第58話:いざ、ハクさんの本体(カザル)へ! 里帰り遠征の幕開け
はざま村の朝は、常に世界の中心のような静謐さと、どこか狂ったような活力に満ちている。
ソラは、村の縁側で万象創造の右手を使い、台車の車輪を古い布でキュッキュと磨いていた。
その隣では、女神ユウナが『はざま村特製・飲むだけで寿命が100年延びる麦茶』をすすりながら、遠い目をしている。
「……ユウナさん。ハクさんの本体、最近お掃除してあげてないですよね? 埃が溜まって、寂しがってませんか?」
ソラが何気なく放ったその一言に、ユウナは吹き出しそうになった。
「……ハクの本体って、隣町カザルの『規格外生物ギルド』そのものでしょう? あの白亜の巨塔をお掃除って……あんた、また世界をリフォームする気?」
『……マスター。……身ニ余ル、光栄。……報告。……カザル本体ノ間取リ、寂シサニヨリ、迷路化。……現在、利用者ヲ一人モ帰サナイ、完全拒絶モードニ、移行中』
台車の空間そのものから、ハクさんの少し途切れがちで、しかしうっとりとしたシステムボイスが響く。
「それ、ただの監禁事件だろ!!」
アレンが、ソラから譲り受けた【全知の解析眼】をクイッと押し上げながら、鋭く突っ込んだ。
アレンの視界には、今のソラがどう見えているか。
かつて、ユウナが天界の記録を調べて絶叫した真実——ソラが「スキル」という道具すら使わず、ただ「そうあるべきだ」と願うだけで、世界のOS(基本システム)を粘土細工のように捏ねくり回しているかのような様が、解析眼を通じて虹色のノイズのように映っている。
「(……ああ、ダメだ。解析眼で見れば見るほど、ソラさんの周囲だけ因果律がお花畑みたいに書き換わってやがる。世界そのものが、この人の歩く場所にレッドカーペットを敷いて、全自動で浄化してるようなもんだ……。……神すら触れられない『最強の天然』、マジで洒落にならねぇ……!)」
アレンは胃の奥に広がる鈍い痛みを感じながら、今日もまた「ま、いっか」の濁流に身を任せることに決めた。
「あはは、監禁は良くないですね。じゃあ、みんなでお掃除に行きましょう! ハクさん、案内をお願いしますね」
ソラの穏やかな号令により、超時空台車(ジハンキさん牽引)に続々とはざま村精鋭部隊が乗り込んでいく。
「ポポポッ!(カザルの街には、我の威光を理解する賢者がおるのだろうな? 久しぶりに、我の力で民を震え上がらせてくれるわ!)」
ソラの肩には、アカさんが尊大に踏ん張っている。
「ピピピッ!(ソラ様、カザルの水路の澱みを検知しました! 私の高圧洗浄で、街ごと原子レベルで洗い流しましょう!)」
ソラの頭上では、ピピさんがヒレをパタパタさせながら、水質管理の使命感に瞳を輝かせている。
「私は……ハクの本体の魔力溜まりを、イチゴオレに変換する実地訓練をしなきゃ……。ソラくん、イチゴの予備は足てる?」
ユウナが、高潔な美貌を台無しにするほど必死な顔で、次元収納されたイチゴのバッグを抱えて乗り込む。
彼女もまた、「ソラの正体」に触れて以来、考えるのをやめてイチゴオレ職人としての道も極めつつあった。
「……ニャア。(……膝の上が空いている。そこは私の定位置だ。……おい、トカゲ、場所を空けろ)」
クロさんが、漆黒の猫の姿でソラの膝を独占し、喉を鳴らす。
「ポポポッ!(誰がトカゲだ、この死に損ないの猫め!)」
「ま、いっか。みんな仲良くしましょうね」
ソラがクロさんの頭を撫でると、その瞬間、台車内の険悪な空気が春の陽気のような極上のリラックス空間へと書き換わった。
「(……出たよ。ソラさんの『ま、いっか』一発で、クロとアカの殺気が消滅しやがった。……怖い、この天然が一番怖い……!)」
