第55話:常識という名の暴力 〜ソラ、奇跡の目覚め〜
その朝、はざま村はかつてない静寂に包まれていた。
いつもなら、ポチの三首が「朝飯だぜ!」「ガウッ!」「だもん!」と騒ぐ声か、ソラが庭で概念を書き換えるスコップの音が響いているはずだ。
「……静かすぎる」
アレンは、空の胃薬のビンを握りしめ、ログハウスの前に立っていた。
「いつもなら、俺の胃が悲鳴を上げるような異常現象が起きているはずなのに。……雲一つない、ただの晴れだなんて。怖すぎる……」
広場では、ユウナとエリエルも、青ざめた顔で顔を見合わせていた。
「ユウナ。……今日の村の魔力濃度、ただのゼロだわ。天界の標準濃度になってるの……!」
「……エリエル。私、怖くて震えが止まらない。……まさか、ソラくん、……ついに世界のバグに気づいてしまったんじゃ……!」
そこへ、透過して現れたジハンキさんが、無機質な合成音声で告げた。
『……警告。マスター、起床。……起床後ノ第一声、「今日は、常識的に過ごしましょう」。……ジハンキ、存在意義喪失ノ危機デス』
「「「な、何だってーー!?」」」
村中に、絶望の悲鳴が響き渡った。
ソラが「常識的に」過ごす。それは、はざま村にとって世界の終焉以上の大災害だ。
ログハウスから、ソラがゆっくりと顔を出した。
彼はいつも被っている『最高神の羽付き帽子』ではなく、どこから出したのか、地味なネクタイを首に巻いていた。
「皆さん、おはようございます。……あ、アレンさん。そんなに胃薬ばかり飲んではいけませんよ。一回一錠、食後に飲むのが、常識です」
ソラの一言が、アレンの魂に直接常識という名の呪いをかけた。
「……っ!? ……俺……俺の胃が……! 『胃薬は一回一錠』という、当たり前のルールに縛られて……! 飲みたいのに、手が……動かない……っ!!」
ソラはそのまま、ポチの前に立った。
「ポチ。……朝から三首で喋るのは、近所迷惑ですよ。……常識的に考えて、首は一つであるべきです」
「ガウッ!?(嘘だろ、ご主人の言うことは絶対だぜ! 俺の首が……首が一つに融合していく! 俺様系なプライドが、一つの声に統一されちまう!!)」
ポチの三つの首が、物理法則を無視して融合し、ただの少し大きい柴犬(?)へと姿を変えた。
「ガ、ガウ……。(俺、これから、常識的な番犬として生きるぜ……)」
ソラの語る常識は、村のあらゆる概念を上書きしていった。
ハクさん: 「ギルドが巨大な石像だなんて、景観を損ねますよ。……常識的に、もっと地味なプレハブ小屋にしましょう」
→ ハクさんの本体が、一瞬にして白亜の巨塔から錆びたプレハブ小屋へと格下げされ、中の神力炉がエラーを吐き始めた。
チッチさん: 「ハムスターが掃除道具を使いこなすなんて、動物愛護の観点から問題です。……常識的に、ひまわりの種を食べて寝ていてください」
→ チッチさんが持っていた『銀河掃除用モップ』が本物のひまわりの種に変わり、彼は強制的に回し車の中へと転送された。
「チチチッ!?(我の……我の掃除道が……常識という名の檻に閉じ込められたのか!?)」
「ソラさん! 止めて! これ以上常識が広がったら、この村はただの寂れた農村になっちゃいます!!」
事務服姿に着替えさせられたエリエルが、泣きながら叫ぶ。
ソラは不思議そうに首を傾げ、事務服のユウナに微笑んだ。
「ま、いっか。……あ、でも、女神としての威厳は、常識的に保ってくださいね」
その瞬間、ユウナの事務服の上に、神々しい後光(ただし、地味な事務用)が差し込んだ。
「(……女神の威厳……? ……あ、私、女神だった……。……女神なんだから、この常識という名の呪いを、解かなきゃ……!)」
ユウナは、事務服のポケットから『癒やしダック(ソラ自作)』を取り出し、ソラの顔に投げつけた。
「ソラくん! 起きなさい!! これは、ただの悪い夢よ! 常識なんて、この世には存在しないのよ!!」
ピチャッ。癒やしダックが、ソラの顔に当たって、情けない音を立てた。
「……ん、……あれ。……僕、何を……?」
ソラは、首のネクタイを外し、目をこすった。
「……あ、皆さん。おはようございます。……なんだか、すごく地味な夢を見ていた気がします。……常識的に過ごさなきゃ、とか、なんとか……」
ソラがそう呟き、麦わら帽子を被り直した瞬間。
ボォォォォォン!!
村の魔力濃度が、一気に測定不能へと跳ね上がった。
プレハブ小屋だったハクさんが巨大な石像に戻り、融合していたポチの首が再び「ガウッ!」「ウゥゥ」「クゥン」と分かれた。
「ジハンキ、常識的価格解除。……当社ノ存在意義、再起動。……炭酸水、10円デス」
「ガウッ!!(俺様系な首が戻ってきたぜ、ご主人! 俺、常識なんて、もう二度と口にしないぜ! 最高だ!)」
村の面々は、ソラの「ま、いっか」という癒やしの波動に包まれ、涙を流しながら安堵した。
チッチさんも、再びモップを手に取って神速の掃除を再開する。
「チチチッ(……危うく、ただの齧歯類として一生を終えるところだったわ……)」
ソラは不思議そうに首を傾げ、麦わら帽子の飾りの最高神の羽を瞬間接着剤で補強した。
「ま、いっか。皆さん、朝からお騒がせしました。……そうだ、お詫びに、この『絶対に爆発しない常識的な10円』を皆さんに差し上げます」
ソラがそう言って取り出した10円玉をジハンキに投入すると、取り出し口から、眩い光と共に『飲めば全次元の不条理を笑い飛ばせる、超銀河・特上カフェオレ』が出てきた。
「……あ、これ美味しいですね。皆さんで飲みましょうか」
「「「はい!!!」」
はざま村の朝は、今日も健やか(異常に)に明けていく。
55話までお付き合いいただき、本当にありがとうございます!
ポチ「三首が融合するなんて、二度と御免だぜ……。俺は一生、ご主人の『ま、いっか』な不条理についていくぜ!」
チッチ「……ただの齧歯類にされかけた我の屈辱、皆様の『評価』という名の癒やしでしか拭えぬわ……」
……というわけで、九死に一生を得たチッチさんたちのために、
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次回からはまた、全力で常識を置いてけぼりにするはざま村をお届けします!




