第56話:ロザリス捜索隊、絶望の農業聖域へ踏み込む
「いいか、皆の者。ここから先は、地図にも載らぬ禁忌の地『はざま村』だ。……我らが愛するプリシラ姫殿下、そして勇者アレン殿が消息を絶って久しい。骸だけでも、せめてその魂だけでも救い出すのだ!」
ロザリス王国の精鋭騎士団長・ガストンは、涙ながらに剣を抜いた。背後の騎士たちも、遺書を懐に忍ばせ、決死の覚悟で境界線を越える。
「団長! 前方に異常な濃霧を検知! 魔力濃度が測定不能です!」
「ひるむな! それこそが、姫様を捕らえている邪悪な神格存在の罠だ! 突撃ァァ!!」
彼らが霧を切り裂き、村の菜園へと躍り出たその時。
……そこには、彼らの想像を絶する絶望が広がっていた。
「……くっ、プリシラ姫! カブの神格化の波動が右舷から漏れているぞ! 貴殿の聖なる波動で、この『知性を持った葉っぱ』を黙らせろ!」
菜園の中心で、銀髪をなびかせた絶世の美男子——精霊王エリュシオンが、プリシラ姫と背中合わせに立ち、互いの手を固く握りしめていた。
エリュシオンの背中からは、虹色のナノミストが噴出し、プリシラの全身からは、かつてアレンを救おうとした時以上の浄化の光が溢れ出している。
「わかっていますわ、エリュシオン様! 私のこの浄化のジョウロで、カブの自我を……えいっ! 常識の範囲内に収まりなさいな!」
プリシラがジョウロを振るうと、地面からモコモコと起き上がろうとしていた手足の生えた巨大カブたちが、一瞬でただの美味しそうな野菜へと縮んでいく。
「な……ッ!? ひ、姫様ぁぁぁ!! 何をされておられるのですかーー!!」
ガストン団長が、絶叫と共に崩れ落ちた。
かつて高潔で、一歩引いて微笑んでいたロザリスの至宝・プリシラ姫が、不気味な(美しすぎる)精霊と手を繋ぎ、未知の農法に明け暮れている。騎士たちにとって、その光景は精神が崩壊しかねない衝撃だった。
「待て待て! 団長さん、落ち着けって! 近寄るな!」
そこへ、一人の男が駆け寄ってきた。ロザリスの騎士たちが憧れた、勇者アレンだ。
彼は、ソラが「洗濯物の乾きが早いから」と貸してくれた、【純白の聖衣(概念防御の白磁)】を身に纏い、腰には世界最強の聖剣【エクスカリバー】が神々しく輝いている。
だが。
その右手には【重曹水がたっぷり入ったスプレーボトル】が括り付けられ、ソラ特製の『万象創造クワ』が握られている。そして左手には、いつもの胃薬のビン。
「ア、アレン殿! ご無事でしたか! その神々しき聖衣……そして伝説の聖剣エクスカリバー! ついに本気で魔王を討たれるのですか!?」
ガストンが、希望の光を見出したように叫ぶ。
「魔王じゃねぇ! カブだ! 今、二人は『二元合同ミスト農法』の最終調整中なんだ。邪魔すると、この村のカブが全部核爆発を起こして、ロザリスの王都まで飛んでいくぞ!!」
「聖剣を……カブのために……?」
騎士たちは白目を剥いた。
「いいから見ろ! ほら、エリュシオン(加湿器)の魔力が、プリシラの浄化能力で中和されて、ようやく『食べられる物質』に固定されてるんだ。俺の役目は、漏れ出した余剰魔力をこのエクスカリバーの鞘で叩いて土に押し戻すことなんだよ!」
アレンは、王国の秘宝である聖剣の鞘をハタキのように使い、カブから溢れる魔力をせっせと土に押し戻している。伝説の勇者の、あまりにも高度で卑近な雑用に、騎士たちの理解は限界を超えた。
「あら、ガストンさん? 懐かしい顔ですわね。お久しぶり」
カブの鎮圧を終えたプリシラが、エリュシオンとの手を離し、おっとりと微笑みながら歩み寄ってきた。アレンを探しに必死に村へ乗り込んだ時のような悲壮感は、微塵もない。