アレンは、ソラから借りた【純白の聖衣】の袖を握りしめ、自分に言い聞かせた。
「……よし。これで全員ですね。プリシラさん! エリュシオンさん! 留守中のカブの管理、お願いしますね!」
ソラが村に残る面々に手を振る。
「お任せくださいな、ソラ様。カブさんの自我は、私がお掃除(浄化)しておきますわ」
プリシラが、もはや王族の面影もないはざま村のエプロン姿で優雅に一礼する。
「……案ずるな。我が至高の魔力をミストに変え、マスターが帰る頃には、この村を『カブの聖域』にしておこう」
精霊王エリュシオンが、銀髪をフワフワさせながら、加湿器としてのプライドを覗かせる。
「……チチチッ!(アレンよ、土産は忘れるな。カザルの限定チーズ、我が魔力で発酵させてみたいのだ)」
のチッチさんが、小さな前足で敬礼を送る。
「……ガウッ!(ご主人、気をつけてな!)」
ポチが三つの首を元気に振り、ベアトリクスが『絶望の鎌(物干し竿)』を担いで、洗濯物を干しながら見送る。
『……目的地、隣町カザル。……次候補、ハク本体正面玄関。……最短距離ヲ、吸引シマス』
ジハンキさんの冷静なアナウンスと共に、景色がグニャリと歪んだ。
ハクさんは、カザルにある自分の巨大な本体と、ソラたちが乗る台車の間に次元のトンネルを直結させた。
窓の外には、星の海や次元の隙間が万華鏡のように流れていく。
「うわぁ、綺麗ですね。ハクさん、このゴミ(次元のゴミ)も後でお掃除しましょうか」
『……マスター。……次元ノ歪ミハ、不衛生。……後ホド、私ノ清掃システムデ、完全吸引、イタシマス』
「(ソラさん、ハク、それ、世界の境界線ですよ。掃除しちゃダメなやつですよ……!)」
アレンの心のツッコミは、もう次元の彼方へと消えていった。
その頃、隣町カザルの自警団たちは、前代未聞の事態に直面していた。
「団長! ギルド(ハクさん)が……虹色に発光しています! それに、あの方角から、空間を物理的に食い破りながら『光り輝く巨大な箱』が音速で直進してきます!」
「なんだと!? まさか、はざま村の魔王軍が、ついにこの町を侵略しに来たのか!?」
カザルの門番たちが震える手で槍を構え、遺書を書く準備を始めたその時。
台車は『……目的地ニ、到達。……停止シマス』という音と共に、ハクさんの本体——白亜の巨塔の目の前で、慣性の法則を無視してピタリと停止した。
扉が開き、最初に出てきたのは、神々しい白銀の聖衣を纏い、腰に聖剣エクスカリバーを下げた、絶世の美男子(に見えるが、実際は胃を壊した男)。
「……あー、胃が痛てぇ。……団長さん、久しぶり。……いや、そんな遺書を懐にしまえ。今日はただのお掃除とカブの配布に来ただけなんだ」
「あ、アレン殿!? その神々しい姿は……もしや、伝説の神装束を……!?」
「いや、これは洗濯の乾きが早いソラさんのパジャマだ。……ほら、ソラさん。みんな怖がってるから、早く挨拶して」
アレンに促され、ソラが麦わら帽子を直しながら、笑顔でカブ(爆発寸前の魔力を秘めた逸品)を持って降りてきた。
「こんにちは、カザルの皆さん。はざま村のソラです。今日はハクさんの里帰りにお付き合いいただきありがとうございます。……あ、ハクさんの本体、やっぱり少し汚れてますね。……ま、なんとかなりますかね!」
ソラがそう微笑んだ瞬間。
カザルの町全体を包んでいた不安や空気の淀みが、一瞬にして爽やかなおはぎの香りと、圧倒的な多幸感に上書きされた。
世界が、ソラのお掃除を祝福するように輝き出す。
カザルの平和(と既存の常識)が、今、完全に終了し、新たなはざま村・カザル支部の歴史が刻まれようとしていた。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




