第54話:ジハンキさん、ハクさんと『経営統合』を検討する
はざま村の朝は、絶大な魔力の衝突音と、清々しい石鹸の香りで幕を開ける。
「ソラ様! 見てください、この洗い上がり! 私の『極光浄化』と、ベアトリクスさんのステップが合わさり、汚れだけでなく衣類に宿る前世の因縁まで原子レベルで消滅させましたわ!」
エルナが、精霊王の神杖を物干し竿にして、輝くシーツを広げる。本来、国が三つ買えるアーティファクトだが、今は水切れの良い棒として酷使されていた。
「おーっほっほ! 良い出来ですわ、エルナさん! 私が履くこの『創世のサンダル』で踏み抜けば、どんな頑固な呪いも平伏して消え去るのみですわね!」
ベアトリクスが、妖艶なドレスの裾をまくり上げ、洗濯桶の中で華麗にステップを踏む。
彼女の横には、世界を切り裂くはずの『絶望の鎌』が、靴下を干すための多機能スタンドとして地面に突き刺さっていた。
そして、その足元では黄金色の毛並みが高速で動いていた。
「チチチッ! チチッ!(……甘い! 甘いぞ二人とも! 廊下の隅に、わずか0.01ミリの邪気の塵が残っておる! 我が魔力とソラ殿特製『重曹水』の浸透圧をもってすれば、この世の全ての不浄は覇道の露と消えるのだ!)」
チッチさんは、頬袋に夢と魔力とひまわりの種を詰め込み、マキシマム・クリーン魔法を纏った雑巾で床を爆走していた。
「あはは、皆さんありがとうございます。……でも、なんだか家の中が神々しすぎて、サングラスがないと生活できないですね」
ソラは、あまりの輝きに網膜が焼けそうな廊下を眺め、困ったように微笑んだ。
「ま、いっか。……でも、ハクさんやジハンキさんは、なんだか最近、出番が少なくて寂しそうですよ?」
その一言が、村の二大インフラの存在意義を揺るがした。
ソラが朝食のおはぎを食べている間、村の外れでは、無機質な二つの存在が深刻な通信を行っていた。
『……警告。ジハンキ、存在意義ノ低下ヲ検知。マスターノ家事リソース、聖女・女帝・元魔王ノ三位一体ニヨリ完全占有中。……当社、コノママデハ『赤色の箱』デス』
ハクさんの巨大な石像が、重々しい共鳴音を鳴らす。
『……ハク、同意ナリ。マスター、最近ギルド(ハク)ヘノ依頼ヲ出サズ。……掃除・洗濯・防衛、スベテアノ三名ガ『奉仕』ト称シテ無償デ完結。……対策、必要ナリ』
ジハンキさんのコイン投入口が、超高速でカチカチと計算を始めた。
『……提案。当社ノ『10円供給力』ト、ハクノ『空間統治能力』ヲ、期間限定デ一本化。……経営統合、実行シマス』
『……ハク、承認。……マスター、ビックリサセマス』
二つの存在が、ソラの「ま、いっか」という適当な一言を、最強のシステム統合・村全体の再構築命令として受理した。
「……ん? なんだか、地面が揺れてないか?」
食後の胃薬を飲んでいたアレンが、真っ先に異変に気づいた。
「ソラさん! また何かしました!? ログハウスの壁が『10円玉』の銅色に変わって、ガシャンガシャンと変形を始めてるぞ!!」
「あ、本当ですね。ジハンキさんとハクさん、仲良く合体ごっこでしょうか」
ソラはのんびりとお茶を啜るが、外の光景はまさにインフラの逆襲であった。
ハクさんの石像が分解され、村の地面に浸透。村中の道が『全自動・高速清掃レーン(10円式)』へと姿を変える。
さらに、ジハンキさんの赤いボディが巨大なドーム状に展開され、村全体を覆う半球状の防壁へと変貌した。
『……経営統合、完了。……新生・はざま村、『全自動おもてなし要塞・ハクハンキ』、起動シマス』
村の中心に、巨大な10円スロットを備えた、全高50メートルの超巨大な『自動販売機型ギルド要塞』がそびえ立った。
「な、なんですか、この悪趣味な建造物は!? 私の『聖なる洗濯時間』を邪魔するなんて、メイスで浄化(物理)して差し上げますわ!」
エルナが聖なる鉄槌を構えるが、要塞ハクハンキは容赦なかった。
『……エルナ様、過剰労働、検知。……全自動・概念洗浄光線、照射』
「きゃああああ!? 私が持っていた洗濯物が、光に包まれて……一瞬で、乾燥まで終わって畳まれてますわ!?」
ハクハンキから放たれた虹色のレーザーが、村中の汚れを概念ごと消滅させていく。さらに、ベアトリクスの前には巨大な『自動乾燥プレス機』が出現した。