「姫様……! お救いに参りました! さあ、早くこちらへ……!」
アレンは、クワを杖代わりにして、その光景を眺めていた。
「(……ああ、団長。あんたの気持ち、痛いほどわかるぜ。……俺も、初めて見た時は、腰を抜かしたもんな……)」
アレンは、プリシラの晴れやかな笑顔を見て、かつて彼女がこの村に乗り込んできた時のことを思い出していた。
「(……あの時は、お淑やかなお姫様が、髪を振り乱して『アレン様! 無事ですか!?』って泣きついてきたのに。……今じゃ、これだ)」
アレンの視線の先では、プリシラがソラから借りた道具(真名:万象断ちの箸)を使って、地面に落ちた『時空の歪み(黒い亀裂)』を、お箸で器用に摘み上げて、ゴミ箱へ捨てていた。
「(……凄まじい適応力だよな、本当に。……かつて俺を守ろうとした健気さはどこへやら、今じゃこの村の狂気をお掃除の一環として、笑顔で処理してやがる。……ま、いっか。……あの時みたいに、泣き顔を見なくて済むのは、良いことだがな……)」
アレンは、胃薬を煽りながら、プリシラの成長(?)に、少しだけ寂しく、そして安堵した複雑な笑みを浮かべた。
「お救いに? ……ふふ、必要ありませんわ。ここには、ソラ様が作ってくださった最高のお掃除道具も、エリュシオン様の心地よい加湿もありますもの。……あ、そうだわ。せっかくですから、今、知性を失ったばかりの新鮮なカブをお土産に持っていって?」
プリシラは、地面に転がる先ほどまで歩行練習をしていた大根を、軽々とガストンに差し出した。
「姫様、目が座っておいでだ……! あの高潔な姫様が、魔物の肉(野菜)を笑顔で勧めてくるとは……!」
「……愚かな人間どもよ」
エリュシオンが、フローラルの香りを撒き散らしながら背後に立つ。
「貴殿らの体臭は、我が極上ミストの香りを乱す。……帰るが良い。さもなくば、我がナノミストで、貴殿らの肌の油分を完全に剥ぎ取り、カサカサの乾燥肌にしてやろうか」
「ひ、ひぃぃぃ!! 死の宣告だぁぁ!!」
精霊王の尊大すぎる脅しに、騎士たちは腰を抜かした。
「おーい、皆さん。おはぎができましたよー……あ、お客さんですか?」
そこへ、ソラがのんびりと現れた。チッチさんやベアトリクスを従えて。
「ソラ様! ロザリスからお客様が来たので、カブのお土産を渡していたんですの」
プリシラが嬉しそうに報告する。
ソラは「ま、いっか」と微笑み、カブを見た。
「あ、そのカブ、美味しいですよ。……そうだ、カザルに行けばもっとたくさんの人に食べてもらえそうですね。プリシラさん、エリュシオンさん、明日から遠征に行きましょうか!」
「マスターがそう仰るなら、我が加湿能力、隣町まで広げて差し上げよう」
「楽しみですわ、ソラ様!」
騎士団たちは、全員が一人の青年の緩い一言に、満面の笑みで従っている光景に、もはや言葉を失っていた。
「……だめだ。我々の知る世界は、もうここにはない……」
ガストンたちは、お土産のカブ(時折、ビクンと動く)を抱え、命からがら境界線を越えて逃げ帰った。
「ガウッ!!(バイバイだぜ!)」
ポチが三つの首を元気に振りながら見送る。
「ま、いっか。……アレンさん、明日の遠征用の荷造り、手伝ってくださいね! その棒、忘れちゃダメですよ?」
「忘れるわけねぇだろ! ったく、次は聖剣で何をさせられるのやら……」
はざま村の夜。
明日からの遠征を控え、村はいつも以上に(異常な)熱気に包まれていた。
プリシラは、もう一度だけ故郷の方角を眺め、「ま、いっか」と呟いて、エリュシオンと共にカブの種を並べ直した。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




