第60話:喋るカブの人生相談と、冥界王(ネコ)の聖域
「さあ、皆さん! はざま村特製の新鮮なカブですよ。遠慮しないで持っていってくださいね!」
カザル・ギルドの正面玄関。ソラによって「宇宙戦艦一歩手前」まで磨き上げられた白亜の塔の前で、即席の配布会場が設けられていた。
ジハンキさんが『……整列。……割込ミハ、次元追放。……一人、一個マデ』と、無機質ながらも威圧感のあるアナウンスを流す中、カザルの住民たちは恐る恐る列を作っていた。
「……あ、あの、ソラ殿。このカブ、なんだか……こっちを見てニヤリと笑ったような気がするのですが?」
震える手でカブを受け取った自警団員が問いかける。
ソラが渡したカブは、純白に輝くだけでなく、その表面にうっすらと目と口のような紋様が浮かび上がっていた。
「あはは、気のせいですよ。ちょっと自我が芽生えちゃっただけですから。ま、いっか!」
「ま、いっか、じゃねぇよ!!」
アレンのツッコミが響き渡る。
アレンが【全知の解析眼】でそのカブを覗き込むと、そこには植物という枠組みを超え、もはや知性体として確立された因果律の塊が映っていた。
「(……マズい。このカブ、さっきから後ろの少年に『君、そんなに悩まなくていい。明日のテストは3番が正解だ』ってテレパシー送ってやがる……!)」
そんな喧騒の中、ソラの周囲をスイスイと泳ぐ影があった。
「ピピピッ!(ソラ様、カザルの広場が乾燥しています! 私が『聖なる潤い』を振りまいて、皆さんの肌をプルプルにします!)」
ピピさんだ。
その姿は、手のひらサイズの青く輝く小さな龍のような魚。
鱗の一枚一枚がサファイアのように光を放ち、水の中ではなく空気の中を、まるで水路を泳ぐかのように滑らかに、尾びれを振って移動している。
「ピピピピィィィッ!!(極光ミスト、放出!!)」
ピピさんがソラの頭上でクルリと回ると、その小さなエラ(のようなヒレ)から、キラキラと輝く超微細な水飛沫が放たれた。
「わぁ、涼しい! それに、なんだかお肌がモチモチしてきたぞ!?」
「この魚……龍なのか? 綺麗だなぁ……」
住民たちがピピさんに見惚れる中、アレンだけは戦慄していた。
「(……ピピのやつ、ただのミストじゃなくて、空気中の『老化成分』を浄化してやがる。カザルの平均寿命が、今この瞬間、数時間単位で底上げされてるぞ……!)」
ソラは受付の椅子に座り、ニコニコとカブを配り続けていた。
そして、その膝の上には、艶やかな毛並みを持つ黒猫——クロさんが、丸くなって陣取っていた。
「……ニャア。(……騒がしいな。我の安眠を妨げる者は、冥界の最下層へ招待してやろうか)」
クロさんは、黄金の瞳を細め、列に並ぶ人々を値踏みするように見つめる。
カザルの人々にとって、それはただの可愛らしい黒猫にしか見えない。だが、その背後に渦巻く死を司る王の神気は、ソラの浄化波動によって極上の癒やしオーラに変換され、周囲に撒き散らされていた。
「あ、猫ちゃんだ。可愛い……」
一人の幼い少女が、カブを受け取るついでに、おずおずとクロさんの背中に手を伸ばした。
「(……くっ、人間の子よ。死の王である我が体に触れようとは、不敬——)」
クロさんが鋭い爪を立てようとした瞬間。
「よしよし、クロさん。いい子ですね」
ソラの万象創造の右手が、クロさんの喉元を絶妙な力加減でカリカリと掻いた。
「……ニャ、ニャアァ……。(……アァ……そこだ……。……不敬だが、許す。……ま、いっか。……童よ、撫でるが良い。我が加護を授けてやろう……)」
冥界王、完全敗北である。
クロさんはソラの膝の上でとろけるように伸び、少女に好き勝手撫でられながら、至福の表情を浮かべた。
その瞬間、少女の周囲に停滞していた不運が霧散し、少女の運勢が大吉固定に書き換わった。
その時だった。
列の後方で、酒に酔った数人のならず者たちが、騒ぎ始めた。
「けっ! なんだこのふざけたカブは! 俺たちはカブじゃなくて、金が欲しいんだよ! ギルドをピカピカにする金があるなら、俺たちに回しやがれ!」
ならず者がソラの机を叩こうと、乱暴に手を振り上げた。
その瞬間。
ソラの膝の上で丸くなっていたクロさんが、静かに目を見開いた。
「……ニャア。(……我の玉座を揺らすとは。……万死に値する)」
クロさんが、一歩だけ机の上に飛び出した。
ただの猫の動き。しかし、ならず者たちの視界には、一瞬だけ巨大な鎌を持った、漆黒の死神の幻影が映し出された。
「「「…………ヒッ!?」」」
ならず者たちは、声にならない悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。
物理的な衝撃は一切ない。ただ、彼らの魂に直接死への恐怖を突き刺したのだ。
「あれ? 皆さん、どうしたんですか? 急に寝ちゃって。……ま、いっか。お疲れなんですね。ハクさん、彼らを『休憩室』に運んであげてください」
『……了解。……マスター。……不審者、検知。……地下ノ「ぬか床発酵室」ヘ、強制送還、イタシマス』
「発酵室って、そこ邪神の居場所だろ! 戻ってきた時、彼らどんな臭い(究極の旨味)になってるんだよ!」
配布が終わる頃、カザルの住民たちの手元には、幸せそうに喋るカブが握られていた。
そして、人々の間では、一つの噂が広まり始めていた。
「……あのギルドに現れた『はざま村』の主……。彼は、空を泳ぐ龍魚を従え、猫の姿をした死神を膝に乗せている……」
「あの黒猫様に睨まれただけで、悪人が改心して消えていったぞ……。あの方はきっと、慈悲深い癒やしの聖獣に違いない……」
クロさんの威圧は、ソラのフィルターを通した結果、なぜかカザルで拝むと幸せになれる黒猫伝説として定着してしまった。
「よし、カブも配り終えましたね。ハクさんも満足そうですし、アカさん、約束のチーズを買いに行きましょうか!」
「ポポポォーッ!!(待っていたぞ、この瞬間を! 我のブレスで店ごと買い占めてくれるわ!)」
ソラが笑いながら立ち上がると、その膝から降ろされたクロさんが、名名残惜しそうにソラの裾をチョイチョイと引いた。
「……ニャア(……次は、カザルの城下町を我の散歩コースに書き換えておこう。……ま、いっか。……この男の行く先が、我の冥界だ)」
ハクさんの屋上で、ピピさんが作り出した虹色の太陽が、満足そうに欠伸をするクロさんの瞳に、黄金色の輝きを反射させていた。
最後まで読んでいただき
ありがとうございます!
ついに60話を迎えることができました。
はざま村から飛び出して
カザルへ遠征するという
新展開いかがでしたか?
クロさんの黒猫伝説、
個人的にお気に入りです笑
知性を持ったカブが
「3番が正解だ」と
テレパシーを送っているくだり、
書いていて一番笑いました。
これからも
はざま村の住人たちと
ソラの「ま、いっか」を
お届けしていきます!
引き続きよろしくお願いします。
ま、いっか!