「ふざけないで! 絶望の鎌(物干し竿)にかける前のお日様の香り付けは、私の至福の時なんですのよ! この鉄の塊、粉砕してあげますわ!」
『……ベアトリクス様、規律不足。……当社、『10円・お日様の香りエッセンス』、秒間一万個提供可能デス』
「なっ……! 私が丹精込めて干すより、この小さなビンの方が香りが高いというのですか!? 屈辱ですわ!!」
「チチチッ!?(お、おのれぇ……! 我がマキシマム・クリーンを繰り出す前に、床がナノレベルで除菌されておる……! 掃除係長としての我の覇道が、10円の機械に負けるというのかー!)」
チッチさんも、自分の掃除範囲が光速で奪われていく事態に、回し車(次元加速機)を猛烈に回して対抗するが、要塞の効率には及ばない。
「ガウッ!!(何だこれ、面白い! 俺の寝床が、マッサージ機能付きのフカフカクッションに変わったぜ、最高だ!)」
「ウゥゥ(俺の鼻にご主人の神気が……! 10円を入れるだけで、極上の骨が出てくるんだ、夢のようだ!)」
ポチだけは、新しくできた『全自動・骨付き肉供給マシン』を堪能していた。
「ソラさん!! 止めてくれよ、これ!!」
アレンが、強制的に『全自動・肩揉みアーム』に捕まり、空中でシェイクされながら叫ぶ。
「村そのものが巨大な自販機になってるじゃないですか! さっき、ハクに入ろうとしたら、『10円入れてください』って言われて、異次元まで弾き飛ばされたんだぞ!!」
「あはは、ハクさんもジハンキさんも、張り切ってますね」
ソラは、要塞のメインパネルに近づいた。
「でも、ハクさん、ジハンキさん。……やりすぎると、みんなが動かなくなって、ナマケモノになっちゃいますよ?」
その一言が、ハクハンキに「再計算」を促した。
『……マスターノ懸念、受理。……ナマケモノ化防止策、起動。……全員、ラヂオ体操・ハードモード、開始シテ。……10円、投入完了マデ、強制労働デス』
「……え?」
次の瞬間、村の動く歩道が、凄まじい速度で逆回転を始めた。
「ガウッ!?(またこれかよ! 俺、三つの首で反復横跳びなんてできないぜ!!)」
「チチチッ(我の……我の掃除道が、強制的にダンスに変換されたのかー!)」
エルナも、ベアトリクスも、チッチさんも、巨大な要塞の命令により、強制的に超高速・健康体操をさせられる羽目になった。
「……もう、ダメです……。自分の手で雑巾がけをする方が、何倍もマシでしたわ……」
エルナが、汗をかいてボロボロになった聖衣を整えながら、膝をつく。
「……屈辱ですわ。ゼノン様を抱きしめる時間すら奪われるなんて……」
ベアトリクスも、絶望の鎌を杖代わりにして、肩で息をしていた。
ソラは「ま、いっか」と呟き、要塞のコイン投入口を優しく撫でた。
「ジハンキさん、ハクさん。おもてなし、ありがとうございました。……でも、やっぱり、皆さんが自分たちで動いている姿を見る方が、僕は好きですよ」
その言葉が、二つのインフラに最大のご褒美として響いた。
『……了解。マスターノ満足度、120%ニ到達。……経営統合、一時解除。……個別業務ヘ、復帰シマス』
ガシャン、ドォォォォォン!!
地響きと共に、巨大な要塞は霧散し、元ののどかなはざま村」へと戻った。
ハクさんはいつもの巨大な石像に戻り、ジハンキさんもログハウスの横で静かに「10円デス」と佇んでいる。
「……ハァ、ハァ……。やっと、終わったぜ……」
アレンが、元の形に戻った胃薬のビンを煽る。
「チチチッ!(ソラ殿、お騒がせした! 我、これより悔い改めて、廊下のワックスがけに邁進するぞ!)」
チッチさんが、ソラの足元で忠誠を誓う。
「さあ、エルナさん! 私たちも負けていられませんわよ! 次の洗濯は、宇宙の果ての汚れまで落とす覚悟でいきますわ!」
「ええ、ベアトリクスさん! 私たちの家事が、機械なんかに負けるはずがありませんわ!」
聖女と女帝は、ハクハンキに負けじと、凄まじい速度で家事を再開した。
結局、村のインフラと家事担当たちの奉仕競争は、以前よりも激化してしまったようだ。
ソラはそれを見て、満足げに頷いた。
「ま、いっか。活気があるのは、良いことですね」
はざま村の朝は、今日も(別の意味で)激しく明けていく。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




