第57話:農業ユニット『聖域の双翼』結成秘話
「……お、愚かな。実に愚かなり、はざま村の土壌よ。我の放つ至高の『終末の霧(ナノ加湿)』を、ただの肥料の増幅器として利用するとは……」
遠征を翌日に控えたある日の午後。
エリュシオンは、ソラが昨日「余ったから」と適当に撒いた『米のとぎ汁(神気入り)』のせいで、異常発達を遂げたカブの群れを前に戦慄していた。
そこにあるのは、もはやカブではなかった。
ソラの無自覚な魔力を吸いすぎた野菜たちは、葉っぱを器用に動かし、あろうことかエリュシオンに向かって人生の虚無について語りかけてきたのである。
「……精霊王よ。我らは、ただ食われるためだけに、この次元に固定されたのか……?」
「……我の葉脈に流れるこの輝きは、……ソラ殿の愛か、それともただのデンプンか……?」
「……ええい、黙れ! 我に人生相談を仕掛けるな! 我は加湿担当だ、哲学担当ではない!」
エリュシオンが苛立ちと共に魔力を放つが、その潤いがさらにカブの知性を活性化させてしまう。
「……くっ、我が『高次元魔力』だけでは、この村の混沌とした成長力を制御しきれぬ。このままでは、明日の遠征までに菜園が独立国家を樹立してしまうぞ……!」
そこへ、エプロン姿のプリシラが、のんびりとジョウロを手に現れた。
「あら、エリュシオン様。カブさんたちが、なんだか騒がしいですわね。……ちょっと、静かにしましょうね?」
プリシラが、鼻歌まじりにジョウロから水を撒く。
その瞬間、彼女の全身から溢れた、王族特有の清らかな浄化波動(お掃除スキル)が、カブたちの余計な知性(概念の澱み)をスッと消し去った。
エルナの聖女の力が爆発的な浄化なら、プリシラのそれは、汚れを優しく拭き取るような、極めて精緻な概念の洗浄だった。
「…………え?」
「……デンプン、美味しい……(沈黙)」
先ほどまで形而上学を語っていたカブたちが、一瞬でただの瑞々しい野菜へと戻り、土の中で大人しくなった。
エリュシオンは、その光景に雷に打たれたような衝撃を受けた。
「……奇跡だ。我の『成長を促す加湿』と、貴殿の『余剰概念を洗い流す清らかな波動』……。この二つの波長を完全に同期させれば、この村の暴走する土壌すら、完璧に美味しい食材として固定できる……!」
エリュシオンは、すぐさまプリシラの前に膝をつき、その白く透き通った手を取った。
「プリシラ姫! 貴殿のその平和な清掃能力、我に貸せ。……否、我と一つ(ユニット)になれ!」
「えっ……? エリュシオン様……? ユニット、ですか……?」
プリシラが目を丸くする。
「そうだ。我の魔力と貴殿の波動を、0.001ミリ秒単位で位相を合わせる必要がある。……そのためには、常に物理的な接触を保ち、魔力を循環させるのが最も効率的だ」
「つまり……その……」
「左様。手を繋いで農業をするのだ。これが、この村の生態系を守り、マスターに最高の煮物を提供するための、唯一無二の合理的選択である!」
そこへ、いつものように胃薬の瓶を握りしめた勇者アレンが飛び込んできた。
「待て待て待て!! 精霊王! お前、どさくさに紛れてプリシラをナンパしてんじゃねぇぞ!」
「ナンパ? 愚かな。これは農業最適化のための規約だ。アレン、貴殿もエクスカリバーの鞘で、漏れ出した波動を叩いて戻す作業に加われ。……さあ、プリシラ姫。契約(握手)を」
「あら……。カブさんたちが静かになって、ソラ様が喜んでくださるなら……。……わかりましたわ、エリュシオン様。よろしくお願いしますね」
「プリシラ!! そんな簡単に『ま、いっか』で流されるなよ!!」
アレンの絶叫が、午後の菜園に虚しく響き渡った。
こうして、史上最強の農業ユニットが誕生した。
エリュシオンが加湿し、プリシラが浄化し、アレンが聖剣の鞘で叩く。
その完璧な(?)コンビネーションの結果、はざま村の野菜は爆発を免れ、最高の品質を保つことになったのである。
そして、その手を繋いで魔力を共鳴させる儀式にようやく慣れてきた頃……。
運悪く、ロザリス王国の捜索隊が村の境界を越えて、彼らの姿を目撃してしまったのが、前回の事件であった。
「……なるほど。そういう経緯だったんですね」
遠征前夜。荷造りを終えたソラが、おはぎを食べながら納得したように頷く。
「はい、ソラ様。エリュシオン様と手を繋いでいると、なんだかお野菜の気持ちがよく分かるんですの。……あ、時々お野菜が『食べないで……』って言っているような気がしますけど、……ま、いっか」
「プリシラ、それ、浄化しきれてないから! まだ意識残ってるから!!」
アレンのツッコミを背に、ソラはニコニコと笑った。
「いいですね。じゃあ、明日のカザル遠征でも、その『農業ユニット』で美味しい野菜をたくさん広めましょう。……ま、なんとかなりますよ!」
「ガウッ!!(明日は遠足だぜ!!)」
はざま村の夜は、明日の遠征への期待と、少しの不安を乗せて、静かに更けていくのであった。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




