次元ノ、ご先祖様ヲ、収容可能デス』
「あはは。それは楽しみですね。ま、いっか!」
ソラがニコニコと笑いながら朝食の準備を始めると、開かれた扉の向こうから、姿は見えないはずの誰かが、満足げに笑った気配がした。
はざま村の平和は、主がなんとなく開けた扉の先にある、目に見えない絆(と勝手に入り込んできた偉人たち)によって、今日もより一層、賑やかに、そして強固に守り抜かれるのであった。
読んでいただきありがとうございます!
もし面白かったら【★★★★★】やブックマークで応援していただけると嬉しいです!
ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




